報われぬ恋(3)



「これ一凛ちゃんがこの前図書室で借りてたやつだろ、こんなところに忘れちゃ駄目だよ」


 うん、と小さな声で一凛はうなずいた。


 颯太は檻の奥に向かって大声で叫ぶ。


「おーい、睦雄出てこいよ。隠れているなんて卑怯だぞ」


 彼の名前は睦雄じゃないと言いたかったが、本当の名前を知らない一凛は黙っているしかなかった。


「このまま出てこないんだったらそれでもいいけど、だったらもう二度と一凛ちゃんに会わせないからな、いいんだな、それでも」


「颯太さん、ちょっと」


 一凛が颯太を止めようとすると、颯太は穏やかな態度を一転させた。


「だって変じゃないか!毎日ゴリラを見に来るなんて子どもじゃあるまいし。いったい最近どうしたって言うんだよ」


 颯太が一凛の肩を掴む。


 その力が思いほか強く一凛は驚き身を縮めた。


「まじで睦雄に焼いてんの、だっせー」


 いつの間にか依吹が少し離れたところに立っていた。


「睦雄はゴリラだぜ」


 依吹はにやにやしながら二人に近づいてくると、青い傘をくるんと回した。


 水を飛ばされた颯太は一瞬逆上したように見えたがすぐに冷静さを取り戻した。


「焼きもちなんか焼いてないさ、ただ心配なだけだ。一凛ちゃんの歳で毎日ゴリラを見に来るなんてどう考えたっておかしいだろ」


「そうか?一凛って昔からちょっと変だから、俺は別になんとも思わないけど」


 依吹の言葉に颯太はあからさまに嫌な顔をした。


「依吹、おまえ親父が死んでから、おまえも多少は権限があるんだろ。だったらこんな凶暴なゴリラさっさと処分しろよ」


 依吹は片方の眉毛だけをつり上げた。


「あんたサイテーだな」


 颯太は冷ややかに笑った。


「生まれながらにサイテーなおまえに言われたくないな。知ってんだぞ、お前の姉ちゃんはほんとうは」


 青い傘が宙を舞った。

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