第19話 第十九章
馬車から降りた。
レクシアの容態も気絶したままでどれだけの深手かは知れない。
「? ん? 敵の援軍か?」
宿舎と道を挟んで隣、広い平地に馬車が押し寄せたように停まっていた。
思わず剣を構えていた。
「……目ざとい商人達ですよ」
セフィが説明する。
「そろそろ初級の冒険者ならあの森で狩りができますからね。いい場所を求めて会議所と交渉したんでしょう」
「気の早い事だな」
「魔力を駆使して徹夜の覚悟みたいですね」
雇われ魔術師らしい者が酒場らしいものを見る間に建てていく。
場所を巡って怒鳴り合う者。
規模は小さくても、いちはやく建物を仕上げて、既成事実としている者。
喧騒とは長らく遠ざかっていた。わずかの間だがレクシアの容態さえ忘れて派手な照明をつけた馬車と建物に目を奪われていた。
「……いや、さっそく施術を頼む」
「下準備はレニアにさせています。さすがにここの設備を全部知っているわけではありません。地下の祭壇を使うことになるでしょうね」
セフィがさらに語ったことはこうなる。
レクシアに突き刺さっているのは呪われた矢である。
同種の矢を造れるのは高等魔法に通じたエルフくらいしか思い当たる者はいない。
ゾンビや蜂の時と同じように警告の意味が強いだろうが、治療には全力で当たらなければ後遺症も残りかねない。
かと言って拙速に反撃に転じたり憎しみに囚われたりしては作戦に取り込まれる。
より有利な地形、数々の罠くらいは予想しておかなければならない。
「準備は出来たようです。では私は夜を徹して『施術』します」
セフィが気遣うように見る。
「どうか心配しないで。私はこういう時のために居るようなものですから」
ただし、全治には数日かかるだろう。
そう言い残してセフィは地下に降りた。
一人で自室に戻った。
迂闊だったという思いしかない。
以前は一度の攻撃で諦めた。
今度は二度三度と狙って来るだろう。そのくらいは読め。
「すまない。レクシア。守れなかった」
詫びても何の意味もないが。
落ち度は俺にある。
「何が城になる、だ」
迷惑かも知れないが壁を殴っていた。
部屋に静寂が戻る。
喧騒が窓から響く。
下手をすれば今後安眠など夢に成るのかも知れないとも思ったが、どんな喧騒とイビキの中であろうと眠れるようには訓練されている。
ドアがノックされた。
「えへ。ご主人様ぁ。レニアが慰めに参りましたよ」
甘い声だった。
帰れと蹴り出そうと思ったが、渋面に留めた。
「慰めはいらん。そんな気分じゃない」
レクシアの施術に立ち会いたいくらいだった。
邪魔なだけだろうし、裸体を見ることになるのかも知れなかったから避けているだけだ。
要するにレニアは不躾だ。そういうことだ。
「心配で眠れないんじゃないかと思ったんですよ? ほら理由がマトモでしょう? 今日は何でもやり放題だって思ったからじゃないですよ?」
「勝手にしろ。どうせ好き放題だと思ったんだろう」
ドアの施錠を開ける。
聞いてみたい事はあった。
ほんのわずか物思いに耽る間にも、窓外の景色は賑やかに変わっていく。
明日には小さな歓楽街でも出来そうだた。
もう一つは自分の改造がどんな未来を招くのか、だ。
光と闇に別れ、ともすればレクシアとの合一を解かれるばかりか邪魔をしかねない。
もっとも、レニアの思惑はそんなイートスの思いに応えるものではない。
「これで錬金術師としてのレニアは稼ぎ放題ですよ」
窓辺ではしゃぐように言う。
良かったな。
「数日は冒険に出られないと聞いた。レクシアが癒えるまでには時間がかかる。蓄えもあるだろうがせいぜい食い扶持を稼いでくれ」
「ご主人様を養って余りある金貨が見えますよ。レニアには。戦うよりずっと楽」
豊かな胸を見せつけるように胸を張った。
魅了されるとでも思ったか。
「誰もが錬金だかを学べるわけでもないだろう。とにかく良かったな」
いつ光と闇の話を切り出す? しばらくはレニアの好きにさせておく。
「主席卒業ですからね。魔法学校」
歌いそうな声だった。
それが何だ。
「お前とは出自が違う。勝手に自慢してくれ。ところで……」
「ああ、光と闇の魔法のことですか?」
ふふん、と得意そうにレニアが言う。
「頭を読むなと言っただろう!」
怒鳴りつける。
「まあまあ。ご主人様の悩みはレニアの悩みでもありますから」
腕を腰に当てて、得意げに脚を開いて立つ。
何でも来いと言わんばかりだ。
悪戯が過ぎるとは青い髪の中の頭には一片の思いもないだろう。
「……そうですね。レニアの悲恋計画によるとですね。お二人は、」
微笑混じりに楽しそうなレニア。
「何を計画してるんだよお前は」
次第に馴れ馴れしくなっているのはイートスも同じだった。
「悲劇は嫌いですか?」
「大嫌いだよ。もう散々味わった」
溜息しか出ない。
「ああ、過去に悲恋が三回もありますもんね」
「どこまで読んだ貴様ぁっ!」
首を刎ねてやろうか。
「斬首されると、さ、さすがに蘇りがほとんど無理ですねえ」
「今も読んでるなら本当に殺すぞ」
「……冗談ですよ」
何も冗談ではない。嫌がらせだ。
「まあ、悲恋計画によるとですねぇ、この後二回ほど、どん底まで落ちて頂いて、それから悲劇で終わるかハッピーエンドかはご主人様次第……」
ほぼ意識せずに大剣を首に突き付けていた。
「え、ええっと、冗談です」
つっ、と切っ先の突き付けられた首に汗が伝う。闘気は刃先に込めてある。
「平気で嘘を吐くな。……その筋書きは直せ。俺を改造して直せ」
「なるべく早めにそうしますホントです」
剣を収める。
「大好きなんですねえレクシアさんが」
呆れたように言う。
「お前に愚弄される筋合いはない」
「一途と言うか、ま、」
「次は首が離れるぞ」
「ご主人様の嗜虐趣味は嫌いじゃないですよ?」
「そういうのじゃないんだよ」
放っておけば一晩でも戯言を言いそうだった。
その時だった。窓外の爆音に、思わず立ち上がる。
「あーあ、魔法使いを酷使しちゃダメなのに。暴発ですね。これは雇い主の責任ですねー」
「ふん。詳しいな」
「急かしていいことは何にもありませんから。燃えちゃって凄い凄い。これは開発ラッシュになりますね」
この土地はこれからどうなるのか。
気に成らない訳ではない。レニアの話を聞いた。
「錬金術師だからねー。お金のことはぜーんぶ頼っていいんだよ?」
にやっと笑う。気味が悪い。怖気が立つ。
「斬り落とす前にその頭で何か意味のあることを喋っておけ。街はどうなるんだと尋ねた」
「もう三日もあればですね……」
肝心な質問はレクシアの回復についてだったが、どうせそこには辿り着かない。
レニアの得意そうな話だけを聞いておく。
液体燃料の灯りで赤く染まったレニアがベッドに座る。
話は単純だった。
三日以内に歓楽街と宿場、飲食店を兼ねた酒場が密集する。
食い詰めた冒険者が新天地を求めて殺到する。
それはそうだろう。
いくら広大な森でも必ず飽和はするのだから。
競争のない場所を求めるだろう。
目の色を変え空腹を干し肉だけで満たした、殺気だった冒険者の姿が想像できた。
ふと、傷病兵部隊に思いが及ぶ。
傷病があるというだけで力仕事の多い帝国では職につけず、身体を犠牲にしてでも応募し続ける志願兵。
帝国で官僚に上がるには生家の資金のみが物を言う。
古き名声などとっくに消え去った。人徳? 有った方がいいだろうが無い者こそが蹴落として上がる。
並の仕事、上級の仕事に就けなければ待っているのは絶え間ない内戦に参加するか、魔法都市と絶望的な戦いをするかの二択しかない。
食い詰めた冒険者と傷病兵が重なる。
「治安は乱れるだろうな」
「え? 冒険者は助け合うのがルールですよ? 掟。魔法都市は掟を守らないと」
得意げに語るが、友を後ろから斬った方が金になるのは魔法都市だろうが変わりはしないだろう。あるいは都市神というものへの信仰でも厚いのか。
帝国には宗教は存在しない。帝国が必要としない。それでも生まれては消えていくが。
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