アニソトロ戦記
相生隆也
第1章
第1話
降る雨は重く、戦場で散っていった者の無念の如し。
雨に混じりて血は流れ、死ぬる亡骸を見下ろしたればこみ上げたるは哀しみにやあらん。もう年ごろ前のかの日を思い出したらむ。
去年起きた近年稀に見る神隠し、大量の行方不明者を出したあの事件から1ヶ月が経過した。事件は進展を見せず、あの日の朝俺にチョコを渡して学校に行った彼女は終ぞ帰ってくることはなかった。
インフルエンザなんかに罹らず、いつもどおりに一緒に学校に行けば…考えなかった日は無い。そう、今日も部屋にこもり後悔をしていた。
「彼女を取り戻せる、と言ったら?」
どこからか、声が響く。
「君が求める娘は今、とても悪い男に捕まっていてねぇ。」
「どこだ!彼女は今、どこにいるんだ!」
思わず叫んだ。
「ふふ、連れてってやるよ。その代わりあいつらを、あいつを絶対に殺せ。」
その言葉を聞いた瞬間自分の体は部屋には無かった。
「ここは…。」
辺りを見回しても何も見えない。そして、目の前が急に光ると、
「貴方が、勇者として、あの世界に行かれるのですね…。彼らを助けて、下さい。」
綺麗な女性が、辛そうな顔をして頭を下げた。その光景に唖然としていると、また、世界が変わって広場のような場所に来た。周りは人で埋め尽くされ、目の前には、司祭のような男が立っている。
「さぁ、皆さん。テュダ神からの勇者様が参られました。…勇者様、私はユダこの国の司教を任せられています。勇者様はまだ、右も左もわからないでしょう。私について来て下さい。国王の下へ向かいます。そこで、諸々の説明をしましょう。」
どうにも胡散臭い男だ。しかし、この男についていく他選択肢がない。城に向かい歩いていく。その途中でもユダと言った男は話しかけてきた。
「勇者様はなぜ、この世界に呼ばれたと思いますか?」
「国王の下で説明するんじゃ無かったのか?」
「予備知識くらいは必要でしょう。ある程度でも、大まかな事は伝えた方が事は円滑に進むものです。」
「それで、俺が呼ばれた理由か…即座に考えられるのは、3つだ。」
俺は、指を降りながら説明していく。
「1つ、この世界或いは、この国が対処できない何かが侵攻している。2つ、この国が他国を攻めるために、より強い力が必要だった。3つ、異世界の者を呼び、その知識を糧にする。挙げては見たが、3つ目はまずないだろうな。」
「ほう、それはまた、なぜそうお考えになるのです?」
「呼ばれた勇者が住んでいた世界が、この世界よりも技術やら知恵やらが発展した世界とは限らないだろうし、俺が呼ばれた時の国民の喜びようを鑑みるに、あの場で呼んだのは危機から逃れる為の国民の希望である勇者をプロパガンダに国民を安心させる為…。」
実際には、それ以外の選択肢もあったのだろうが生憎、俺には思いつかなかった。
「いやはや、勇者様はご彗眼がございますね。勇者様の仰る通りこの世界及びこの国では、魔族の侵攻が危惧されているのです。魔族は、魔物を操り、魔法に長け、寿命が長く、知識が豊富で、魔導兵器なるもので攻撃するようで、既に隣国が落とされました。」
そういうとユダは、如何にもな悲しそうな顔をした。胡散臭さと警戒心が増す。それにしても魔族に魔法か。やはりというか、この世界はファンタスティックである。そして魔族が、あからさまな悪事を働く。ふむ、ん?
「司教、魔族のルーツはなんだ?」
「ユダで十分でございます。そこを気になりますか、あなたの聡明さには脱帽ものですよ。彼ら魔族は突然変異ですよ。ゴブリンやオークなどの人型の魔物が、突然変異をし魔族になったと考えられています。」
違和感がある。実際にゴブリンもオークも見てはいないが、絶対に嘘だ。だが、聞いてもはぐらかされてこちらの立場が悪くなるだけか。
「そうか、突然変異を起こし強大な力を手に入れ、知恵をつけ人を襲うと。大変な騒ぎだな。」
大きな扉の前に着いた。ここに国王がいるのだろう。
「えぇ、なので勇者様のお力が必要なのです。この先に、国王陛下がいらっしゃいます。陛下から詳しい説明があるでしょう。」
そう言い切るとユダは扉を開けた。
そこは、シャンデリアの光が反射する眩しい部屋だった。一段高くなったところにある玉座と思われる場所に一人の男が座っている。ユダは、その男に耳打ちをし斜め後ろに立った。俺の足は自然とその男の前に向かった。俺が止まるのを待ったのか、男が口を開いた。
「ふむ、貴様が呼ばれた勇者か。私はこの国の国王であるルガルベリである。貴様の名はなんという?」
ルガルベリ王か。この国はまだ信用ならないな。
「俺の名は、ダニエル。ダニエル・ヘプバーン。ダニエルでもヘプバーンでも好きな方でお呼び下さい。」
「ではダニエルよ、ユダから聞いたとは思うが、魔族の侵攻が予測される為貴様は呼ばれた。何か質問はあるか?」
「なら陛下、お言葉に甘えご質問させてください。なぜ、俺が呼ばれたのでしょう?俺は争いごとに強くなく戦い方も知りません。」
「良い。もともとお前出なくても良かったのだ。呼んだらお前が現れた。それだけだ。そして、異世界の住人は、何かとこちらに比べ才能に恵まれると聞くからな。」
成る程、こいつの思惑とあの声の主の思惑が重なり、俺がここにいるのか。
「では、失礼ながらもう一つ。俺は今後、どのようにすれば良いのですか?」
「そうだな。ある程度は、城で鍛えさせよう。そして、一人部下をつけ旅に出て貰う。魔族を滅ぼす旅にな。」
そして、俺は城で鍛えさせられ、知識を得、王直属の部下であるスパルタクトと共に旅に出ることになった。その出立は静かで素早いものであった。
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