止まない雨(7)
幼稚園のとき一凛の母親が教えてくれた。
『依吹くんはね、一凛ちゃんが見えるようにはいろんな色が見えないの。でもね、だからといって依吹くんがみんなと違うわけではないのよ、みんなと同じなの』
依吹は自分と同じように目と口と鼻があって、同じ言葉を話して、同じテレビを見て笑うのに、依吹の見ている世界が自分の見ている世界と違うということが一凛にはとても不思議に感じられた。
依吹はあんなに鋭い目をしているのに、一凛に見えるものが見えてないと思うと、なんだか悲しかった。
いつの間にか一匹の猫が藤棚の下にやってきて雨宿りをしていた。
「ああっ」
猫は鳴いた。
「どこから来たの?あなたは野良猫さん?」
「いたぁい、いたぁい、なぁい」
猫は声を絞り出すようにして言った。
「お腹が空いてるのか」
依吹は鞄から昼ごはん用のサンドイッチを取り出すと挟まっているハムを一切れ猫に向かって投げた。
猫は地面に落ちたハムに駆け寄ると
「うわぁ、すげぇ、うまぁい」
とむにゃむにゃ言いながらあっという間に平らげる。
食べ終わると依吹をまっすぐに見上げ言った。
「もおっと」
依吹は次にチーズを投げ、そして次はツナを、依吹のサンドイッチに挟まっているのが野菜だけになると、猫は満足したのか毛繕いを始めた。
「まあ、お礼も言わずに」
一凛がそう言うと依吹は笑った。
「猫には感謝って気持ちはないんだよ。好きとか嫌いはあるみたいだけど。人間でいうと猫は二歳児ぐらいの知能らしい。赤ちゃんもお母さんからおっぱいもらって、嬉しいとは感じても感謝する気持ちはまだないだろ。感謝ってある意味人間だけが持つ特殊な感情なのかも知れないな。それにしても似てるよな」
「似てる?」
「一凛って猫に」
一凛は目の前の猫をまじまじと見る。
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