俺のポケットはいつも膨らんでいる
麦博
プロローグ 「騎士だって転生する」
『申し訳……ござい、ません……!』
そんな言葉を聞いた気がする。
五感に優れた彼女だ。声のよく通る城の廊下で、それも耳元で囁かれた言葉を聞き間違えるはずがない。1キロ先から近づく敵の足音でさえ聞き逃すことはないのだ。
……しかし、今回はどうも聞こえが悪い。鼓膜に届いたにしてもその言葉が頭に回ってくれない。
その理由は単純にして明解。少女の背後に立つ男。彼の持つ黒い剣が彼女の体を通し、生命活動に歯止めを利かせているのだ。
──貴公、なに、を……?
声に出てはいない。口から出るのは音ではなく熱い液体。それが紅い色をしていたのに気がついたのは、固い石造りの床に倒れたときだった。
鉄くさい臭いが体内に充満する。吐き気を催すほど不快な臭いは、それだけでも意識を遮断してしまいそう。
少女の糸はまもなく切れる。自慢の銀の鎧も貫通し、名剣とも謳われた白い剣も振るう余力がない。それほどその腹に負った傷は深く、致命的なものだった。
『騎士長……私は、必ずやあなたをお守りしてみせます……! 何があっても、私の、忠誠心、は……あなたに……!』
おかしな話だ。死にゆく者を守ると豪語する男がここにいる。刃を向けた相手に忠誠心を語る男がいる。
そしてここにも──、そんな男に微かに微笑みを残すおかしな少女がいた。
──分かった……貴公の行いが私への忠誠故であるものと信じよう
心の声を表情に浮かばせ、少女の意識は落ちていく。その傍らにいる男が静かに涙を流していたのか、叫びを上げながら慟哭していたのか。
「いたぞ! そっちからも囲め!」
廊下に響く第三者の声。いや、第四、第五、十、二十とその数は明らかに増えていく。
彼らが敵であることは、男に向けられた無数の剣を見れば明白だろう。一つとして殺意の矛先が誤ったものはない。
「誰か……」
震える声を上げ、助けを求める男。しかしその助けは自身に対しての救済とは違う。
「誰か……!」
「早く包囲しろ! 躊躇するな、すぐに斬り殺せ!」
「誰かっ! 誰かあの少女を──!」
ザシュッ
「────ん?」
どこかのとある少年はポケットに妙な違和感を覚えた。
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