第十八話 サクラ咲く地で③

渡瀬視点です******************************


「ありがとうございます。保護者の方と同席で結構ですので。」


「いえいえ、例年、県教委からは祝電をいただいてますが、

 わざわざこんな県境までお越しいただいたんです。

 どうぞ来賓席におかけください。ご紹介しますから。」


 昨日電話しておいたとは言え、急に入学式にお邪魔する形になっちゃったのに。迷惑そうな顔一つせず、教務主任の宮前先生は笑顔で答えてくれた。


 式場に入ると、既に古谷さんは保護者に交じって座っている。まるで新入生の祖父ですって顔で笑顔まで浮かべて。でも案外溶け込んでるかも。

 幻宗さんだけは後ろの壁際にじっと目を閉じて立っていた。


 そして入学式自体は五十分もせず終わった。


 幻宗さんが気にするような雰囲気の学校には思えなかったけど、なにか問題があるんじゃないかと探るため、私は他の来賓と一緒に校長室にお邪魔した。

 雨守クンがいない時じゃないと、自由に動けないしね。


 小さな村の唯一の高校だからなのかも知れないけど、来賓の中には地元の老人会代表の方々もいたのには少し驚いちゃった。でもそのお陰でちゃっかり古谷さんもその中に交って校長室に無事潜入。


 一緒に入って来た幻宗さんが私にウィンク(いつどこで覚えたんですかッ!)するから赤面しちゃった。でもすぐに私も何食わぬ顔で終始営業スマイル。


 学校長をはじめ同席の皆さん、それぞれに今までのこの学校の思い出や、入学生のことなどを笑顔で語り合って和やかな時間は過ぎた。

 私から見たら、この学校のどこに問題があるのか、はっきり言ってさっぱりわからなかったわ。学校長の様子からは、雨守クンを指名したのだって、噂を聞いてって感じじゃないんじゃないかと思えたし。


 これは学校で用意してくださったという宿舎に着いたら作戦会議ね。

 私は視察って名目で一日出張扱いで伝票通しちゃったけど、何日かかかるようなら、あとは年休とれればいいなぁ。


 お昼前には一度学校を出ようとタクシーを呼ぼうとした時、幻宗さんに止められた。


『途中、立ち寄ってもらいたい場所があるのじゃ。なに、すぐそこよ。』


 悠然と浮遊する幻宗さんについて桜並木のトンネルをくぐっていくと、通学路の中ほどの十字路を右に折れた先が開けていて、そこに公園があった。


 その正面にあるものに、私は息を飲んでしまった。


「この桜ッ! いったいなんなんですか?!」


 薄紅色の花が満開になったその桜の幹から、数え切れない大勢の人の白い顔が生え、それが一斉に私を見つめている!


「渡瀬課長、大丈夫ですか?」


 古谷さんの言葉に、なぜか落ち着いたまま頷く私。自分でも不思議だけど、恐怖は全然感じていなかったから。古谷さんはまた桜を見つめた。


「あの木が持つ霊力は尋常ではありません。

 人の霊を喰い集めたからのなのか……。

 私達には障ります。

 近づかずにおきましょう。」


 古谷さんは額に汗を滲ませている。

 この桜って、そんなに大変なものなの?

 だけど幻宗さんは何食わぬ顔で近づいていく。その背中を見つめながら、古谷さんが噛みしめる様にいう。


「兄者は帝の密命も受けた修験者ゆえ、心配ありませぬ。」


 すると幻宗さんは振り向きもせずに答えた。


『余計なことを申すな。

 語ればこの世の歴史が曲げて伝えられておることが、

 渡瀬殿に知られてしまうわ。』


「へ?」


『知らずとも良いこともあるのじゃ。渡瀬殿。』


 いきなりなんでよくわからなかったけど、幻宗さんが凄い人だったてことはピンときたわ。わけもわからず息も止めたまま幻宗さんを見つめる私。


 穏やかな表情のまま桜の近くまで進むと、幻宗さんは何やら静かに呟きながら右手を伸ばし、幹に浮かんだ顔の一つをまるでいたわるように優しく撫でた。

 するとその顔から順に眠るように、周りのすべての顔が目を閉じていく。


『真に酷い戦じゃったのう。

 だが既に敵も味方もないのじゃ。

 今少し、鎮まれよ。』


「知ってる人達の霊なんですね?」


 恐る恐る、幻宗さんに尋ねた。


『うむ。

 それにその後、この国の中だけでは済まなくなった戦で死んだ者、

 遠い異国で、恋焦がれたこの地を思うて死んだ者、

 それら全ての霊がこの木に宿っておる。』


「そんな、そんな長い間の大勢の人達の霊が……。」


『渡瀬殿も、桜には惹かれるであろう?

 それは自然の力じゃ。そしてこの桜は特にその力が強い。

 ここに招き、癒してくれておるのじゃ。

 転生する力も、成仏する力も尽き果てるまでに、無残に死んだ者達を。

 敵味方の分け隔てなくのう。』


「桜が、ですか?」


 幻宗さんは頷くと、静かに桜を見上げた。


『うむ。

 皆、永遠(とわ)の安らぎを求め、この木と同化したがため、

 人語は発せなくなっておるがな。

 だがこの桜も、歳をとりすぎた。』


 するとその言葉に反応したように、眠ったと思っていた顔達が一斉に目を開いた。

 風もないのに、桜の花がぶわっとさざめいた。

 皆、泣いているんだわ。


「流石は兄者。私にはそこまでわかりませなんだ。」


『うぬはこの地に来てすぐ、儂より先に死んだからのう。

 転生したのはうぬの魂がこの桜に取り込まれぬうちに、

 儂が輪廻の輪の中へ投げたからじゃ。

 そもそもうぬは生きた人間の腹を読むことに専念しておったではないか。

 昼、ここの人間達はどうだったのじゃ?』


 ああ、そうそう!

 それを古谷さんに聞こうと思ってたのよ。皆の「腹の内」を!


「実は……困り果てております。」


 古谷さんはじっと地面を見つめてた。


「え? 皆さん人が良さそうだったのに、腹の中は真っ黒だったんですか?」


 素っ頓狂な声を上げてしまった私に、古谷さんは思いつめたような目を私に向ける。


「いいえ、その逆ですよ。

 学校の先生方は、地域の方にとても感謝してます。

 高校生は反抗期にあるものですが、村の人達が我が子のように優しく、

 時に厳しく接して下さるので実に素直な子が多いとね。

 一方で村の人達は、この小さな村を活気づけてくれていると、

 若い高校生が集まるこの学校をとても大切に感じているのです。」


「だったら、雨守クンを呼ぶような問題はないんじゃないんですか?」


「ええ。そうです。

 ただ、誰も口にはしていませんでしたが、

 全員に共通の不安が感じ取れたんですよ。

 それは『本室』で進めていることですから、私達ではどうにもなりませんが。」


「『本室』って……まさか県教委が絡んでるんですか?」


 突然のことに、思わず大きな声を出してしまった。古谷さんは既に冷静になっていた。


「ええ。

 『県内高等学校再編計画』……少子高齢化の中、教育行政の合理化を図るために

 は、避けて通れない道だというのはご存知ですね?

 渡瀬課長。」


「今現在、多すぎる学校を減らし、一校当たりの体力をつけるための統廃合。

 それはつまり……。」


「はい。

 ここの皆さんが何よりも不安に感じているのは、

 いつか迎える『桜ケ丘高校の廃校』です。」


 私自身の眼で視て、耳で聴いて……。そして今また古谷さんが探ってくれた「腹の内」でも明らかなほど、この学校こそ、理想的な人間づくりができてるなって感じたのに。

 理想と現実のはざまに、県教委に関わる者として胸が痛くなる思いに襲われた。


 でも、そんな現実的な問題が雨守クンを呼んだというの? それは違うはず。だってそんな問題こそ、公にして県議会にもかけられてるんだもの。


 すると幻宗さんもどこか苦々しく、そして長く、息を吐いた。


『いつの世も、生きた人間には複雑な事情があるようじゃのう。

 そしていかなる自然の中に己が生きているのかすら、見誤ってしまう。』


「まだなにかあるんですか?」


 幻宗さんは私達が下りてきた校舎の、その奥に視線を移した。


『あの山には死霊がおる。』


「ええッ?!

 かつて、わが前世で消し去ったはずでは?

 私と渡瀬課長が気づかなかった死霊ともなれば……!」


 愕然とする古谷さんと対照的に、幻宗さんは落ち着いている。


『並みの霊能者では姿を捉えることも出来ぬ最悪最凶の死霊じゃ。

 うぬの後、儂が命を落とした折り、

 城主を操っておったあ奴らも滅ぼしたつもりであったが。

 生き延びた末裔がおったか。

 あ奴ら、さらに力をつけておる故、

 渡瀬殿だけでなく、うぬが気づかずとも無理はない。』


「そんなのが……え?

 奴らってことは、いっぱいいるんですか?」


 あまりにも突飛な話に、まだ私の頭はついていけてないわ。


『うむ。しかし解せぬ。

 何故(なにゆえ)あれほど大量に膨れ上がっておるのか。

 これまで何を餌にしてきたのか。』


「餌? 何を食べるんですか?」


『生きた人の魂じゃ。

 特に「負の心」の匂いに寄せられ、近づいて来おる。

 あの学び舎に集いし者達に「不安」が募っておるとなれば、危ういのう。

 されど、健やかなる心を持つ者ばかりなれば、容易には襲われぬはず。』


「だったら、この桜は関係ないんじゃないんですか?」


『関係はある。

 あ奴らをも、この桜は取り込んでしまうからのう。

 それで迂闊に下りては来ぬが、果たしてこの桜がいつまでもつか。

 この木に宿る霊達は言葉は失えど、それを恐れておる。

 さすれば皆、喰われてしまうからのう、あ奴らに。』


「兄者!!

 よしんば桜がこのまま無事残っても、

 あの学校が廃校になれば死霊どもの巣になりますぞ。」


『うむ。人の思念の残りし物も、あ奴らにとっては寝床となろう。』


「いずれにしても、死霊どもが山を下りれば……。」


『この村もやがて滅びる。』


 あまりにも恐ろしい二人のやり取りに、私のつぶやきはかき消されていた。


「あ、雨守クンが……そこに。」


 そうよ、公私混同って攻められてもかまわない。私はそれが心配でここに来たんだもの。


『案ずるな。渡瀬殿。』


 言葉は昨日と同じで優しいけれど、幻宗さんの目は、今日は笑っていなかった。


『これは儂の戦じゃ。』

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