帰り道

 二人の鞄が一杯になるまで買い込んだわしらはクマリンを後にした。


 ずいぶん遅くなってしまった。暗くなる前に付けばいいが。

 すこし速足で家への道を進む


「おい、チクバ!」


 突然、後ろをついてきていたアトルに呼び捨てにされ「こりゃっ」と叱る。


「大人を呼び捨てるもんじゃないよ」


 注意されたアトルは納得いかないのか口を尖らせた。



「ばあちゃんと呼んでいいぞ」


「ばあ…て、え、いや、それは…ちょっと」


 はげしく動揺するアトルをみて、いいかいアトルと言い聞かせる



「遠慮することはない、これから一緒に住む家族なんじゃ、これからはわしがアトルのばあちゃんだ」



「ほれ、呼んでみい」と催促すると「お嬢様」だの「チクバ様」だの往生際悪くいろいろ言っていたが


「わしの言うことが聞けんのかの」と圧力をかけると目を白黒させながら「ばあちゃん」と呼んでくれた。


「うんうん。良い響きじゃ」と機嫌よくしたわしを見て「……頭おかしいだろ」と肩を落としていた。




「そ、そんなことより、どこまで行く気だよ。結界の外にでてあぶねえだろう」


「けっかい?」


「結界だよ、結界。結界の外にでるとモンスターが襲ってくるから危ないって」


「もんすた?」


「モンスターだよ! 人を喰う獣だよ!」


「ああ、はいはい」


 鬼のことか。


 わしもよく子供に「悪い事したら鬼が食べに来るぞ」と脅していたの。

 ここら辺では日本の『鬼』にあたるのが『もんすた』なのじゃろう。


 アトルはそれを未だに信じているのじゃな。


「もんすた出たら、ばあちゃんが追い払ってやるから大丈夫だ」


「まじかよ」


「大船に乗った気でおったらええ、ばあちゃんに全部任せとき」と胸を叩いてみせる


 それでも不安そうに辺りを見渡すアトルは、なんと純粋でかわいいのじゃろうか


 思わず頭をナデナデすると嫌がられた。




 行きのように途中で車に乗せてもらえたらよかったが、あいにく一台も通らなかった。


「今の時間帯に隣町へ移動しようとするもの好きはいねえよ」


「そんな怖いもの知らずはばあちゃんくらいだよ」と諦めの混じった涙声でいわれた。

 顔を真っ青にしながらしきりに周りを警戒している。


「喰われる絶対喰われる…今のうちに逃げるか……いや、でもそれだとコイツが喰われるし…くそっ…なんでこんなことに……本当に大丈夫なのかよ……」


 そんなに怖がらんでもええじゃろうに……



 山へと登る別れ道に差し掛かった頃にはすでに太陽が沈みかけていた。


「こっちじゃ」と森の中に続く道に入る。

 アトルは「勘弁してくれよ」と肩を落とした。ずいぶん疲れているようだ


 ここまで結構歩いたので一休みさせてあげたいが、明るいうちに少しでも近づいておくべきと判断し無休憩にした。

「あと少しじゃ頑張れ」と疲れの見えるアトルに声をかけた。


 行きは緩い下り坂で特に苦も感じなかったが、帰りは緩く長い登り坂となりかなりキツイ。


 これは筋肉痛になるじゃろうな。


 この歳になると筋肉痛がやってくるのは次の日ではなく明後日でもない。

 忘れたころにやってくる。


 そして延々続く


 よく考えてみれば今日は一日調子がよかったの


 ここ数年、膝や腰が痛い日が続いていたのに今日は稀にみる絶好調の日だったようだ。

 体がすこぶる軽い。日頃の体操や散歩の効果が表れてきたのかもしれない。


 木々に囲まれた坂道を進む。

 道は舗装はされていないが幅も広く藪草等は除かれていた。

 日はまだ完全には沈んではいないが木の陰になってほとんど真っ暗だ


 聞こえてくるのは、自分と後ろを歩くアトルの息遣いといろんな虫の声と木々がこすれる音



 その音に混ざって奇妙な音が聞こえた気がした。


 後ろの方から。


 獣が喉を鳴らすような音。


 後ろを歩いてたアトルが顔を強張らせてわしの隣まで駆けてきた。


 今上ってきた坂の下、薄闇の中赤い光が三つ浮かんでいた。

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