第31話 第三十章

 一階に集まっていた。朝食は摂った。

 いつにも増して綺麗に片付いたテーブル。

 今日はレクシアの全治の祝いでもある。

――「皆、大いに饗宴を楽しむように。じゃ」

 と言って女王――ルフィアは飲みに行ってしまったが。

 金貨10枚は持っていったから今頃大宴会だろう。

「ワインなら幾らでもあるのよ」

 セフィも上機嫌だった。

 徹夜を繰り返しただろう。

 昨日は良く眠ったと聞いた。

「朝から飲みましょうか」

 ふふ、と笑って、レクシアがイートスのグラスにワインを注ぐ。

「辛かったのはレクシアだろう。楽にしてくれ」

「私こそ冒険の足止めをしてしまって。申し訳ありません」

 もう何ともない、と言いたいのか、

「行儀は悪いですが」

 とオリーブを三つ、片手で放るとフォークで突いた。

 見えないほどの速度だった。

「五つでやって見ましょうか?」

 口をもぐもぐさせてレクシアが言う。

「そんなに刺さらないだろ。治ったのは分かった」

「全て我が責任。死をもってしても償えない」

 フィーナも一緒だった。俯いたままだ。

 余計な機能のおかげでかなり消耗していた。

 尋問をしたイートスにも責任はあるが。

 大半はレニアのせいだ。

 一晩中快楽攻めをした償いは重いぞ。

「五発は殴るぞレニア」

「えー。じゃ今」

 青い髪がイートスに触れる。真横に座っていた。

「食事中だ。フィーナ、食欲はあるか?」

 フィーナには少しでも回復して欲しい。

 人質と言っても連れ歩く程度しか考えていない。

「ねえ、私はもう治ったのよ。気にしないで」

 レクシアがフィーナのグラスにもワインを注ぐ。

「……光栄です」

「固いのね。捕虜って言っても一時的なことよ?」

 森で隠遁せずとも暮らせる。そう伝えたかった。

 同行はせずとも暮らせる場所はどうにかなる。

 ここでだっていいのだ。

 急にフィーナが背をびくりと震わせる。

 喉に何か詰まらせたかと思ったが、目つきが違う。

 見えないものに引かれたように立ち上がる。

「今日は何人が戻れると思う」

 突然、しわがれた声でフィーナが語る。

 少なからず驚いたが、レニアの悪戯かもしれない。

「まだ仕掛けが残っているのか? レニア。だったら許さない。吊るす」

「全部切りましたよ。これ地声です!」

 そんなわけがない。

 レニアを殴ろうとした。が、声が続く。

「儂は帰還者はゼロだと思うぞ」

 意志のない目でフィーナが続ける。

「憑依? かな」

 レニアが頭を覗くときの集中した顔になる。

「これからは誰一人、森からは戻れん。お嬢ちゃん、最も心の弱った者の声を借りただけじゃ」

「誰だ。答えろ」

「森そのもの。王と呼ぶのなら呼べ。同時に眷属であり同時に森そのものだ。……儂に命令するとこうなる」

 異音が響いた。

 フィーナの右腕が折れていた。肘から先が異常な角度に曲がっている。

 意志は残っているのだろう。フィーナの瞳に涙が浮かんだ。

 二日尋問して分かっている。

 フィーナは自分達を守っているだけだ。

 敵視するほどの悪意はない。

 許さない。その思いが勝った。

「儂に刃を向ける気があるか? ならば一人ずつこうなる覚悟を持て。いや、心臓を潰してやるわ」

 自分の腕くらいならば何でもないが。

 誰もが標的だ。背筋に冷たいものが伝う。

 森そのものであれば人の魔力を簡単に凌駕するだろう。

 セフィが言っていた悪意。

「そんなこと勝手に、」

「黙れ」

 レニアの口を手で塞いだ。

「非礼をお詫びします。どうか怒りをお鎮め下さい」

 形だけでも礼を尽くすしかない。

 どうする。憑依を外せばいいのか?

「……よろしい。森そのものと戦うと言ってもやり場があるまい。そこで儂から案がある。最強の者を三種用意する。期限は三日。全て打ち倒せば儂は静観しよう」

「どこに行けばよろしいでしょうか」

 怒りは抑えて聞く。

「お前らの地図で中央広場と書いた場所だ」

 居丈高な声には虫唾が走るが、今は聞くしかない。

 調子に乗せれば余計な事を喋る可能性もある。

「打ち倒せばいいのですね?」

 芝居は続ける。

「出来なければ森は地獄となる。お前たちも無事では済まないと思え。ここは災いの地となる」

『待ちなさいっ!』

 頭に声が響く。

 女王の声だった。

『勝手に交渉しては駄目。私が出ます』

「お出ましか。【最強】。待っておったぞ」

 白銀の髪。女王が部屋の真ん中に昂然と立っていた。

 酒場から戻ったのだ。

「その子に危害を加えれば山ごと爆破する。焦土しか残らないと思いなさい」

 フィーナを指差して言った。

「相変わらずだな。ならば山を閉ざす。何人が夜を越えられるかな?」

「下らない事を考えるのに貴様は何千年かけた。ならばお前の魔力全てを吸い取る。お前への加護も全て反故だ。ただの岩山に成り下がれ。で、よろしくて?」

「冒険者は全て殺す。お前と言えども間に合うまい」

 女王に気圧されているのは声で分かった。格が違う。

「ご自由に。出来るものなら。鈍重な山が私に敵うとでも思っているようね」

「次はその女の心臓を潰す」

「ならばいますぐ爆破して差し上げましょうか。何がしたいの? 最後に願いくらいは聞いてあげるわよ。弱いものに当たるのはやめて頂戴」

「……お前には太刀打ちできんな」

 自嘲したような声だった。

「だが全力を使わせて貰おう。虫けらに最後に何ができるか見ておけ」

 頭を殴られたような衝撃。

 魔物が覚醒する。

「森の気配が消えた? おかしいわね」

 女王の声が遠く聞こえる。

「あ、ア……」言葉が出ない。自分の声が獣の咆哮に変わっていく。

「イートスさん?」

 魔法の知識が雪崩となって流れ込んで来る。

 頭が弾け飛びそうだった。

「『転送』」

 詠唱だけは自分の声だった。

 この場から逃げる。森へ行く。それしか考えていなかった。

 森に飛んでいた。

 もう一つ。

 一人でも多く虐殺すること。

 赤く染まり、血に飢えた目で森を見渡す。

 餌ばかりだ。

 懸命に抵抗する。だが黒に塗り潰され消えていく。

 俺は――誰だ。

 魔物だ。

 飢えしか感じない。

「喰らわせて貰うぞ。人間ども」

 人と魔の混じった声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る