第32話:Empress

 A4用紙を高々と掲げ、ばっと広げて見せつけた。

 といってもナツの身長だとこれで男子の目の前レベルであるが。


「すげぇ!ほんとにこれライズエンペラーなのか!?」


 金属アーマーなどがついた無骨なデザインであるライズエンペラーが、丸みを帯びたまったく新しいシルエットになっている。


「リアバンパーの上のひれひれがすごい……孔雀の羽みたい……」

「ホエイルシステムって言ってたから、ミニ四駆キャッチャーを使ったテイルユニット付けるのよね?そう思ってこんなデザインに♪どう、素敵でしょ、みかど」


 みかどの目から涙が止まらない。


「こんな、すごい……シャーシもボディも……」

「だから泣くのも喜ぶのも速いわよ。これからこのボディを作るんだから。見た目だけじゃなくって、軽く、そして剛性もキープして。壊れにくく、それでいて女性らしく華やかに。このままコンデレに出せるくらいのものにするわよ!こういち、あおい、加工に入るから手伝って!!」

「「はい!」」

「あたしも手伝います!!」


 こうして朝方までボディ製作が行われた。

 パテを盛り、削り、デザイン画に近ずけて行く。

 このままでは重くなるので、削り込み、補強し、繰り返して行く。


「こういち、カーボン裂いておいて」

「裂けるんですか?!」

「縦にカッターを入れて……竹を割るようにこう……スパッと!」


 薄いカーボンプレートが出来上がる。


「こんな使い方があるんですね……すごい。」

「薄くしても引っ張る力にはすごく強いからね。これを裏から貼り付けて補強するのよ」


 加工が終わったら塗装だ。


「まずサーフェイサーで下地を作る。今回のマシンはホワイト基調だから白サフを吹くわ。乾いたら少しヤスって……もう一度サフ」

「下地だけでけっこう大変……」

「まぁここまでしなくてもいいけどね。人のマシンは自分のより綺麗に作りたいから。で、下地が終わったらエアブラシで塗装するわ。ベースのパールホワイトを吹いて……乾いたら超帝と同じメタルレッド入れていくの」

「マスキングとかめんどいですよね」

「マスキングなんてしないわよ?」

「え……はみ出ません?」

「こうやるのよ!」


 そういうといきなりエアブラシで色を入れて行く。


「なんでエアブラシでいきなりそんなに細かい塗装できんのよ!?おっかしくなーい?」

「慣れよ、慣れ」


 さすが美術部部長とも言えるが、特殊能力と言っても過言ではない。

 そして。


「で……できたわ……」

「ついに完成したわよーーー!みかどちんのにゅーまっすぃーーーーん♪」

「ウザいです!でもうれしい!!」

「ふへぇー、つっかれたぜぇ。でもなんとかなった……な……」ばたん。

「ふぇ、部長?」


 すぴー……すぴー……


「寝ちゃった……子供みたい……あたしもなんだか……」こてん。


 すー……すー……


「まったくこいつら……でもまぁ仕方ないわね、もう朝8時じゃない……塗装が乾くまで時間かかるし、あったしたちも少し休みましょう……」


 そして5時間後。


「もう食べられ……な……ふごっ!?……しまった、かなり寝ちまったみたいだな。おぃ、みかど、起きろよ」

「むにぃ……あと360円足りない……すぴぃ……」

「どんな夢見てんだこいつ。よだれまで垂らして……ふふ、かわいい顏して寝てらぁ」


 そっとくちびるのあたりを拭ってやる。


「うっわ、やわらけぇ、ってオレなにやってんだよ……いかんい……」


 は!と周りを見渡してみると、襖の後ろから視線を感じる。


「まーもーちゃーん……きーみはー、なーにをー、してるのかなーーー?」


 襖がゆっくり開く。

 その向こうには……合宿メンバー全員がそろっていた。


「なになにー、なにしちゃってるのーーー?」

「部長がそんな人だとは思いませんでした」

「セクハラ部長とでも改名してみては?」

「違うんです誤解です話を聞い」

「聞く耳もたーーーーん!極刑に値するーーー!!」


 ぴょーん、くるくるくる……

 ずどがーーーーん!


 ナツの必殺の飛び蹴り「おパンツ見せ見せキック」がクリーンヒットし吹っ飛ばされる火野。


「ぐっはぁ!?」

「まったく、油断も隙もありゃしない……この女の敵!!」

「だから……他意など……な……」

「問答無用!」

「……とととりあえずだな、完成したマシンの試走会でもやろうじゃないかーキミたちー!」

「ごまかしてんじゃないわよ!でも試走前にもう1つ、やることがあるわ」


 全員がナツのほうを向く。


「このマシンに名前つけてあげなきゃ。デザインから何から、ライズエンペラーとは別物になっちゃってるからね」

「なるほどたしかに……」

「そこで!実はボディデザインしながら思いついた名前があって」

「あ、でも名前はみかどにつ……」

「エロ猿部長はだまってて!」

「……はい」

「こほん。みかどの新しいエンペラー、だけどエンペラーって皇帝、男性よね。これは女の子のマシンだから『エンプレス』、じゃないかしら?」


 おぉー!と感嘆の声があがる。


「いいですね!女帝!まさにみかどさんのマシンにピッタリな名前です!」

「でっしょー♪これしかないと思うわけ」

「でもみかどの意見……」

「あっ?」

「いえなんでもありません……」

「むにゃむにゃ……いけぇーエンプレぃス……Lady……すぴー」

「すごいこの子、もう夢でエンプレス走らせてるじゃない」


 こうして新マシン「エンプレス」が完成した。

 その後も試走や調整を繰り返し、会長のコースでの練習、レースなどが行われ、2泊3日の合宿も終わる。


「では会長、ありがとうございました」

「おぅ、また遊びにでもくるといいぞぉ。あ、そうだぁ、ボクも今年のジャパンカップ出ることにしたぞぉ。みかどくんのエンプレスに勝てるようなマシンを用意するから、勝負だぞぉ」

「はい!あたしだって負けませんよ!」

「ふふ、みんなも出るんだよねぇ?」

「当然よ。うちはこの3人で参加するわ。本気のマシンをお見せしますわよ」

「火野ちーん、あったしも出ていいの?」

「当然だ、うちも全員で参加するんだ。つまり、全員がライバルってことだ」

「よっしゃーーー気合い入ったわーー!みかどちんのエンプレスを倒すのは、あったしよーん♪」

「くすくす♪あでもほんと、今回はいろいろご迷惑をおかけしました。みなさん、ありがとうございます。マシンはもっともっとブラッシュアップして、早く自分のマシンにできるよう、精進しますね」


 深々とお辞儀をする。


「じゃ、それぞれのジャパンカップに向けて、がんばってこうぜ!!」

「「「「「はい!」」」」」


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用語解説:

・キャッチャー

 ミニ四駆キャッチャーというアイテム。

 コースを走行しているミニ四駆を素手で止めるのが結構危険で。

 こいつをキャッチしてくれる、そんなアイテム。

 こいつの素材がポリプロピレンといって、柔軟性があってけっこう丈夫。

 なので、こいつを加工してミニ四駆のパーツにしたりすることがある。

 ただ、実は若干グレーゾーンな改造でもある。

 (ミニ四駆のパーツではないため。)


・サーフェイサー

 下地処理用の塗料。

 塗料というよりは薄いパテのようなもの。


・マスキング

 塗料を塗る際、はみ出てもいいように専用のテープなどを使って保護してあげる作業のこと。

 造形が細かいところにマスクするのはけっこう難しい。

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