例えばの話

灰咲勇兎

例えばの話だよ


例えば僕が動物とお話できたとする

でも僕は人とも上手く喋ることができていないでしょう

みんなの言葉の中に隠されたものが分からないし

みんなの表情が何を示しているのかも分からない

取ってつけたようなパターンの連鎖でその場をなんとかやり過ごしているから

動物ともうまく話せるのか自信がないよ

人は勝手にペットの方が自分の気持ちを分かってくれるなどと言っているけれど

僕には餌を欲しがっているようにしか見えないんだ

そしてその考えも人に伝えると変な目で見られてしまう

本当は人だって生物なのだから

餌にありつき生殖するために

同種である人と上手くやろうとしているのではないかな

僕はそれを他の動物に聞いてみたいけれど

まあこれは例えばの話だから

少なくとも今のところは不可能だよね


例えば僕が君を愛してしまったとする

僕は愛について考えるだろう

やはりこの想いはただの性愛なのだろうか

それとも何か別の……

上手く言えないのだけれど

性愛とは決定的に何かが違う論理があるのだろうか

そしてその論理を持ってほしいという我儘を

君に押し付けることになってしまうのだろうか

そのとき君は何を思うのだろう

何も思わないかな

思ってほしいと考えてしまうのも

我儘な生物としての本能の一部なのだろうか

まあこれは例えばの話だから

少なくとも今悩むことではないよね


例えば僕が一度だけ過去に戻れたとする

僕はどこに戻って何をするだろうか

ずうっと昔に戻って恐竜に会うのか

もっともっと遡って地球の生誕を見るのか

それとも小さい頃の僕と話してみるのか

それらのどれでもなく

過去に戻ることを選ばないこともできるね

果たしてどれを選んだら

僕にとって……

そして世界にとって有意義なのだろうか

どこに帰ろうとも無意義なのだろうか

パラドックスを起こすことは

やはり迷惑なのだろうか

まあこれは例えばの話だから

少なくとも考えることは無意義だよね


例えばの話は面白いものではないね

もしもの話は楽しいものではないね


しかし例えば

もしも……

もしも聞いてくれる人がいるのであれば


それは例えようがないほど

僕にとっては幸福なことだ

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例えばの話 灰咲勇兎 @haisaki_isato

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