家族の食卓(2009/10作)

「ねえ」三つ下の妹が僕に言った。「そんな気持ち悪いもの早く捨ててよ」

 僕たち家族は、夕食後の食卓を囲んでいた。食卓の中央には、レトルトカレーのような銀色の袋に閉じ込められた“そいつ”が置かれている。

「ほらまた動いた!」妹は顔をしかめながら叫んだ。

 母さんは溜め息をついて僕を見た。

「近頃どうも様子がおかしいと思ってたら、部屋にこんなもの隠して」

 父さんは一人黙ってお茶を啜っていた。

「ミキだってもうすぐ結婚するっていうのに」

 母さんは独り言みたいにつぶやきながら台所へ行った。

 妹のミキはテレビを点け、父さんは新聞を開いた。僕はやることがなかったので、正面の白い壁を眺めていた。

 すると妹がテレビを見ながら急に口を開いた。

「それって地球外生物かも」

「まさか」と僕。

 ずっと黙っていた父さんが新聞から顔を上げて僕に質問した。

「それ、名前は何というんだ?」

「名前なんてあるわけないさ」

「でも名前がなきゃ困るだろ」

 母さんが、むいた梨を皿に盛って台所から戻って来た。

「それ、保健所に持って行ったほうがいいんじゃないかしら。ねえ父さん?」

 父さんは新聞を閉じ、“そいつ”を眺めながら腕組みをした。

「そうだな。悪いが母さん、明日保健所へ電話しておいてくれないか」

 僕は白い壁を眺めるのに飽きたので天井を見上げた。

「ちょっと待ってよ」妹はテレビを消した。「その変な袋、今から開けてみない?」

 家族は一斉にお互いの顔を見た。まるで悪だくみでもするみたいに。

「それはだめだ」父さんはみんなから目をそらした。「名前も分からんような生物を裸で野に放してみろ! 地球の生態系を破壊しないとも限らんぞ!」

「だったらさ」妹はニヤつきながら頬杖をついた。「袋から出た瞬間に調理用のバーナーか何かで燃やしちゃえば?」

「とにかく」母さんは僕にハサミを手渡した。「ミキも結婚するんだから、変な問題はキレイさっぱり始末してちょうだい!」

 僕たち家族は食卓を立ち、みんなでゾロゾロと庭へ出た。

「いいかい?」僕はみんなの顔を見た。

 家族で庭に集まるなんて何年振りだろう。

「切るよ」


 その後、妹は結婚し、子供を産んで新しい家族をつくった。父さんは定年退職し、母さんと二人で穏やかに年金暮らしをしている。

 そして僕はというと、あの日、銀色の袋から出してやった“そいつ”と家を飛び出し、今も一緒に世界中を旅して回っている。“そいつ”にまだ名前はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る