キス(2)

 


 颯太は一凛から目を逸らすと言いにくそうに小さな声で言った。


「その動物園って依吹のところのだろ」


 依吹とは葬儀の日に久しぶりに話しただけで、あれ以来また話してもいなければ、姿を見かけてもいない。


 数年間の経たりがまた二人を遠ざけたように思えた。


 もう小学生の一凛と依吹ではないのだ。


 なんだか寂しいような気が今さらした。


「あんまり依吹には会ってほしくないな」


 颯太の声で一凛ははっとして顔をあげる。


 すぐ目の前に颯太の顔があった。


「わたしと依吹はほんとただの幼馴染みだから」


 颯太の顔が少しづつ下りてくる。


「幼馴染みでも男と女だよ」


「でも男が必ずしも女が好きだとは限りませんよ」


 颯太の動きが止まる。


「どういう意味?」


 しまったと一凛は思った。


 勝手に依吹のことをバラしてはいけない。


 そんなことをしてしまったら自分は人としてどうかと思う。





「別に依吹がそうだとは言ってないけど、そういうこともあるという意味で」


 墓穴を掘っているようで焦ったが、颯太は途中から一凛の言葉など聞いていないかのようだった。


「一凛」


 颯太の息が一凛の鼻先にあたった。


 キスされる!


 反射的に体を後ろに引いた。


 颯太と目が合う。


「あの、わたしもう行くんで」


 一凛は逃げるように図書室を飛び出した。


 背中に颯太の視線を感じた。


 自分が周りより後れているのは分かっていた。


 ほのかや他の子はみんなファーストキスは済ませている。


 中にはキスのその先、最後までいってる子もいる。


 半分以上が興味本位で「こんなもんかと思った」という感想が多かったが、中には「頭がスパークする感じ」とか「音楽が鳴り出した」とか言う感想を目をキラキラさせながら語る子もいた。


 学校の門を出たところで一凛は本をそのまま持ち出して来てしまったことに気づいた。


 戻って颯太と鉢合わせするのが嫌で、明日ちゃんと手続きをすればいいやと、一凛は動物園に向かった。





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