第35話 第三十三章

「大丈夫だ。ルフィア女王。私はポテンシャルがレベル7はある。仕留めて見せる」

 デランジェに突き付けた剣は、身動きするたびに動脈に近づける。

 砕けては舞う氷を纏って死ね。

 何ら難しい事ではない。

 人殺しとしてのみ、生きて来た。

 こんなもので恐れるのか。弱い。魔法都市は弱い。

 絶対の防御さえ恐れから来たものか。

「まだレベル4よ? 夜の森に行ける状態じゃないわ」

「セフィ、気遣いは要らない。――デランジェ、我が前にその汚い面を晒したことを永遠に冥府で恥じよ」

 唇が動けば斬る。指が動けば斬る。

 何もしなくても、斬る。

「私はこの街が気に入ってさえいた。お前が来るまではな。蓋を開けてみれば同じだったか」

 デランジェは答えようとする。だが動けない。

「死ね。擾乱を愛する者。お前の首は私の失望そのもの、だ」

 首を斬り飛ばした。目を見開いたままごろごろと床を転がる。蹴った。

 息を呑む音だけは聞こえた。

「罪人は森に飛ばして貰う。ルフィア女王。よろしいか」


「罪人には森に行く特別許可が必要ね。帯剣していることの意味を貴女は分かっているの?」

「殺せる、ということだ。他に意味はない」

 剣は何の為にあるか? 武器は何の為にあるか? 殺す為だ。

「生きる為よ。あなたは帝国流ね。いいわ。飛びなさい。このルフィア、あえて過ちを冒します」

 血塗れの床の上で足を止めた。

「さあ、飛んで。当然、自分の力で。次元の向こうに」

 レクシアの肩を叩いた。

 まだルフィアの声には迷いが有った。

「……助力を頼んだのが間違いだった。感謝する。ルフィア女王」

 レクシアは微笑して見せる。ルフィアは間違ってはいないと。

「それじゃ、レクシアさんが死んじゃわない?」

 前に出たレニアに剣が一閃する。

「お前とは一生理解しあえそうもないな」

 顔から胸まで切り裂いた。

「会いたいから行く。お前の許可など求めていない」

 流れ出る血が手を汚す。

「とっとと自分を治療しろ。死ぬぞ」

 剣を収めた。

「お前は私の死すら望んだ。レニア。私はただの高等魔術師ではない」

 白い軌跡はまだ空中で輝いていた。レニアから噴き出た血が白を汚す。

 髪に伝う。白を赤く染めた。

「私もまた、お前が望んだ通りの化け物だ。いや、それ以上だ。それだけは感謝する」

 レクシアが消えた。

 森へ飛んだ事は誰でも分かっている。

 セフィが沈黙を破る。

「降格は覚悟の上です。行きます」

 姿が捻じれ消える。

「わ、私も」

 治療を終えたレニアが飛んだ。

「仕方ないわね。ここに一人で居ろって方が無理よ」

 ルフィアが微笑した。きん、と音が響いた後は、地下室にはもう誰も居ない。


 視界が真っ赤に染まっていた。

 飢え以外の何も感じない。

 魔物。

 こうも不自由なものか。

 イートスは眼前の一行をどう受け止めていいかさえ判断が付かない。

 レクシア。レニア。セフィ。女王。

 殺気だけは感じ取れる。

 感情だけは喰える。

 甘美だった。もっと殺気を出せ。

「問う。最後とは何だ。イートス」

 レクシアの声か。いつの間にか声が自由になっている。呪いか。魔の法則か。

「もうお前に教える事は何一つない。教えてくれ」

 懐かしさ。最上の喜び。

 笑顔が浮かべられるのならば笑っていた。

 泣けるのならば泣いていた。

 教えてくれ。俺の最後を。

「快楽を喰わせて貰おうか! レクシア」

 邪魔をするように魔物が勝手に叫ぶ。

 イートスという男はもう死んだか。

 ここに居るのはただの魔物だ。

 レクシアに会えた、それだけで絶命した。

「そうは行かないわよ。まだイートスの欠片は残っている。たかが呪いの束が。このルフィアの前で大恥をかくといいわ」

「貴様に用などないわ」

 魔物が吠えた。

「こっちは用があるのよ。こんな森で終わるイートスだとは思っていないの。これからよ。役立って貰うのは」

「二人にしてもらう。皆、目を開いていてもいいが見たことを忘れろ」

 レクシアが前に出る。

「快楽? 喰いたければ喰え。飽きるほど喰え」

 魔装は付けたままだがどうせ全裸に近い。

 胸の下の蝶が夜の闇に赤く毒々しく光る。快楽の印。

 どうせなら快楽を百倍にでも千倍にでもしてやる。

 ほら、夜を破るほどに光っているだろう。これが快楽の限界というものだ。

「イートス! 私の味を覚えておけ」

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