第107話 ゴルトラ洞穴門の戦い2
少し時を遡る
ゴルトラ洞穴門
領都側出口付近――
直近の『砦門』情勢を知る者であれば、眼前にて展開される信じがたい出来事に目を疑ったに違いない。
廃止されたはずの大門の巨影が石砦にて復活を遂げ、あまつさえ、ゆっくりと洞穴の出入口を閉ざしてゆくその光景に。
洞穴内から見れば、まるで日が沈みゆくむように陽光の幕が引き払われ、代わりに暗夜の幕がすべてを覆いつくそうとする様は、“世界の終わり”を体現しているようですらある。
実際、この洞穴を是が非でも押し通りたい送迎団側からすれば、衝撃的で絶望的な光景であったには違いない。
少しづつ。
世界から、光が閉め出される――。
その終末劇に背を向けて、フードを目深にかぶるオーネストが、静かに問う。
「不満のようだな、ジエール?」
「――いえ」
そう一度は否定したものの、オーネストの前で片膝着く男は、やはり胸のつかえを吐き出さずにはいられなかったらしい。
恐縮して頬を強張らせながらも、思い切ったように胸の内を吐露する。
「正直、不安があります」
砦門復活を果たしてなお、彼の心を揺らすのは別のこと。
「無断で囚人を連れ出し、突撃隊を編制した身勝手さもそうですが……それ以上に、
「構わん」
男の老婆心をオーネストは切って捨てる。
すべて承知の上での采配だと、それは暗に告げていた。既存の策すらぶち壊しかねない団長補佐の奇行さえ、折り込み済みなのだと。
「ですが――」
「今や大門は閉ざされ、大勢は決したも同然だ。仮に連中の別働隊に襲撃されたとしても、揺らぎはしない。門外で何が起きようとも――」
情勢が覆ることはない。それほどに大門による洞穴封鎖はキメの一手なのだと。
ならばマルグス達の仕掛けは、ただの時間稼ぎにすぎなかったのか?
即座に思い浮かべる男の疑念を見透かしているかのようにオーネストは説き示す。
「あれらの役目はふたつある。ひとつは連中に、より多くの手札を使わせること。今ひとつはバルデアの力を封じること」
“あれら”の言葉に眉をひそめたジエールは、それよりも気になる台詞に注視する。それは戦いの流れを左右する重大事。
「力を封じる……そんなことが?」
「できる。そのために、“あるモノ”を行商人に用意させた。マルグスなら、うまく使うだろう」
オーネストの話しにジエールは無言になる。
要するに、マルグスを使い捨てにするということだ。そして恐らくは、ネイアス達さえも同様に。
同じ非情さでありながら、マルグスには“欲望”という赤裸々な原動力を感じるのに対し、オーネストにはそうした“人間らしい情念”が微塵も感じられはしない。
このモノは、やはり――。
人為らざる団長の蒼白き双瞳が、幾多の実戦で強固になったジエールの心臓を、その身をか弱き子羊のごとく萎縮させる。
「だが“押しの一手”は必要だ。お前には“例のモノ”を運んでもらう」
「……ハッ」
ジエールに拒否権はない。
膝着く姿勢のまま、さらに頭を深く垂れて従順を示し、力強く拝命する。それでも気にせずにはいられないことがある。
「その――中身をお聞きしても……?」
無視されると思われた問いの答えが、意外にもあっさり与えられた。
「フォルムの
「副団長殿の……」
「それよりも、荷扉を開けたらすぐに立ち去る命のみを気に留めろ」
せっかくの警告もジエールには届かない。
あの不気味な副団長のとっておき。
その事実に身震いするジエールは、ただただ、頷くのみ。
だがその様子をオーネストは別の意味に捉えたのだろう。
「……まあ、成否にそれほどの意味は無いが」
「は……?」
聞き捨てならない団長の呟きに、ジエールが怪訝な顔をする。
「これまでとってきたすべての策は、辺境伯の意向を実現させるためのもの。だが結局のところ、私が出向かねば洞穴門の決着は付けられまい」
「それでは――」
自分達の労苦は何なのか。
あるいはそれほどまでに“三剣士”の力とは別格なのか。
“何をやっても同じ”と聞こえる団長の言葉に、ジエールは驚き戸惑い、そして殺意にも似た憤慨を瞳の隅に一瞬ちらつかせ――すぐに気を取り直したようにゆっくりと息を吐き出した。
「……ひとつ確認させてください。この任務も成し遂げれば、私の“戦果”として認めていただけるのですよね?」
「当然だ」
団長の無機質な答えにジエールは安堵の表情を浮かべる。
団員にとって“戦果”の積み上げこそがすべて。
命を賭けるに値する行為になる。
その約束事が今なお健在だとするならば、団長が何をどう考え命じようとも、何も惑う必要はない。
しぶとく生き抜いて、“戦果”を得るだけだ。
「では、そろそろ参ります」
その場をあとにするジエールの足取りは、迷いなく力強かった。
*****
同じく
ゴルトラ洞穴門
中心近くのマルグス隊――
「よろしいのですか、隊長? あれでは味方を巻き込むかと」
騎馬の突撃第二陣を繰り出してすぐ、隊長補佐の常識的な疑義の声に、「何言ってやがる」とマルグスは逆に不審げな目で返した。
「連中だって馬鹿じゃねえ。二度目もハメるには、相応の“生き餌”が必要なんだよ」
「生き餌……ですか」
マルグスの不穏な口ぶりに、隊長補佐の目が鋭く細められる。
「辺境伯軍長のネイアス・エル・グァル――俺たちの勝利へ捧げるに、これ以上相応しい生き餌はねえだろ?」
「――確かに」
他の辺境軍には聞かせられない邪念を、諫めるどころか、隊長補佐は薄ら笑いを浮かべながら受け入れる。
「あの方は、何かと“隊長の火遊び”を糾弾していましたからね」
「別に、俺だけの話しじゃねえ」
心外そうにマルグス。
歪んだ嗜好に興じる幹部連を筆頭に、マルグスは団内の主立った面子の名を挙げ連ねてみせる。それら全員を公然と批難し、辺境伯に何度も綱紀粛正を訴えたのはネイアスとその取り巻き達だ。
「要するにあのオッサンは、『
だから
この状況も厭わぬ、狂気じみた上官の思考を隊長補佐は平然と聞き流し、それよりも気懸かりな点を指摘する。
「しかしネイアス隊に痛打を与えても、それが壁役となって、肝心のバルデア側を助けることになっては本末転倒じゃ……」
「その点にぬかりはねえ」
まるで山賊じみた悪顔で、マルグスは自信満々に根拠を示す。
「実は行商人と取引してな。あることを融通してやる代わりに、すんげー掘り出し物をもらえたのよ」
「取引……ですか」
隊長補佐が胡乱げに眉をひそめるのも当然だ。
わざわざ“掘り出し物”と云うほどの秘宝取引を成立させるような権力など、マルグスが持っているはずもないからだ。
団長補佐への昇進は急遽決まったばかりであり、それ以前はゾエル鉱山の警備長として山奥で隠遁暮らしをしていた程度。
どう考えたところで、マルグス自身に価値ある持ち合わせはない。なのに。
「コレさえあれば、バルデア自慢の小道具もただの玩具になる。そうなればヤツは、そこらにいる腕自慢と何も変わらねえ」
これみよがしに懐を叩くマルグスに、「そんなアイテムが?!」と隊長補佐は期待の声を挙げる。上官が根拠のないハッタリを口にしないことを知るために。
「秘具さえなければオレの絶対有利は動かねえ。サシの勝負に持ち込み、先手を採った時点で勝利が確定する。……まあ見てろよ」
「それが本当なら、あとは精霊剣の野郎を何とかすれば……」
「その点もな」
考慮済みだと笑みを浮かべるマルグス。
「そもそも俺が何のために、“場”を荒らしていると思う?」
「?」
唐突な質問に隊長補佐は面食らう。
“騎馬突撃”にしろ、他人の命を使い潰してでも敵に嫌がらせを行うのは、上官にとってはいつもの手段であり特別なことでもない。
だが、ここで無意味な話しをマルグスが持ち出すはずもない。ならば?
「騎馬の突撃も、ネイアス隊を犠牲にするのも、さらなる仕込みも、とち狂った
「や、別にそんなことは」
それ以外に何がある?!
内心どう思っていようとも、困惑顔で首を振る隊長補佐に、マルグスは厭らしい笑みを浮かべたまま顔を近づける。
「ヒントは
「は、何です?」
ささやくように、耳朶に生臭い息を吐きかけられて、顔をしかめる隊長補佐。そんな彼から顔を離したマルグスは、馬上で両手を広げて天井を仰ぐ。
「気にならねえか? 俺たちのご先祖様達が、なぜフィエンテ渓谷でなく、この見通しもつけられられねえ洞穴を“防衛拠点”としたのか。それに、ちょいと大げさだと思わねえか? ひとつでいいはずの砦門をわざわざ洞穴の両端に築く意味合いが。
実際、砦門の運営は貧乏辺境領にとってはえらい金食い虫だったらしいじゃねえか……廃止になった要因のひとつでもあったわけだ。
だから、絶対ヘンだとまでは云わねえが、けど、腑に落ちねえ感じがする。どうだ? この違和感。何かヘンじゃねえか?」
「……」
そうかもしれないが、それがどうしたというのが隊長補佐の本音だろう。事実、マルグスの意図を察しかねて、彼の困惑した表情は強まるばかりだ。
「繋がってるぜ、この話しはよ」
隊長補佐の疑念を汲むようにマルグスは云う。
「つまりだな。疑問を疑問として終わらせず、追求した結果――俺はもうひとつの“切り札”を手に入れたということさ」
実に芝居がかった、勿体ぶった言い回し。当然、隊長補佐も食いつかないわけにはいかない。
「その切り札で、精霊剣の野郎も……?」
「そうだ。ビッグネームも魔境士族も、みんなまとめて葬れる。ここを墓場にしてやるよ」
この上官は、いつも自信たっぷりに言い放つ。
そして本当に成果を挙げてきた。
内容的に、まだ試してもいない“切り札”のように聞こえるが、それでも期待感はある。当然、聞かされた隊長補佐の顔にもはや疑念の色はない。
あったとしても、マルグスはそれ以上の詳細を告げずに会話を打ち切ってしまうのだが。
「話しはここまでだ。二発目喰らった連中が、泡食ってるうちに挨拶しねえとな」
無論、ただの挨拶であるはずがない。
マルグス達が去って後に残されるのは、鋼鉄の馬車一台。
彼が
*****
現在
ゴルトラ洞穴門 中心部
送迎団とマルグス隊――
「そんじゃ、とっとと終わらせようか」
マルグスの言葉を合図に、洞穴の両側から複数の気配が湧き上がる。それは突撃の混乱に乗じてマルグスが忍ばせた包囲の網。
「しかもただの網じゃねえぜ」
マルグスの呟きをバルデア達が認識する余裕はなかったろう。
「グルァ!!」
「……っ」
唸り声を発して、尋常ならざるスピードで近接するのは獣の影。
猫背に腰蓑ひとつ、成人男子に倍する上半身の筋骨量。それを支える足腰も獣並みで、ひと蹴りで三メートルの距離を詰め、力任せに棍棒を振り回す。
それが速い――。
跳躍してから着地の瞬間まで――三、四回は攻撃を叩き込んで相手に反撃の間を与えず、その上、獣らしい変則的な動きで予測を覆す。
ガァアア!!
身を居竦ませる咆哮と空気を裂く爪撃にバルデア達は一方的に押し込まれる。その圧倒的攻勢にしかし、命令者であるマルグスは引き攣った笑みを浮かべた。
「……なんだあいつら。あの猛攻を凌いでやがる」
マルグスが独自に手配した戦力は、同盟を結んでいる獣人族『ズア・ルー』の兵員だ。それを完璧な奇襲で運用したにも関わらず、敵一人も斃せないのは異常な状況だ。
まさか、舐めてかかってるのか?
「おい、もっと気合い入れろっ。きっちり仕事しねえと、女はやらねえぞ?」
「グァルッ」
「グガァウ!」
マルグスの檄に「うるせぇ」と反抗的に吼えつつも獣闘士達の闘志が一段盛り上がる。そこへ、
「おまえこそ、注意が足りない」
「?!」
マルグスが視線を外した一瞬に、白髪の騎士が馬前に立っていた。しかも騎士とは思えぬ細腕が、馬の面貌に優しく添えられているのに気づき、マルグスの眉が寄る。だが次の瞬間。
「ヴルルゥ?!」
「うおっ」
突然、馬体が揺らいでマルグスは馬の首にしがみつく。信じがたいことに、バルデアの片腕一本で馬を押し下げさせられたのだ。
これも例の秘具の力か。
「ヴヒィッ」
「うぁっとと!」
未体験の恐るべきパワーに抵抗できずに押しやられ、混乱し怯えた馬が飛び跳ね、その勢いに耐えきれなかったマルグスが馬上から振り落とされる。
「くあっ」
ヘタに頭から落ちれば頸椎損傷、背中から落ちても重傷はまぬがれまい。マルグスの場合は途中まで手綱を握っていたのが、足から落ちる幸運をもたらした。
辛うじて片膝着く程度で済んだものの、すぐそばに湧き上がる騎士の気配。
「てめえ――」
「敬意を払え、ゴロツキ。
まさかそれが馬をどけさせた理由か。
マルグスの怒気を微風と受け流し、バルデアが今し方まで馬に踏み付けられていた老将を庇うように立っていた。その毅然たる姿を憎々しげに睨むかと思いきや、マルグスはにこやかに破顔する。
「――なんて、怒るかよ」
「?」
「おまえ、噂と違って甘ちゃんだな。おかげで手間ぁ省けたぜっ」
マルグスが内に秘めていた最も困難なミッションは、バルデアの懐に潜り込むこと。その目的を早々に果たした彼が懐から取り出したのは、筒状で細長い銀の魔具。それをカチリとひねって魔術を解放すれば、まばゆい光がバルデアの目を射抜く。
「くっ」
「よっと」
反射的に目を庇うバルデアに対し、はじめから目を瞑っていたマルグスは、冷静に手を伸ばすだけで銀魔具を相手の身に触れさせることができた。
殺意なく、むしろ無邪気ともとれる行為にバルデアも避けることなく行為を許してしまう。だがそれこそがマルグスの狙い。
「
「何を――」
マルグスの意図はすぐに判明する。
銀魔具の触れた箇所を中心に、銀色に輝く円と幾何学模様、それに神意文字を組み合わせた複雑な魔力陣が、急速に展開した。
さすがにバルデアの表情が引き締められ。
それは爆裂系か、炎熱攻撃か。
一撃猛打の秘術がこめられているのは必至だ。
「……?!」
しかし身構えるバルデアの予想を裏切り、数秒後には霞と消えゆく魔力陣を彼女は戸惑いの表情で見守るのみ。
激痛はおろか、心身の異常を少しも感じないためだ。
「魔術の第二階梯に『魔力の振動』てのがある。その効力は、対象の“魔力を操る力”を一時的に阻害すること――」
疑心を露わにするバルデアへ意味深に告げるマルグスが、馬に括り付けていた長鞘へと手を伸ばす。
「おまえに掛けた魔術はその上位版――対象の魔力を操作するだけじゃなく、身に帯びる
「!」
「ああ、信じられねえよな? しかもこの魔術――いまだ存在さえも疑わしい第四階梯をぶち抜いた、
伝説か、あるいはお伽噺の中にしかない秘術。
それを行使したのだと。
即ち、バルデアの代名詞たる秘具の力は封じられたのだと。
そうして満面の笑みを零さぬように顔を上向けながら、マルグスは長鞘からズルリと、奇怪な剣身を有する
もしかすると、今の戯れ言は得物を手にするための
その刃長は優に1.5メートル。
刃幅は最大0.3メートル。
幅広な剣身の大部分を網目状にすることで軽量化を実現したものか、マルグスは異形の大剣を片手で軽々と振り上げる。
「だからよ、試そうや。俺の愛馬を怯えさせた、おまえの怪力が――まだ健在かをっ」
「――!」
チャラついた態度とは裏腹に、マルグスの踏み込みは鋭く、斬撃は速かった。
それでもバルデアであれば見切れぬ剣ではない。
だから怪力を宿す腕で受けに行ったのは、秘具に対するバルデアの矜持といくばくかの好奇心が故であろうか。
それが“三剣士”に、片膝を着かせる結果を招くとは。
刃同士が噛み合った瞬間、力負けを感じたバルデアが、咄嗟にもう片腕を添えたのは、さすがの反応だ。
だが、そこまでだ。
想像を越える重い一撃に、刃を押し込まれたバルデアは、“三剣士”と謳われてから初めての――屈辱の土を付ける。
それは無情にも浮き彫りにされた男女の筋力差。
面貌に浮かぶ驚きと戸惑いが、マルグスの言葉を“真実”であったと認めていた。
「くはっ、本当に効いてるのかぁ? こりゃ思ったよりラクに“首”が獲れそうだな!」
息巻くマルグスにバルデアは表情を消す。
愉悦に浸るマルグスが、さらに力を込めたタイミングで、騎士剣の刃が斜めに反らされて。
「ぉ――」
刃身をすべらせ体勢を崩すマルグス。
逆に刃先をすべり上がらせながら、頸部を狙うバルデア。
確実にマルグスの首筋へ走っていた刃先が、まさかその手前で軌道を反らせて空を切るとは。
「――か?!」
「っとお、あぶねえあぶねえ」
突然よろけるバルデアを尻目に、ギリギリで命拾いしたマルグスが、横へ数歩退いてぎこちない笑みを浮かべる。
「さすがに“三剣士”。油断ならねえな」
「こ、ぐ……」
剣を取り落とし、力なく両膝をつくバルデア。その異常事態が、死すべきマルグスの運命を変えたのは間違いない。いや、正確には。
「悪いな、即効性のある“しびれ薬”だ。さっきの稀少品もそうだが、幸運にもやり手の行商人と最高の取引ができたもんでな」
秘具の力を奪い。
麻痺毒を効かせて。
二重の罠で丸裸にしたのは自分の策略だと、得意げに教えるマルグス。
「“三剣士”といっても同じだな。強者には強者ならではの“隙”がある。例えば強撃に反応し、弱撃を無意識に切り捨てる、とかな。その“隙”をつけばこんなものよ。おかしくて仕方ねえぜ」
さらに身体を震わしながらも、疑念の目を向けてくる騎士に応じてみせる。
「ああ、いつ薬を盛られたかって? その答えは俺の相棒――『銀霧剣』にある」
見せびらかすように剣柄の仕掛けを操って。
絡繰りの機能で剣身を彩る網目状の模様が三色に変化する。そのひとつひとつの変化で三種の劇薬を使い分けると云うのだろうか?
「今度は目ン玉押っ広げて、よっくと見てみるんだな!!!!」
答え合わせは命懸けで。
バルデアの無防備な背に向けて、『銀霧剣』が唸りを上げる。
振り回す勢いで網目状の細工物がカシリとスライド――騎士鎧に叩きつけられる寸前で、いなすように傾けたバルデアの剣に受けられる。
その軽い衝撃で、ぱっと飛び散る銀粉をバルデアは視認したに違いない。
かすかに双瞳を震わせたバルデアは、しかし、斬撃の威力を殺しきれず、反撃もできずに身体ごと倒れ込む。
むしろ、そこまで動けただけでも驚異的な身体の強さだ。それにマルグスから仕込みのタネを答えさせたと捉えれば。
「――どうだ? 粉薬を仕込める『機巧剣』。毒物耐性の
「……確かに、小賢しい剣だ」
その憎まれ口にマルグスは心外だと眉を上げる。
「そらないな。同じ“姑息な道具使い”だろ? あんたのが良くてオレはダメって、狭量すぎやしないか? え、異端の三剣士さんよ?」
大上段から叩きつけるマルグス。
片方の腕や足の力をぬくことで、自然と横に転がり回避するバルデア。
転がるバルデアに哄笑が浴びせられる。
「いいねえ。“三剣士”に初めて地を付けた者――マルグス。辺境だけじゃねえ、公国中にオレの名が轟くだろうよ」
二度、三度。
騎士をいたぶるように機巧剣を振るうマルグス。
「おい、そこの二人!! こいつを助けなくていいのかよっ」
マルグスが他の敵に声を掛けたのは、獣人の数が減っている想定外の事実に気付いたためだ。
剣を振り回す者は、獣人の強靱な皮膚に阻まれ斃すに至っていないが、棍の遣い手が確実に一体づつ打ち倒すことにより、一度は追い詰めたかに見えたはずの形勢を徐々に逆転させていた。
さすがは魔境士族というべきか、ズア=ルーの戦士を相手に互角以上の戦いをしてのけるとは。
「こっちは勝負有りだぞっ。おら! おら!!」
せっかくの上機嫌に水をぶっかけられて、それでもマルグスは冷静に逆転の手を探り続ける。
まずは奴らの判断力を鈍らせ、バルデアをエサにできるか反応をみる手だ。
(うまくひとりだけ釣れれば、補佐と挟み撃ちにしてやる)
マルグスに本当の意味で“サシの勝負”をする考えはない。効果的なタイミングがあれば、部下に襲わせ決定打を入れる。
(トドメだけ、オレが刺せればそれでいい……)
“正々堂々”とは仕掛けの意味。
勝つために策は必須であり、“強さ”とは心技体に非ず、“勝つためにどこまでできるか”を差すべきだ。
「オレがそれを証明してやるよ。勘違いした自称強者の武人共にな」
魔境士族の動きを注視しながら、マルグスは掲げ上げた大剣からさりげなく片手を離す。
いかにもバルデアを狙うかのようにみせながら、その実、暗がりの奥に潜ませた部下達へ合図を送るために。
「どこまで粘れるかな……?」
愉悦の笑みが、マルグスの唇を大きな三日月型へと吊り上げた。
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