その3
「……ありえん」
頭を抱えながら、足早に”クラブ区”を通り過ぎる。
「いいじゃない。みんな笑って許してくれたんだから」
蓮子がそういうと、完太郎は低く唸った。
「冗談じゃない。危うく下級生を二人、撃ち殺すところだった」
もし《空気圧縮銃》を”マニュアル照準”にして引き金を引いていたら、どうなっていたことか。
「ま、死んだら死んだで、あの子たちの運が悪かったのよ。前向きに考えましょ」
「前向きにって……」
一瞬、絶望しかける。
人間の命というものは、もっと尊厳を持って扱われるべきではないのか。
――これは、田舎だとか、牧歌的だとか、そういう問題じゃなくなってきたぞ。
苦い気持ちを噛み締めながら、少女の背を追う。
「ここよ」
見上げると、その部室の前には”映画部”のプレートが掲げられていた。
――カントクって呼ばれてるのは、つまりそういうことか。
その部室は”クラブ区”の最奥にあった。少し不便な場所にある分、他の部に比べて広めスペースを充てがわれているらしい。
“映画部”の下には、所属している部員の名前が明記されている。
それによると、“映画部”の部員は、
――識名 蓮子
――マキナ・ドゥームズデイ
の二人のようだ。
「……
アニメのキャラクターみたいな名前だ。本名だろうか?
蓮子に続いて部室の扉をくぐると、十畳ほどの室内に、所狭しと“映画部”の備品・小道具などが並んでいた。
「……ほほう」
感心する。機材はずいぶん本格的なものを使っているらしい。
様々な時代・職種の制服、銃火器のレプリカ、中世の武器、拷問器具のようなもの、戦車のミニチュア他、得体のしれない小道具類。
その中から、金銀で彩られた一際豪華な箱を拾い上げる。
「“パンドラの箱”……ねえ」
ビニールテープの上に黒マジックで書かれたその小道具の名を読み上げる。すると、蓮子がきょとんとした顔でこちらを見た。
「ん? なんか気になる?」
「いや。ずいぶん立派な箱だな、と思って」
「ああ、……それね。どっかの美術館から、てきとーにパクってきたやつだから」
「なるほどな。どうりで妙に迫力があると思った」
あしらわれているのは、本物の宝石だろう。
――こういう値打ちものが、粗末なビニールテープを貼られて放置されているとは。
全体、この部室は混沌とした夢の残骸に見える。
「えーっと。あれれー? どこ行っちゃったかなー?」
ぶつぶつ言いながら、蓮子は部屋の奥で、がさごそやっている。
手持ち無沙汰にあちこち視線を向けていると、天井まで届く大きな棚に、大量のテープが並べられていることを発見した。
それぞれ、ラベルにタイトルが書かれていて、
『魔女と死者たちの生活』 『ひぐらしの鳴き殺し』 『立花京平探検隊』
『地獄仮面大活躍の巻』 『外道 ザ・ムービー』 『地獄仮面殺人事件』
『インスマスの影』 『GOGO!仮面』 『地獄仮面復活の巻』
『殺人キノコの冒険』 『東京特許許可局殺人事件』 『藪の中』
『恋物語殺人事件』 『海軍もののけ物語』 『雪隠』
『しろすずめばち』 『殺人競売』 『エンターテイナー』
『女郎蜘蛛の会』 『特になし(素材集)』 『名称未設定』
などなど、様々なタイトルが並んでいる。
「全部君が撮ったのか?」
「まーねー」
蓮子は、上の空で応えた。
どうやら、彼女はずいぶんな多作家らしい。タイトルから判別するだけでも、推理もの、ホラーもの、パロディ、原作つきと思しきものまで、作風には節操がない。
「十歳の時“
無理もない。その頃はまだ、人類が”人類の天敵”と激しい戦闘を繰り広げていた時代のはずだ。
「その頃の映画なんか、ロリっ娘時代のあたしが役者として出演してたりするの。今じゃ考えられないわ」
「ロリっ娘時代、ね…」
正直に言って、蓮子の体型に今と昔があるとは、とても思えなかったが。
「あっ、ひょっとして今、失礼なこと考えてる?」
――エスパーかこいつ。
蓮子が小道具の山の中からボストンバッグと筒状のケースを引っ張り出したのは、それから数分後のことであった。
「それじゃ、れっつごー」
▼
「……そんなに急がなくちゃいけないのか?」
外に視線を移すと、オレンジ色に染まった世界が広がっている。あと一時間もしないうちに日は沈むだろう。
「もちろん、大急ぎ。ホントは日が傾く前に済ませたかったんだけど、一ヶ月後の学園祭には間に合わせなきゃいけないから」
「ん? ここ、春にも学園祭をやるのか?」
首を傾げる。都市部の学校にいた身としては、学園祭は秋に一度だけやるのが普通だと思っていたのだ。
「ええ。通称、春祭って言ってね。新入生の歓迎会を兼ねて、盛大にやるの。この近くに住んでる人たちの息抜きも兼ねてるから、結構盛り上がるのよ」
「へえ……」
完太郎は、ぼんやりと相槌を打つ。
「ちなみに部活ってのはその、映画の撮影ってやつか?」
「もちろん」
「変わってるな」
率直な意見であった。
絵を描く。小説を書く。写真を撮る。音楽を奏でる。――そういった”一人で始められること”に比べ、映画の撮影というのは、表現の手段としてはかなり敷居の高い部類にある。人類の数が減ってしまった現代においては、なおさらのことだ。
「けど、面白そうだ」
「あら。……興味ある人?」
少女は抜け目のない表情で顔を窺う。
「まあ、映画はそこそこ観てるからな」
「ふうん。最近のやつ?」
「いや、封切りはあんまり。一昔前の映画が好きだな。俺の家、データ・ディスクのレンタルショップが近くだったから」
”中央”にある実家暮らしの思い出が、頭の中に蘇る。
リビングにあるでかいテレビの前、一人ぼっちで。
誰かの話し声がすると安心する気がして、映画ばかり観ていた気がする。
「一応、気になったジャンルの映画は片っ端から観てる」
「ああ、そうなんだ。それじゃ、好きな監督とかいる?」
「そうだな……」
完太郎は少しだけ思考を巡らせて、
「マイケル・ベイとか」
「ああ、ダメっ!」
すると、セクハラされたOLのように、蓮子は激しく首を横に振った。
「あいつの映画、ほっとんど駄作じゃない!」
「なんだと……?」
思わず顔をしかめる。映画鑑賞は、十歳の頃からの趣味だ。今の返答も、ある種の信念を持って挙げた名前である。
この、蓮子という娘は、それを真っ向から否定したのだ。
「『パールハーバー』で、変な日本軍の描写をしたからか?」
「あれも酷かったけど、あたしは『トランスフォーマー2』以降の作品が嫌いだな」
「そうか? 俺は好きだけど」
「はッ」
少女は、道端に咲いた花を踏みにじるような表情で笑う。
「どーん、ばーん、どかーん! とりあえず爆発シーン挟んどきゃ面白いと思ってる、三流よ。あいつは」
ふと胸の内に、もやもやちくちくした感情が渦巻いた。
――どうにかして言い負かせないと、気が済まない。
「爆発は良いものだ。頭をからっぽにしてくれる。面倒なことなんて一つも考えないでいさせてくれる。観終わった後、スッキリできる。そうじゃないか?」
「量が問題なのよ……。『もういい』っつってんのに、ぎゅうぎゅうジャンクフードを突っ込まれるあの感じ。わかんないかなー?」
「だいたい、アクション映画の出来なんてものは、火薬の量と比例するものさ」
「そこは否定しないけど……」
瞬間、少女はどこか悔しげに唇を尖らせた。
完太郎は、ここぞと畳み掛ける。
「何より、マイケル・ベイが、当時の客のニーズを掴んでいたってことは否定できないだろ?」
そこで、蓮子の足が止まった。少女が振り向く。視線が合う。
明らかに、怒っている。
「そ・れ・が! いっちばん腹立つところなのッ!」
呆気にとられて、少女を見た。
「確かに、最初『トランスフォーマー』を観たときはびっくりした! 感動したわ! だって、あんなものを観たのは始めてだったんですもの! でもね、2、3、4と続けて観て、どう思った?」
「どうって……」
返答に窮する。
「毎回毎回、やってるのは、ぜーんぶ同じことの繰り返しじゃないっ!」
「同じでもいいじゃないか。良いモノなら、何度だって繰り返し観たくなるだろ? 俺は、2以降も満足したよ。興行収入だって悪くなかったはずだしな」
「だ・か・ら!」
だだっこのように地団駄を踏む蓮子。
まるで同い年の人間の仕草とは思えなかった。
「そこがムカツクの! ハリウッドで! 大成功を収めて! いくらでも新しい挑戦ができるような立場で! 同じことを! エンドレスで!」
少女は、ふぁっくふぁっくと叫びながら、壁をばんばんと叩き始める。
「つまり君は、……商業的に量産された作品は、みんな認められないって言うのか?」
「そんなことは一言も言ってないわ。ハンバーガーには、ハンバーガーの良さがある。過去作への追従が創作に含まれるのは当然のことだし、何一つ間違ったことじゃない。でもね、”コピー”と”リスペクト”は明確に分けられるべきだわ。それが、自分自身の過去作品であったとしてもね」
「マイケル・ベイは、他ならぬ自作のパクり野郎だと言いたい訳か」
「まーね」
――“コピー”と“リスペクト”か。
蓮子の言いたいことはわかる。
だが、二つの間に明確な線引きが難しい以上、その差は極めて曖昧だ。そのことを、果たして彼女は理解しているだろうか?
長台詞を叫んだ後だからだろうか。蓮子は少しだけ息を整えて、続けた。
「……ああいう大作映画はね。多くの人と、予算と、時間をかけて作る必要があるの。それだけの手間をかけてできあがったのが、たかが過去作のコピーじゃ、関わった人が可哀想だわ……」
その表情は、深刻を通り越して、どこか悲痛ですらある。
「…………ムう」
不思議なことに、完太郎はそれ以上、反論を重ねる気がなくなっていた。
むしろ少し、唖然としている。
映画鑑賞などと言うものはしょせん、趣味の世界だ。
生きる上では必要とされず、夢中になればなるほど「もっと身になることを」と叱責されるタイプのシロモノ。
そんなものに、――この識名蓮子という少女は、全力で向き合っているように思える。
これまで、出会ったことのない人種であった。
「そう言う君の映画は、……どういうやつなんだ?」
「残念ながら、」
蓮子は首を横に振る。
「今のあたしの腕じゃ、マイケルの足下も及ばないことはわかってる」
――マイケルって。友達かなんかか。
「だいたい、今じゃあ、あの時代のVFX技術の大半が失われているし。……でも、それでも、いずれは映画全盛の時代にも負けないモノを撮りたいと思ってるわ」
ふむ、と、完太郎は唸る。
「それじゃあ、……今度、見せてくれよ。君の言う、“映画”ってやつを」
不機嫌一色だった表情が、ぱっと笑顔に変わる瞬間だった。
「もちろん。君が望むなら、一晩中でもね!」
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