ふかかい

氷喰数舞

第1話

 開かない部屋に閉じ込められた。


 目覚めた時にはここにいて、目の前の手紙を何度も読みながら考える。


「ふかかい」


 ひらがな四文字で書かれたそれは、ノートの隅に落書きしたものを破ったような小さい切れ端だった。裏には「謎を解け」と四文字で書いてあり、とりあえず謎を解けば解放されると考えた。


「ふかかい」という四文字は、単純に変換すれば「不可解」となる。


 すなわち解くことができない。


 しかし考えてみる。「不可」と「かい」を切り離す。


 部屋にはドアがある、そのドアを開くことができないという意味での不可開。


 ドアには鍵がかかっていて、鍵を壊すことができないという意味での不可壊。


 外に出られない以上、外の人間に会うことができないという意味での不可会。


 或いは、戒めることができないという意味での不可戒。


「不可」プラス「かい」という考え方から抜け出せないのは、考えを改めることができないという意味で不可改となる。


 戒める対象を知らないので、戒められる、つまり悔いることかと思うが、悔いることなど浮かばない。これは不可悔。


「かい」に該当し得る漢字。あとは【界】【回】【貝】【海】【怪】【階】【灰】くらいだろうか。頭が回らない。これはおそらく不可回だ。


 この部屋には何もない。貝などもちろんない。不可貝と呼んでもいいのだろうか。この考えに対して怪しむことができないと判断できるなら、不可怪も達成される。貝が無いのだから海もない。不可海。不可を否定の意味として考えるならば、「海ではない」。つまりこの部屋が海にあるわけではない。


 残るは【界】【階】【灰】。


 海ではないという意味で不可海が通用するならば、「この部屋は何階にあるか」という疑問を消すことが可能なのではないか?


 つまり階層という概念が存在しない。不可階。つまり何階でもない。地上にある部屋。地上に面した部屋。強いて言うなら一階か。しかしそれでは不可階は適用されなくなる。……どうすればいい?


 ところで、この部屋は灰にはならないことがわかる。不可灰を適用できるなら。つまり部屋は焼却されないし、殺される心配も少し減る。いや、天井の通風口から水を流し続けて海にする? それもないだろう。不可海が待ち受けている。


【界】について考えてみる。世界を区切る境界。区切りのない不可界ならば、この部屋を構成している境界線である壁もなくなる。部屋そのものが存在できなくなる。


 そういえば【絵】も「かい」と読める。この部屋に絵はないので不可絵は簡単に出来上がる。


 では、【皆】は?


 これも簡単だ。この部屋には一人しかいない。不可皆は成立。


【快】。この部屋はハッキリ言って快適ではない。快くない。不可快。不快の方がいい。違和感がある。


【塊】はどうだ。この部屋は空洞であるから部屋なのであって、部屋でないのならばこの空洞もなかったことになる。空洞のある物体を真の塊として見なしていいのだろうか。疑問が残る。不可塊も成立。


【乖】については言うまでもない。この部屋から乖離することはできないし、幽体離脱など以ての外。不可乖。字面が気持ち悪い。


 頭は回っている。何か別の意味での不可回が存在する或いは顕現させなければならないということか。謎を解く方法については頭が回っているわけではないので屁理屈で不可回を成立させることにする。


 あとは何だ。何がある。


【介】。仲介。介在。傀儡の【傀】もやってきた。この部屋には、外部からの入力に対して応答する術がない。何かを介して外部にこの謎を伝えることはできない。不可介はそんなところか。誰かの操り人形になっている実感はないが、これは主観的なものでしかない。中国語の部屋よろしくマニュアル通りに、マニュアルの傀儡となって外部からの接触に対応するべきか?しかしその術がない。不可介は既に成立している。つまり傀儡にもなれない。これで不可傀も成立する。


【階】と【界】だけが残る。この世界そのものが虚構のものだとして、存在しないとすれば、不可界も成立する。同時に不可階もだ。世界の概念がない以上、階層の概念も存在し得ない。どちらも成立する。


 全てが成立した。


 白い部屋がさらに白く光る。謎が解けた合図か?


 しかしそれでは不可解の成立と矛盾する。


 そうこう考えているうちに部屋がなくなった。


 気がつくと、いつもの布団に包まれている自分の体が、いつもの部屋に包まれた状態で鏡に映っているのが見えた。

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ふかかい 氷喰数舞 @slsweep0775

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