Adagio

向日葵

Prologue








Adagio




ゆっくりとした美しい音楽に合わせて踊るバレエのこと













はじまりは親戚が行くことができなくなったから、ともらった2枚のチケット。


我が家は芸術には全く興味がなく、あるとすれば本やネットを見た母と姉がたまに趣味でお菓子をつくって、いい出来のものを「これは芸術だ」と言い張ることくらいだ。

父はボクシングと月一、二回に有給をとって行く釣りしか興味がなかったし、俺もあるのはゲームと同級生の友達と昼休みに遊ぶ最近クラスで流行りのカードゲームでどうしたら勝てるかとか、そんなことだけだった。


母の姉夫婦からチケットをもらった母はなんかの試合の観戦チケットだと言って、持たせてくれたタオルと麦茶の入った水筒が入った大きなバッグを持って、その日に暇だった父と俺が見に行くことになった。


父はジムに行きたいだの言っていたけど、スポーツ観戦なんて初めてだったし、実は少し楽しみだった。


会場は屋内だった。

なんか違う。スポーツ観戦じゃない、と気づいたときにはもう劇場の中で父と二人で肩を並べて座っていた。

バレエの公演。

父は隣でぶつくさ言っていた。


広いホールに続々と入ってくるたくさんの人。すぐに満員になった。

スポーツ観戦だと思っていた父と俺はTシャツにジーンズ、そして大きなバッグで、この空間にいるスーツやドレスを着た人たちから浮いていた。

すごい場所に来てしまったと思った。



開演ベルが鳴って幕が上がる。

優雅な音楽にきらびやかな世界。

高いジャンプに美しい回転スピン


途中で幕が下り休憩になったが父は全く目を覚まさなかった。

俺は今までにないほどの興奮を覚えた。よく言われている、直感でこれだと思っただとか、これしかないと思っただとか、そういうものではないが、このきらきらとした素晴らしく美しい世界の一部になりたい、この世界の中に入りたいと強く思った。



白鳥の湖。




俺は瞬きも呼吸も忘れて、バレエに魅入った。

ただただ、この現実ではないような夢の世界に魅入った。





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