第二十八話 一日目の夜


 さて、徒歩で三日、馬車で一日半の所にある『クロヴェイラ』を目指して、旅立った私たちではあるが、早くも一日目の夜を迎えようとしていた。


「じゃ、当番決めだな」


 そんなアルストリアの言葉により、休んだり、料理などをするためのそれなりのスペースの確保組、食材調達組に分かれることになった。

 佐伯さえき君たちは、スペースの確保はともかくとして、食材の見分け方など分からないだろうから、自然と私たち三人のうちの誰かと組まされることとなった。

 ちなみに、食材の調達は、今ある食材――保存食を後に回すためだ。この場で食べれないこともないのだが、保存食なので、街で仕入れたりできないときは、それを上手いこと利用して、食べるために、温存しておこうと言うのが慣れている私たちの意見だった。


「本当、以前まえの経験を追体験してる気になるなぁ……」


 まあ、佐伯君たちに合わせて、最初からやっているからなのかもしれないが。


「で、やっぱり捌くところ、見せてもらえないかぁ」

「血抜きしてるところは見せるのに、本当、捌くところは見せないよな。アルスは」


 エルとともにじ~っとアルストリアに視線を送るが、「そんな目向けられても、見せてやらんぞ」とばかりに無視されてしまう。


「エルは出来たっけ?」

「一応、出来るけど……ほら」


 エルが出来るようであれば、やってるところを見せてほしかったのだが、当の本人であるエルは、あっちを見ろとでも言いたげに示してきたので、そっちを見てみれば、今度はアルストリアがこっちをじっと見ていた。

 これ、エルのやつを横から見ていても、私に見せないために目隠しするか、横取りする気だ。


「……」


 アルストリアが頑なまでに私に捌くところを見せようとしないのには、何となく察しが付くんだけれど。


「……私はもう大丈夫なのにな」


 今さら野生生物の血で汚れたって、何とも思わないのに、アルストリアが気にするのは、やっぱり旅立って、最初に魔物を倒したときのことだろう。

 ぽとぽとと血を抜かれていく野生生物を見ながら、そう思う。


「この程度で、気、使わなくていいのに」


 血抜きが終わった野生生物を、アルストリアとエルが主体となって、手際よく調理していく。

 その様子を、佐伯君と鳴海なるみさんが興味深そうに見ていたが、私としてはやるべきことが無くなってしまったので、ぼんやりと目の前にある火を見つめる。


「はー……それにしても、あと二日も歩くのかぁ」

「何だ。もう、疲れたのか?」

「あっちじゃ、一日歩くことなんて無かったですからね」


 夕飯を口にしながら、そんな話をする。

 まあ、あっちには車や電車とかがあるからね。


「セナ」

「……」

「おい、セナ」


 体を揺すられて、ようやく呼ばれてたことに気づく。


「え、何」

「いや、何じゃなくて……」


 反応しなかったためか、男性陣の心配そうな表情が向けられるが、少しぼーっとしていただけで心配してくるとか、過保護じゃないか?


「お前も疲れたか?」

「……多分」


 そんなことは無いとは思うんだけど、そういうことにしておかないと、心配されてしまう。


「どうせ明日も歩くし、今日は早めに休むか」

「んじゃ、アルスが火の番で」


 アルストリアがどこか不服そうだが、火の番もエルがさっさと決めてしまい、やることが再び無くなってしまう。


結城ゆうき

「ちょっと良いかな?」


 意外なところから声が掛かったもので、佐伯君と鳴海さんの二人に話し掛けられる。


「ここじゃ……駄目そうだね」


 まあ、申し訳なさそうな佐伯君を見れば、場所を移したそうな察せられるんだけど、エルと結託でもしたのか、こちらに来ようとしたアルストリアが止められていた。


「で、二人揃ってどうしたの?」


 姿は見えるけど、声は聞こえにくい距離になってから、切り出してみる。


「いや、その……」

「何か気になることがあるのなら、言ってくれると助かるんだが」


 ん?


「えっと……?」

「その、何か手伝いたそうだったのに、それが出来なかったから、落ち込んでいるのかと」


 ……ああ、そういうことか。


「落ち込んでないと言えば嘘になるけど、やることがなかったら休むだけだよ。それに、アルストリアのアレ・・は今更だし」


 一体、どれだけの付き合いだと思ってるのだ。

 性格も、そんなことをしてくることも忘れるほど、私たちが一緒にいたのは短い期間じゃない。


「だったら尚更、言いたいこと言えばいいのに。付き合いが長いから、何となくでも分かるなんて、言い訳だぞ。勇者様」


 いつの間にこっちに来たのかは分からないが、声で分かったから、訂正しておく。


勇者、ね。エル」

「俺としては、『勇者』はセナだけなんだがな」


 ……あーもう、こういうことを言うんだからなぁ。


「前にも言ったけど、そういう言い方は良くないから」

「んー? でも、俺だけじゃなく、アルストリアにとっても、『勇者』と言えばセナだしな。たとえ、今の勇者が彼だとしても」


 この、『お前は◯◯だから特別だ』って言い方を、平気でしてくるのは何なんだろうか。

 アルストリアはアルストリアで、エルに何を言われたのか、こちらをちらちら見てきてるし。


『付き合いが長いから、何となくでも分かるなんて、言い訳だぞ』


 さっきのエルの言葉を、脳内で復唱する。

 ――が、とりあえず、これだけは言っておこう。


「ありがとうね。でも、そっくりそのまま返すよ。私たちで『盗賊シーフ』と言えば、エルだから」


 まさか言われたり、言い返されたりすると思っていなかったのか、それとも思っていた以上に効果があったのかは分からない――が。


「……」

「エル?」


 彼を驚かせ、硬直させるほどの効果はあったらしい。


「もしかして、結城さんも、結構な人たらし?」

「かもな」


 失礼な。


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