短編集

第1話 口実ー彼女の駆け引き




「間違って買っちゃったからあげる」


 そう言ってノノキは、僕にアルミ缶を渡した。


「……ありがとう」


 それは、僕がいつも飲む飲み物だった。

思わず僕は、ビックリしながらも、彼女から飲み物を受け取った。


「間違ったって……どうして?」


 バス停のベンチに腰掛けながらそう聞く。


 僕たちは、学校帰りにバスを待っていた。


 この地域は、バスの本数が少ない。

多い時でも30分に1本。

少ない時は、2時間に1本だ。

しかも、終電がかなり早い。

そのことに嫌気がさす時があるけれど、それでも僕たちはこの町で過ごしている。


「ちょっと手元が狂っちゃったの」


 そっぽを向きながらノノキが答えた。


これ以上踏み込むと、睨まれそうになると僕は確信して、そうなんだと流した。


 彼女と話すようになったのは、班の発表がきっかけだった。


 授業の一環で、小学生の時の様に4人一組の班を作って、世界情勢について調べて発表する。そんな宿題が出た。

その時たまたま近くに居たのがノノキだった。


「一緒にやらねえ?」


 僕と僕の友達2人とノノキを誘った。


「いいよ」


 ノノキは素っ気なくそう答えた。


 そこから発表までの期間、喋ったことのなかった彼女を知るようになった。


「ノノキって、クールかと思っていたけれど、実は結構おっちょこちょいなんだな」


 そう僕の友達が、暫くしてからそう感想を本人に言うと、


「うっさい! 気にしてんのに」


と顔を赤らめながら、本人は恥ずかしそうに顔を横に向けた。


 僕はその時、初めてノノキが、普通の女子の様に思えた。


 それまでノノキという人間について知っていたのは、なんだか近寄りがたいということだけだった。


 いつも一人で居て、時たま誰か他の女子と話しているところも見たことはあったけれど、基本なんだかフラリと、一人で消えている子という印象を持っていた。


「ノノキ、その字はねえよ。男子かよ」


とわら半紙に発表内容を書いている時に、僕の友達が言った。


「うるさいなあー。読めるんだからいいでしょう?」


 彼女はそう言いながらも、一生懸命に書き続けた。


「お前なあー、女の子なんだから、ほれ、キタカゼさん見習ってあんな字書けよ」


とクラス一字が上手い女子を指差した。

 キタカゼさんは、小さい頃から書道を習っていたみたいで、今では師範代を目指して修行中だと聞いたことがある。

僕たちのような若い時から、もう将来のビジョンが見えているなんて、と僕は尊敬と驚きを持った。


「彼女は彼女でしょ。私とは関係ないよ」


 素っ気なく言うノノキの返答に、僕の友達は分かってないなあ~と首を横に振った。

これみよがしに大げさに、両掌を上に向けて。


 そんな二人の様子を見て、イライラが溜まっていたんだろう、


「そんなこと言うなら、あんたらが書きなさないよ! さぞかし綺麗な字なんでしょ?!」


と彼女は叫んで教室から出て行った。


 周りのクラスメイトは、大きな音が鳴ったドアと、バタバタとかけていく足音、大きな声に俺たちの方に目を向けた。


「今時マジで教室飛び出すとか……」


 友人は彼女の行動を見て、呆気に取られていた。


 僕はため息一つついて、


「お前らがあんまりにも煽るからだろ。……呼び戻してくるわ」


と彼女の後を追った。


 行き先の見当は大体ついていた。

それまで話す時に、ちょこちょこお気に入りの場所のことを話していたからだ。


 彼女は体育倉庫室の所に居た。

去年、体育委員をした際に、鍵が甘くなっているところを見つけたらしく、それからそこを隠れ家にしているとのことだった。

夕方になると、上の方の窓から入ってくる夕日が、丁度床に当たって、キラキラするんだと話してくれたことがあった。

なんで体育倉庫なんだよと僕は笑ったけれど、彼女はちょっと埃っぽいけれどそこの匂いが好きなの、とほほ笑んだ。

始めて見る彼女の笑顔だった。


「良かった。ここに居た」


 そう彼女を見つけて言うと、


「やっぱり君が来た」


と彼女も言った。


「分かってて出て行ったのかよ」


 彼女の隣に歩いて行って、そう言うと、


「あの二人が探しに来るとは思わなかったから。だって、ここのことを言ったのは、君だけなんだもの」


とポツリと彼女は零した。


「そう……だったの?」


 そんな真相に驚いたら、


「私が誰彼構わず、自分の隠れ家話すと思う?」


と彼女は僕をキッと睨んできた。


「キミだったらバカにしないだろうなと思って、話したんだよ」


 彼女にそんな風に思われていたとは思っていなかったから、


「それは……僕を買ってくれてありがとう」


と素直にお礼を言うと、


「でも、今日ので下がったかな?」


と彼女は笑った。

 僕はその顔を見て、もう彼女はそこまで怒っていないことを悟った。


「二人にもさちょっと言い過ぎだったよって言っておくから、戻ろう?」


と提案すると、


「流石に今戻れないから、キミ一人で戻って。私は次の授業から行くから」


と断られた。


「一人で戻った方が気まずくないか?」


と聞くと、


「キミと二人で戻った方が、もっと空気は気まずいよ」


と眉を下げて片方の口の端をあげて、困った様に彼女は答えた。



 僕は彼女の忠告通りに一人で教室に戻って、彼女は自分が言った通りに、次の授業の前に教室に帰ってきた。


 その時の教室内の空気は、高校生だからか、皆何事も無かったかのようにサラリと流された。

これが中学の時とかだったら、ワラワラと群がって質問攻めだっただろう。


 こういう時、僕たちも大人になったんだなあなんて感じてしまう。


 こんな態度を冷たいと感じるか、優しさだと感じるのか。

それによっても、物事の捉え方は人それぞれなんだろうなと僕は思っている。



 発表は無事に終わった。

彼女は出て行った後、僕の友人二人に対して、デコピンを1回ずつお見舞いした。

それでチャラにしてやるということらしかった。

デコピンを受けた友人は、これ以上ないほど悶えていた。

僕はそれを見て、彼女を極力怒らせることはしないでおこうと思った。



 そんな発表も終わって、彼女との接点が無くなったある日の放課後。

それが今だった。


「元気にしてた?」


 発表が終わってから、ノノキと話すことも無くなった。

元々そこまで親しかったわけじゃない。

ただ、朝会ったら挨拶を交わすくらいには親しくなった程度で。


「そっちこそ、元気だったの?」


 彼女も自分のジュースを開けて、飲みながらそう聞いてきた。


「まあまあかな」


 そう答える。


「ネモト君って、部活していないの?」


 そう彼女が聞いてきたから、


「高校はしていない。なんだか、そこまで思い入れるものが無かったし。そういうノノキは?」


と聞くと、


「私は同好会に入っているよ。今日は休みなだけで」


と意外な答えが返ってきた。


「え? そうだったの?! 何同好会?」


と僕が驚いた声をあげたところで、バスが到着した。


 あまりのタイミングの良さに、僕は少しだけ恨めしく思った。

それは彼女の家の方面のバスだった。


「じゃあね」


 そう言って彼女は乗り込んだ。



 それから、毎週火曜日と木曜日に、僕たちはバス停で数十分のお喋りを楽しんだ。

いつもいつも彼女が、僕の好きな飲み物を間違ってまた買ったと渡してくれて。


「悪いから払うよ」


 そう財布を出そうとしたら、


「……いいのよ。代わりに今度は、キミがお菓子でも買ってきてよ」


と言ったから、僕はそれからお菓子を持参するようになった。

 

 女子が好むお菓子なんて見当もつかなかったから、スマホで検索した。


「これ食べたことある?」

「懐かしいね。あるある」

「これってさあ、ここに入れたらもっと美味しいって知ってた?」

「じゃあ、これ知ってる?」

「知らなかったや」


 昔は入り浸った駄菓子の話題で持ちきりになった。


「遠足のおやつってさ、何百円だった?」

「200円か300円」

「それぐらいだよねえー。少なすぎると思わなかった?」

「交換したしなあー」

「交換したらすぐに無くなるじゃん」

「誰かはバライティパック買って、それで交換していた」

「頭いいー」

「僕もそう思ったら、次から皆それ真似してきた」

「それ、あんまり意味ないよ」

「被ったりしたしね」



 期末考査が近づく頃だった。


「もうそろそろ、テストだねえ」


 そう彼女が零したから、


「テスト勉強進んでいる?」


と聞くと、


「全然」


と笑って返された。

 この頃には、彼女の笑顔が増えてきた。


 何故かこの時間帯、僕たちの他に学生はめったにこなくて、ほとんどこのベンチは僕たちの貸し切り状態だった。

時たま、一年生とか他の同級生が一緒になることもあったけれど。


「今度さ、一緒に勉強しない?」


 少しだけドキドキしながらそう聞くと、


「ごめん」


と彼女に断られた。


「いや、人それぞれあるからさ」


 そう言って気にするなと伝えたけれど、それから彼女の顔は曇ったままだった。


 バスがやってきて、始めて彼女は何も言わずにバスに乗り込んだ。

僕はその時の彼女の心情が掴めなくて、頭の中が謎で満たされた。


 家に帰っても誰にどう相談していいのか分からなくて、少しだけモヤモヤが残ったままだった。


 そうこうしている内にテストが始まった。


 あれから彼女はバス停に現れなかった。


 僕の中のモヤモヤは残ったままだった。



「明日から夏休みだけどなー」


そう担任がいつもの挨拶で締めくくった終業式。


「おい、この後どっか寄っていくか?」


と友人に誘われたけれど、


「いや、今日は帰るわ。また連絡してくれ!」


と応えて僕はバス停に向かおうとして、体育倉庫に向かった。

 何故かそこに彼女が居るような気がしたからだ。


 ドキドキと早鐘のようになる音を恥ずかしく思いながら、扉を開けようとした。

すると扉はガッチリと閉まっていた。


「え? なんで?」


 思わず扉の前でそう声を出すと、


「直されたんだよ、知らなかったの?」


と彼女の声が後ろから聞こえた。


 振り向くと彼女が立っていた。


「人影が見えたから、来てみたら……」


と彼女は少し呆れたような声を出した。


 それに僕は、


「どうしてバス停に来なくなったんだよ。食べて欲しいお菓子とか溜まっているしさ」


と声を出した。


 それに対してノノキは、


「ごめん」


と一言呟いた。


「どうしても行けなくて」


 そう項垂れた彼女に僕は、空き缶を差し出した。


「間違って買ったんだ。飲んでくれない?」


 それは彼女がいつも飲んでいた桃ジュースだった。


「え?」


 驚く彼女の手に、僕は強引にジュースを握らせた。


「キミが来るかと思って、何度も買っちゃったんだよ。僕は飲めないからさ。飲んでくれたら助かるんだけれど」


 彼女を見ずにそっぽを向いてそう言うと、


「プッ」


と笑い声がした。


 見ると彼女は笑っていた。


「それ、私の真似事?」


と言ってジュースを指差して。


「そうだよ、何か文句あるかよ?」


と恥ずかしさを隠す為に、少しトゲのある言葉を言うと、


「私も間違えて買っちゃったんだ。飲んでくれる?」


と彼女は僕の好きなカフェオレを差し出した。


 僕はそれを見て、ニンマリと笑って、


「しょうがないなあ」


と彼女の手から受け取った。




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