銀白色の背中(6)



 ゴリラは奥に座ったまま檻の外のどこか遠くをじっと見つめ動かない。


「なんだか可哀想」


 一凛がそう言うと、そうでもないよと依吹は言う。


「みんなが言ってるのがさ、睦雄はもしかしたら生まれつき頭が弱いんじゃないかって。しゃべらないんじゃなくて、しゃべれない。普通ゴリラは頭がいいからさ、自分が置かれた状況を把握してちゃんと人間と上手くやるもんなんだよ。でも睦雄はこんなだろ。こんなふうにただひたすら人間を威嚇するのってあんまり知能が高くない野生動物が取る行動なんだ。だから一凛が思っているような哀しいとか寂しいとか辛いとか、そんな感情は持ち合わせていないんじゃないかな」


 感情を持っていない動物が恐れの表現である威嚇をするだろうかと一凛は思った。


 それにあの瞳はとても深かった。


 知能が低いどころかその逆に見えた。


「そうなのかなぁ」


「発見されたとき他のゴリラもその場にいた形跡があったんだけど、撃たれたのは睦雄だけだったみたいなんだ。頭が弱いから逃げ後れたんだと思う。そろそろ行こうぜ。俺を迎えに来たんだろ?」


 依吹はくるんと自分の傘を回して雨水を飛ばすと歩き出した。


 雨水を飛ばされた一凛は、ちょとぉ!と怒りながら依吹を追いかける。


 久しぶりに一緒に歩く依吹はずいぶんと背が伸びていた。


 肩幅も傘を握る手も大きくしっかりと骨張っていてもう少年の面影は残っていない。


「別に連れ戻しに来たわけじゃないけど、依吹にどうしても会いたくなって」


 一凛は正直に自分の気持ちを口にした。


「会いたくなってだなんて、彼氏が聞いたら怒るぜ。この前バス停で一緒にいたの彼氏なんだろ」


「いちおう」


 何だよその一応って、と依吹は鼻で笑う。


「依吹は彼女いるの?」







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