不思議な探偵シリーズ
永遠の中級者
導く探偵
誘導1 彼は視る。
夕日の紅い光が差し込む平日のとあるカフェ。
そのカフェは、時間と共に変わっていく街の風景の中で、唯一時間に取り残されたかのようなレトロな雰囲気を残している店であり、学生客から社会人まで、中々の人気がある。
そしてこの日も、時間帯の事もあってかなりの客が入っていた。
「いやあ、真坂君が入ってくれて助かるよ。一人だけでは対応しきれないことがあるからな」
「そう言いますが、マスターぐらいならこれ位一人でも大丈夫だと思いますけどね」
カウンターに凭れるようにして渋い見た目のマスターと話す真坂と呼ばれたウェイター。
この店には何度か立ち寄ったことがあり、その事もあってマスターに顔を覚えられていた影響か、ある日にこのカフェのマスターである
ちなみにこのマスター、渋い見た目から話しかけ辛い雰囲気ではあるが、話してみると意外と気さくで、人生相談すら受けるので常連にも結構人気である。
「にしても時間の割には、やけに客入りが多いっすね」
明が言うように店内の半分以上が既に埋まっており、その中には何処かの学生の姿もある。
こうしている間にも新たな客が入ってくる。
「そうかい?祝日などではもう少し多い時があるけどね。それより、接客よろしく」
「はいはい……いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
明は入って来た女子学生のグループを空いている席に誘導し、注文を受け付ける。
明が注文をメモに書き、その席を離れようとした時、突如男のものと思われる声が店内に響き渡る。
「うおああああああ!」
声がしたのは店の奥にあるトイレの方からであり、其処から男性客が飛び出して、その場で倒れた。
「お客さんどうしましたか?!」
「人が……」
腰の抜けた男性客をマスターが起こし、男性客が動揺しながら声を絞り出す。
明がその横を通り、トイレに駆けつけるとそこには男性が倒れていた。床には吐いたと思われる血が残されていた。
明は即座に男性の脈を確かめるが、其処に脈動は感じらなかった。
間違いなく、男性は此処で死んでいた。
「マスター、警察に連絡を。あと、店から誰も出ないようにしてくれ」
「分かった」
死亡を確認した明は直ぐに後ろで控えていたマスターに指示を出した。
男性客は既に死んでいる。だが此れの原因が判明しない以上、迷惑であろうと客を帰すわけにはいかないのだ。
その後、暫くして警察が到着し、捜査が始まった。
当然遺体のあるトイレは封鎖され、店も営業を一時中断。
そして現場検証で判明したことは、遺体の死因は毒であること。
其れだけでは自殺なのか他殺なのかはっきりとはしていないが、真っ先に疑われたのは、店として飲食を提供しているマスターだった。
「待ってくれ、私はやってない!」
「話は署で聞きます。ですのでご同行願えますか?」
マスターに疑いがかけられる中、明は鑑識が離れた少しの隙にトイレへと向かう。
これが自殺なのか他殺なのかはまだ分からない。
仮に、これが他殺だと考えた場合、マスターは犯人じゃない。マスターはずっと俺の視界の中にいたが、毒を入れるような動きはなかった。それどころか怪しげな材料を用意していない事は俺自身確認していた。
そうなると、次に疑わしいのはこの男性客の連れだ。この男性客は客の中でも特に柄が悪くて印象に残っていた。そんな男性客が誰かと一緒に店に来たことも覚えている。だけど他の客の相手もしていた事もあり、顔までは思い出せない。
だが、そいつはまだ店内には居ることは確かだ。この遺体は死亡してからそんなに時間が経っていないと先程の警察の会話から分かった。そこから逆算したとして犯行時間前後に店を出た者は居ない。
……今の段階から犯人を特定するには情報が足りない。
となれば、早速結果を明らかにするために視ることにしよう。
明は遺体の最後を追体験出来るちょっとした能力を持っている。正直何故このような能力を持ったのかは自分でもはっきりしていない。だけどこういう状況には役立つ能力だ。
明は掛けられたシートを少し捲って遺体にそっと手を乗せ、目を瞑る。
すると頭の中に暫しのノイズが奔った後、とある映像が鮮明に映し出される。
それは被害者の最後の記憶。
―――ゴホゴホ!―――
映し出されたのは、トイレの鏡の前で咳き込んでいる男性。その男性は間違いなく被害者だ。場所がトイレである事は当然だが、その近くには誰の気配もない。
―――ゴハァッ…なんだ…ゴホゴハ…―――
咳き込みは次第に強くなり、終いには血を吐く男性。
―――まさかあのアマ…盛りやがったな…くそ……―――
声も次第に擦れていき、男性はその場に崩れ落ちる。
男性の意識が失われたことで視界も闇に閉ざされる。
そこで記憶は終わった。
記憶が終了したことで、明は目を開いて立ち上がる。
今回見えたものはほんの数秒の記憶だったが、手掛かりはしっかり残されていた。
男性は死に際にアマと言っていた。
アマチュアのことか?いや、この場合は女の意味か。そうなると犯人は女か。迷い無く発言した辺り、だいぶ確信があったんだな。でも今回は警戒していながらやられたのか。兎も角、男性の連れは一人だった。其れも女性。ということは今店に居る客の中で、一人でいる女性が犯人ということか。
トイレから出て、店内を確認すると、グループ客が多い事も有ってそれに該当するのは二人といなかった。野次馬に混ざる事も無く静かにしているスーツを来た髪の短い女性。あれが犯人か。
犯人は恐らく確定だろう。後は証拠と辻褄を合わせるだけだ。とはいえ証拠に関しては何とかなるだろう。問題は辻褄の方だ。犯人を指摘したところで、過程がなければ素人の戯言だと切り捨てられる。
だといっても今回はそれほど時間がない。今にもマスターが連れていかれようとしている。一か八かで行くしかない。
「さあ、行くぞ」
「待ってください」
今にもマスターを連行しようとしている警察だったが、明が静止を掛けるとその動きを止めて、警察だけでなく他の客たちさえも明の方を向く。
マスターだけはこちらを見ては、真坂君…と呟いた。
「なんだね君は。見たところウェイターのようだが。庇おうと言うのかね」
「俺は此の店のバイトです。マスターは犯人ではないですよ、俺と一緒に居たので」
「庇おうとして出鱈目を言――」
「犯人は他に居ます」
「聞けよ!」
何か言い返そうとしているが、気にせず続ける。
身近の者の証言に力は無くとも、犯人まで繋がればどうだ。
「マスターは忘れてるみたいですが、被害者には入店時に連れが一人居ました。恐らく女性の方です。そして犯行時刻前後に店を出た者はおらず、今も一人でいる女性の客。これだけでかなり絞れます。……貴方ですよね」
明はとある女性の席の隣まで行き、訪ねる。
「何?言い掛かりはやめてよ。証拠でもあるの?」
「証拠なら恐らく貴方がまだ持っているはずです」
毒殺したのならその毒を入れていた袋か何かがまだどこかにあるはず。そしてこの席は店内に設置してあるごみ箱から少し遠く、この女性だけに限らず、トイレに立つ者を除き、店内を立ち歩いている客は見ていない。それならばまだ処分出来ずに持っている筈だ。
これは一種の賭けだ。予想が正しければ犯人は判明し、既に処分されていれば失敗しもう意見を信じられはしないだろう。
「警察の方、この人を調べて貰えませんか?毒物の袋か何かが残ってると思うので」
「……少々失礼」
警察は明の言葉を疑いながらも、女性の衣服や持ち物を綿密に調べた。中々出てこずにハラハラする中、衣服の内ポケットから出て来たティッシュに包まれた破れた小さな袋が見つかり、その袋を調べると毒物の反応が出た。証拠の出現によって流石に警察も彼女を犯人だと結論づけた。
犯人の女性が警察に連れられる時、去り際に明に聞いた。
「どうして分かったの…」
「貴女こそ…なんですぐ逃げなかったんですか」
「…さぁ、分からないわ…もしかしたらどこかで罪悪感でもあったのかもね…」
「…それと貴女だと分かった理由ですが、俺は少し特異体質なんで視えるんですよ。死者の最後の瞬間などが」
「…そんなこと…」
「別に信じなくてもいいですよ。信用して貰おうとも思ってません」
女性は警察と共にパトカーに乗り、カフェを去って行った。
これが特殊な異能を持つ真坂 明が解決した最初の事件である。
警察を見送ってからカフェに戻り、解放されたマスターの下に行こうとすると、一連の流れを見ていた他の客たちが駆け寄ってきて明は囲まれた。
客たちは「やるじゃねえか」だの「此れで安心して飲める」だとか述べていた。常連としての感謝なようだ。感謝である事は分かったが流石に邪魔だったので客たちには席に戻るように頼んだ。
「助かったよ真坂君、ありがとう」
「いえ、マスターが居なくなったら後が面倒なので」
「それだけかよ!」
先程事件が起きたというのに、其れを感じさせないように店は再開される。
明も事件の事を掻き消すかのようにマスターといつものように談笑をしていた。
不思議な探偵シリーズ 永遠の中級者 @R0425-B1201
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