夏の鐘(2009/08作)

 夏の鐘は春の鐘より軽く響く。しかし秋の鐘は、夏の鐘よりもっと軽いのだという。

「秋の鐘7号を下さい」と僕は金物屋の主人に言った。「一番響きの軽いやつを」

 主人は面倒臭そうな顔で在庫の棚をあさると、埃のかぶった箱を一つ取り出した。

「これ、10年前の鐘だよ」と主人は、箱に積もった埃をはらいながら言った。「近ごろ鐘を買う人なんて、ほとんどいないもんでね」

 そんなやり取りをしていると、一人の女が店にやってきた。

「夏のピストル32番を下さい」と女は主人に言った。「一番涼しげなものを」

 主人が再び棚をあさっている間、僕は女と話をした。

「僕もピストルを一つ持ってるよ。冬の45番をね」

「あたし冬は嫌い。春はもっと嫌いだけど、秋は好きでも嫌いでもないわ」

「君は夏派だね」

「ええそうよ。あなたは?」

「僕は好きな季節なんてないな。流行にもウトいし」

 金物屋の主人が、また古い箱を一つ持ってきた。

「これ、20年前のピストルだよ」と主人は言いながら、埃の多さに顔をしかめた。「春のスパナ909ってのが今どきの流行さ。あんたたちも一つどうだい?」


 僕と女は近くの海岸へ行った。

 僕は結局、秋の鐘をやめて夏の鐘を買った。

「急にね」と僕は海を見ながら言った。「不安になったんだ。秋の軽さが」

 女は海に向かってピストルを構えた。

「わかる気もする。秋って、どこか捉えどころがないのよ。ドーナツの穴みたいに」

 空は曇っていた。

 誰もいない海岸に、夏のピストルの銃声が響いた。

「ねえ知ってた?」と女は振り向いて言った。「ピストルって元々はね、人殺しとか銀行強盗の道具だったのよ」

「へえ、そうなんだ……。ところで“ギンコーゴートー”って何のことだい?」

「それは、知らないわ」


 女は海に向かって何発か銃声を鳴らすと、銃口からまだ煙の立つピストルを僕に渡した。

「あなたも撃ってみたら?」

 僕は、灰色の水平線を片目で睨みながら引金を引いた。すると銃声に驚いたカモメが上空を急旋回した。

「悪くないね」と僕は言ってまた引金を引いた。「一瞬だけ、世界が自分のものになったような気がする。それが夏だね」

 女は空に向かって腕を伸ばし、夏の鐘を高らかに鳴らした。誰もが長く待ちわびた瞬間を告げるように、何度も。

「これ、自殺にも使えるんじゃないかな?」

 僕はこめかみに銃口を当て、引金を引いた。


 すると色んなことがはっきりして、僕の中にいっぱい、夏があふれ出した。

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