第25話 鳴動する大鉱山 2
スカイゴールドエリアに聳えるジルコニア鉱山街の「城」
スカイゴールド城の玉座に座る男は王冠こそ被っていないモノの、まさしくこのジルコニア鉱山街の王だ。
金髪ごと頭をがりがりと掻きむしり、ぶつぶつと言いながら書類に向き合うその姿はとてもそうは見えないが。
「ったく……こんなん一々こっちに回してくるような事かよ、なんのためにギルドの立ち上げしたと思ってやがるんだ上の連中は」
「……その上の連中のさらに上に居る輩が何言ってんだい、駄々こねてないで手ぇ動かしな」
書類を放り投げようとした王を、隣で同じく書類を片付けていた王妃がぴしゃりとやりこめる。そのやり取りはどうにも王族のそれには見えなかった。
「ともあれ……ジルコニア鉱山開発再開の嘆願ばっかりこんなに寄越してきやがって……しかも有形無形の圧力付きだぜ?」
「そーいう腹芸がある事も呑み込んだ上でそこ座ってんだろうが」
書類を片付けながら、王妃もいい加減うざったくなってきたのか正装のウィッグを放り投げる。王と同じ金髪の下から、純白に近い銀の髪が現れた。
「お互い、切ったはったで暴れまわってた頃とは違うと口酸っぱくして言ってるんだがねぇ……ほんといつまでたってもガキ大将なんだから」
「ほっとけ……っと、ガキ大将と言えば……ほんとのガキ大将が戻ってきたみたいだな、子分連れてよ」
半ば聞き流していた報告の中にあった名前を思い出し、王はにやりと笑う。
「さっさとこんなのは切り上げて、俺らも遊びに行くとするか」
「はぁ……なんであたしゃこんなのと連れ添おうと思ったんだか……若い頃の自分を殴ってやりたいよ」
とほほ……と言いたげにため息をつく王妃の口元は、その口調に反してにやりと笑みを浮かべていた。
王と王妃、政務をある程度片付けてから脱走。
相も変わらぬ、スカイゴールドの日常の光景であった。
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クリスタルエリア、冒険者ギルド。
この町独自のシステムとして、ほかの町であれば宿や酒場が各々で受け持っている傭兵や何でも屋への依頼のあっせんを集約した場所で、これにより依頼受領のブッキングや受領ミスが起こりづらいように調整されている。
帝国でも見なかったシステムにノーリとネレッドは「おぉ……」と驚き、陣はネット小説でよく見る冒険者ギルドってのはこんなのか……とあたりをきょろきょろ見回す。
グルスだけが、たいして珍しくもないものであるかのように受付に向かう。
「おう、どうした若けぇの、食い扶持でも探しに来たか?」
受付に座った、ドゥビットと見まごうかという屈強で髭面の男がじろりとにらむようにグルスを見る。
分厚い筋肉に覆われた太い腕を組み、ある種のすごみを感じさせる彼の視線を、グルスは正面から受け止めていた。
「ま、そんな所だ、俺と……あと、そこで回り見てるひょろいのとフービット、ドゥビットの4人」
「はン、保護者も大変だな……おらそこでぼけっとしてる新顔ども!カード寄越しな!」
大声で呼びつけられ、陣たちが慌てて受付前に走ってくる。それぞれのカードを受け取り、面白くもなさそうに男は既定の処理を行う。
「ほらよ、クリスタルの新顔共、せいぜい頑張って生き延びるこったな」
それぞれに、カードが投げ渡される。
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登録が終わり、改めて宿を探そう……と皆の意見が一致した。延々と上り坂の旅は地味に全員の足腰に負担をかけたようだ。
まずは宿の集まる場所に……とあるき始めた所で
「ちょっとちょっと、新顔さん」
声をかけられた陣が立ち止まり、つられて全員歩を止める。
声をかけてきたのは奇麗な白銀の髪をした女性。決して背の低い方ではないグルスと同程度の身長があり、女性的なラインを残しながらしっかりと鍛え上げられた肉体は、彼女が優秀な戦士であり、歩く速度のわりに静かな足音は、一定以上の力量を持つ斥候である事を表していた。
「一通り見てたけど、登録したばかりでこれから宿なんだろ?いい所知ってるから紹介しようかぃ?」
「……どうする?皆」
陣が振り返り仲間たちに意見を求める。
「俺はいいと思うぜ?知ってるやつの案内ならありがたい」
「アタシもいいよ?」
「……俺は」
「あら、人の好意は素直に受け取っておくもんだぜ?おにーさん」
渋い顔で何か言おうとしたグルスの言葉は、女性によって遮られた。
「ともあれ、決まりだ」
「……ったく、俺もいいぜ、ジン」
「えぇ、よろしくお願いします、俺は陣……えぇと…?」
そういや、言ってなかったね、と女性は豪快に笑う。
「あたしゃネイラ、この辺りじゃちょいと名前の売れてる、お節介やきさ」
「……なーにがちょいとだ」
ぼそりと呟いたグルスの言葉は、幸か不幸か彼女には聞こえなかったようだ。
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「へぇ、それじゃあお前さん方は帝国のほうから来たのかい」
ネイラの案内で宿へと向かいながら、道すがらの雑談をする。
「えぇ、ここから鉄工街まで向かおうかと」
「あぁ……鉄工街かぃ……」
少し歯切れの悪い言葉に、ネレッドが表情を変える。
「なんか変な噂でもあるのか?」
「あぁ、あんまり出回ってる噂でもないが……最近、鉄工街と近くのエルンの里がピリピリしてるらしいぜ?」
話題程度で、詳しい事は知らないけどね、とネイラが苦笑する。
「まぁ詳しいことが知りたきゃ、後で教えるよ、それより、ドゥビットのお嬢ちゃん、フロは好きかい?」
「そりゃ、女の子ですから?」
「……ノーリが女の子?…ぷっ……くくっ……!」
「あぁっと斧が滑ったぁっ!」
ずん。
「……そーいうトコが、原因、だろー……が…」
迂闊に笑い出した結果、地面にめり込んだネレッドを陣が引っ張りだす間、ネイラとノーリは風呂談議に花を咲かせる。
「あっはっは!なんかおもしれー連中仲間にしたな、グルス!」
「……やっぱ居やがったかよ、クソ親父」
こらえ切れない爆笑と一緒に出てきたのは、長い金髪をたなびかせて、チェイン&プレートと大盾で身を固めた戦士。
「親父って……グルスのオヤジさん?」
陣の質問には答えず、グルスはずかずかと彼の前に進むと……
「こんな時間に執務ほったらかして何やってんだバカ親父!あとお袋も!慣れてねー奴等だまくらかして城に誘い込んで驚かせるのやめろっつたろ!!」
我慢しきれん、とばかりに怒りをぶちまけた。
「なーに言ってんだい、驚かせちゃいるけど取って食いやしないよ」
「そーだそーだ、こーいうのが数少ない楽しみなんだから邪魔すんじゃねぇよ愚息」
「あんたらがそんなだから近衛やら警備の連中がいらん気苦労増えるんだろうが!吐け!今度はどっから抜け出てきやがった!!」
街中で唐突に始まる仮定ロイヤルファミリーの壮絶な親子喧嘩。
数分もしないうちに、騒ぎを聞きつけた衛兵や近衛の皆様の手によって、王と王妃は捕獲され、陣達も一緒に城に担ぎ込まれる事になった。
外敵からの防衛システムもなにもあったもんではない。
「すまん……親父とお袋、10年以上前からあのノリ変わってねーんだ」
「……いやグルスが王子様だってのも驚きだけど、まぁインパクトは薄れるよ」
はぁ、とため息をつくグルスと、苦笑する陣。
一行は、スカイゴールド城へと入っていく。
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「まぁ、よく来てくれた……俺ぁ……いや、私はカイ、このスカイゴールドの主でジルコニア大鉱山の代表をしている」
所々ボロをだしまくりながら、グルスの父、カイはなんとか陣達に外向きの挨拶を終える。
「……てかよー、いいだろ?別に肩ひじ張る必要のある相手な訳でなし、息子のダチだろーがよ」
「お前の立場という物をよく考えろアホ、次やったら玉座に縛り付けるからな」
「カイラス、あんたの固いところも相変わらずそーとーだね、男なんて固いのはナニだけでじゅうb」
「言わせねぇよ!?」
王と王妃の後ろで監視する宮廷魔術師のツッコミが響き渡った。
この王と王妃、宮廷魔術師は元々同じパーティの冒険者だったという。低いながらも王位継承権のあったカイに惚れ込んで付いてきたネイラ、カイの幼馴染で元々研究者肌の魔術師だったのが、ほかに魔術を使える知り合いが居ないから、という理由で冒険に狩り出され、なんだかんだあって宮廷魔術師まで上り詰めてしまったカイラス。
三人での冒険譚を懐かしそうに語る夫婦に、二人の親友たる宮廷魔術師が適時ツッコミを入れている。
「カイラス叔父さん……俺がガキの頃からツッコミで苦労してたからなぁ」
どこか懐かしそうに、それを見ながらグルスが呟いた。
「んで、だ……グルス、お前にやってもらいてぇ事があんだが……」
「ギルドに依頼出せ」
「正しい意見です、グルス王子」
「カイラス、それじゃまずいのはお前も知ってるだろ」
冷静な、王としての言葉に、カイラスは「出過ぎたことを申しました」と下がる。
「……事は本気でまずい、ジルコニア大鉱山の事は聞いてるな?」
「噂程度はな」
「あんた相手に取り繕っても仕方ないからいうけど、マリアが行方知れずになった」
その瞬間、王と王妃、王子と宮廷魔術師の間で空気が凍った。
「おい、まじか?」
「あぁ、それも悪いことに……カイラス」
「は、これを」
カイラスが進み出て、大きな水晶にある画像を映し出す。
其処に現れたのは、両手足に枷を嵌められ、薄布一枚纏っただけで吊るされている少女の姿。
「……!」
ぎち……とグルスが強く拳を握る。
「この映像を送りつけてきたのは昨日の夜、要求は……」
「な事ぁどうでもいい、兵は動かせないんだな?」
グルスの低い声に、王は静かに頷く。
「ジン、ノーリ、ネレッド」
三人に向き直り、グルスは深く頭を下げる。
周りに居た従者の何人かが色めきだつが、カイラスが留める。
「囚われてるのは、俺の……幼馴染だ、たのむ……助けるのに、手を貸してほしい」
「何言ってんだ、グルスに何度助けて貰ったと思ってるんだ」
打てば響くように、陣が答える。
「グルス君の大事な人、なんだよね?助けるのにやぶさかじゃないよ」
ドン、と胸鎧の上から胸を手でたたいて、ノーリが言う。
「報酬は、ちゃんと出るんだろ?おーじ様」
にやにやと笑みを浮かべて、しかし真剣な目で、ネレッドが続ける。
「あぁ……!皆、ありがと……!?」
ありがとうと言おうとした時、グラグラと巨大な揺れが町を襲った。
「いやな揺れだな、以前噴火があった時を思い出す」
カイの言葉に、全員が顔を見合わせる。
「親父、すぐに出る」
「あぁ、頼む、必要なものがあったらなんでも持っていけ」
かくして、陣達は深い廃坑へと足を踏み入れた。
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