物語の終わり(2015/03作)

「ねえ旦那、アタシのこと好き?」と、その小鳥は確かに言った。

 私は木陰に寝転んで何かを考えているつもりだったが、小鳥の言葉ですべてが消えてしまった。それは、ほんのささいな質問かもしれないし、場合によっては、この世を終わらせてしまうような質問かもしれないと思った。

「ねえ旦那、アタシのこと好き?」

「その質問に答える前に一つだけ約束して欲しいのだけど」と私は言いながら眠い体を起こした。「返答しだいで、この世界を終わらせるようなことだけは勘弁してくれないか」

 すると小鳥は地球の重力を利用して、木の枝から私の膝へ飛び移った。

「アタシ、世界を終わらせるためにこの質問をしてるの。だってアタシたちは出会ってしまったのだから、もう後ろには戻れないでしょ」

 私は大きく溜息をついたあと、そのわがままな小鳥を愛することにした。


 世界はその後も続いていったが、あれから数日後に《物語》が終了してしまった。

 中央政府から届いた手紙にはこう書いてあった。

「《物語》は終了してしまいましたが、世界は今までと何も変わることはありません。デマなどに惑わされないよう冷静な対処をお願いします」

 私には意味がよくわからなかったが、何も変わらないということを知って安心した。どうやったら小鳥を愛せるのか悩んでいたし、そのうえ世界のルールまで変更されたら、もうどうにもならないからだ。

 小鳥に手紙の内容を読んで聞かせていると、古い友人が家を訪ねてきた。彼は今、哲学者のアルバイトをしているのだという。

「お前もその手紙を読んだのか」と言って彼はソファに腰を下ろし、タバコに火を点けた。「しかしお前に小鳥を飼う趣味があったなんて知らなかったよ。肩に乗せたりして」

 別に飼っているわけではなくて愛しているんだと説明すると、哲学者の友人は鼻の穴からタバコの煙を吹かした。

「お前は愛することを選んだのか。俺はきっと絶望を選ぶことになるが、いずれどちらかを選ばなきゃならないんだ」

 彼が言っていることもまた、私にはよく理解できなかった。唐突すぎる出来事ばかりだ。

「明日世界が終わると想像してみろ。愛するか、絶望するか、どちらかを選ぶしかない。《物語》が終わるとはそういうことだ。」


 友人が帰ったあと、小鳥はタバコ臭い人は嫌いだと言った。

「でも何かを選べるということは、まだ希望があるということでしょ。あの人、ほんとうに哲学者かしら」

 なにしろ彼はアルバイトだからねと私が言うと、小鳥は小さく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る