報われぬ恋(8)
「もう園に来るのは止めとけ。睦雄が可哀想だろ。ゴリラと人間じゃ絶対に報われないんだ。睦雄はあの檻から出ることすらできないんだ。一凛は軽い気持ちかもしれないけど、睦雄にはそれが何倍もの重さになるんだ。分かるだろ、ずっと狭いあの世界に一人でいるんだ」
返す言葉がなかった。
依吹の言う通りだからだ。
自分はもしかしたらとても罪なことをしているのかも知れない。
勝手な同情心から良かれと思ってやっていることは実は大きなお世話で、時として相手をとても苦しめることになる。
依吹はやっぱり自分なんかよりずっと動物に想いやりと持って接しているのだと思った。
「うん、そうだよね」
一凛がうなだれると、依吹は慰めるように言った。
「まあ一凛をちゃんと捕まえていない彼氏が悪いんだけどな。もうちょっとましなのに代えたら?」
最後の方はからかうような調子になる。
「颯太さんは学校でも女子にすごい人気で、それに生徒会長なんだからね」
一凛はちょっとだけムキになった。
「ふーん。それが一凛の思ういい男なんだ。ぜんぜん自分の尺度じゃねーな」
またもや何も言い返せない一凛に、じゃあなと、依吹は勢いよく自転車をこいで行ってしまった。
気づくとちょうどバス停に着いていた。
傘を叩く雨音がそこだけに小さな世界を作る。
『睦雄が可哀想だろ』
一凛は昔ニュースで見たオランウータンのことを思い出していた。
麻酔銃で撃たれる直前の血走った目が、あの時はただ怖いとだけ思ったが、あの目が昨日の彼の目と重なる。
哀しい目だった。
あのオランウータンはただ恋する人に会いたかっただけなのだ。
ただそれだけなのに、武装した人間たちに追われ囲まれ銃で撃たれ、どんなに怖くて、そして哀しくやるせなかっただろう。
一凛は決心した。
今日を最後にしよう。
今日さよならを彼に伝えて終わりにしよう。
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