災禍のレギオン【改訂】 ~城ごと異世界転移した侍軍団~

@sigre30

序章

第1話 覇道の終焉


異なる世界、異なる地

   とある山奥にて――





 見上げれば、仲睦まじく寄り添う二つの満月。

 その異様なほど白い輝きを放つ双月の美しさに、感嘆の吐息を洩らすよりも、むしろ深い憂慮の眼差しを向ける三つの人影があった。


「……嫌味なくらい、濁りがないな・・・・・・


 どこか皮肉を帯びる言葉に、


「いつもなら、手放しで歓迎すべき満月だが」


 もう一人が苦い声で応じる。それへ無言で同意を示し、目前の古き石段へ視線を移すのは最後のひとり。


 彼ら・・が何を憂い、こうして人の『支配地コントロール・エリア』から遠く離れた山奥にまで足を運んだのか、その“理由”は石段を上った先にある。


 そこで事の善し悪しに関わらず、大陸史に多大な影響を及ぼしてきた“ある物語”について、ひとつの区切りが着くことを彼ら・・は知っていた。

 このまま捨て置けば、いかなる悲劇的な結末を迎えることになるのかも。


「この先は、言うなれば歴史の転換点・・・・・・――進めば、我らが歴史を動かすことになる」

いつものことだ・・・・・・・

いつもの比ではない・・・・・・・・・と云っている」


 同輩に語気強く返され、そこではじめて、影のひとりが不審げな空気を纏う。この期に及んで――臆病風に吹かれたかと。


 無言のまま、視線を鋭く刺し合う二人。


 ただそれだけで、周囲の樹々がざわめいたのは、二人から洩れた殺気に鳥や獣たちが鋭敏に反応したためだ。いや――


 彼らを『探索者』の格付けで計るなら、そのレベルは“雲上に至る者”――人外の領域に達する者達だ。鳥獣どころか羽虫一匹に至るまで、二人を中心に半径百メートル圏内のあらゆる生き物たちが、すでに生存本能の命じるまま“逃げの一手”を打っていた。


「――これでヤツに気取られたな」


 まるで波紋のごとく、急速に遠ざかる気配の群れを感じながら、小さく嘆息するのは三人目。それへ意地か自信か、二人が強気で抗弁する。


「別に構わん。むしろ事を軽んじる『闇手』めに、今宵の重要性を分からせる方が大事よ」

「笑わせる。俺からすれば、役目に差異をつけるお前の考えにこそ、疑義を感じるぞ――『闇足』」


 そうしてさらに険悪さを増す二人に、「事の大小に関わらず――」見かねた三人目が先を促すように石段へと足を掛ける。


「――我らは我らの信じるもののため、ただ、己の役目を果たすのみ」


 そう背中越しに語りかけながら、今さら何をくど・・と叱咤する。

 そんな悠長な時間などあるものかと。

 

「今宵の相手はひと味違う。ならば『位階二位』くらい相手にする覚悟で望まねば、事を成し得ぬぞ」

「……別に臆したわけではない」


 その背をやや不満げに洩らしたひとりが追い、残された者も後に続く。

 三人が三人とも、その一歩が大陸史を左右する一歩になるとは毛ほども感じさせない軽やかさで、あっという間に百段ほどを登り切る。


 途中、野外探索では滅多に見かけぬ『庭園級レベル4』の『怪物』――巨大な蟷螂カマキリの死骸が数体、石段脇に転がっていたが気に留めることもなく。


 事切れている・・・・・・門衛にも視線を向けることなく、朽ちかけた門をくぐり抜けたところで、すすけた臭いが彼ら・・の鼻を刺激した。


 向かって正面奥には石造りの寺院本堂が。


 壁の一部をツタが這い、屋根に草花を繁らせる姿は廃墟と化した空気を濃密に漂わせる。

 その本堂入口より、目を凝らせば月下の中でも白く細い煙が洩れ出でるのに気付く。どうやら異変の源は彼ら・・の目指す場所にあるらしい。


「遅かったか――?」


 白煙から連想される懸念に、


「いや、まだ間に合う」


 仲間が冷静に判断するが、その台詞には強烈な違和感が伴う。

 なぜなら彼らが嗅ぎとった臭いはもうひとつ――堅牢な全身鎧フル・アーマーに身を包む数十人分の遺骸が、血と臓物の臭いを漂わせ、本堂前の広場に打ち棄てられていたからだ。

 

「襲ったのは一体・・か――」


 確信に満ちた声。

 広場の惨状を目にしただけで、そこで行われた激闘の一部始終を脳裏に再現したらしい。


 不思議なことに、導き出した襲撃者の数に「少なすぎる」と異論を唱える者は誰もいない。むしろ当然と受け止めている節の台詞が出るほどだ。


「術式の刻まれた腕輪に首飾り……おそらく全員が軍事用に強化された『魔導具マジック・アイテム』で武装している」

「彼の騎士団ならば当然の装備だろう」

「だが戦場で無類の強さを誇る騎士の一団も、ヤツを相手に一矢報いることさえ叶わなかったというわけだ」


 そう皮肉る言葉に「しょせん道具は道具」と相づちが打たれる。


「例え『魔導具マジック・アイテム』でなく『魔術工芸品アーティファクト』を装備したところで同じこと」


 強化の基礎となる『身体能力ステータス』が低ければ無意味だと。それは磨き抜いた己の五体に対する絶対的な自負の表れでもある。そしてあらゆる敵対者を凌駕してきたという実績が、彼ら・・に断言させるのだ。


「だからこそ、俺たちが必要になる。――どれほど世界に忌み嫌われようとな」


 そこで初めて、彼ら・・の間に感情の機微が露わになった。胃の腑に“覚悟”という石を呑み込んだような重苦しい空気を伴わせて。


 まるで彼ら・・の瞳、声、表情――身に纏う空気さえも陰気を帯びる原因がそこにあると云わんばかりの台詞だが、その真意は誰にも分からない。


「おい、感傷は後回しだ」

「ああ、とにかく急ぐぞ」


 誰かが仲間を急き立て、それが切っ掛けで彼ら・・は再び動き出す。


 大陸中のどの寺院でも見られない――考古学者が知れば狂喜する――幻想生物ファンタジアンを模した彫像に見守られながら、本堂の入口前で合図もなしにそれぞれが同時に抜剣し、『闇削ぎ』の呪術で視界を確保する。


 それが大陸史の闇に消えた『呪法術』であると誰かに気付かれることもなく、伝説の法術による効能は、この場にいる三人だけが秘めやかに享受する。


 おかげで闇に呑まれた堂内であっても、彼ら・・の視界にはっきりと煙の筋が示された。


「右だ――」


 堂内に踏み込んですぐ、白糸のような煙を追って彼ら・・は足早に進む。


「空気が重い……連中、とんでもないシロモノを当てたようだな」

「ああ」


 古い文献でしか目にしない壁の彫刻レリーフを横目に誰かが応じる。


「ここは探索者でさえ滅多に踏み込まぬ地だ。しかも、この寺院など『深淵の探索協会シーカーズ・ギルド』にさえ未報告の遺物。はじめから信憑性は高かった――何がおかしい?」

「いや。この大陸で、誰よりも鉄と剣を重んじる者が、相反する神秘学オカルトに拘泥しているとは、何とも皮肉な話しだと思ってな」


 それはこの寺院跡に訪れた騎士団を差している。

 いや、それを率いた者を。

 推測するのは容易だ。


 数十もの骸が身に付けた全身鎧に打たれていた紋章(削られていたが事情を知る彼ら・・には推測できた)は、今や大陸を戦火に燃え上がらせ、怒濤の勢いで版図を広げ続けている『ガルハラン帝国』のものに違いなく、帝国騎士団に警護されるほどの貴人が、わざわざ出向いていることになる。


 考えれば、不審な点はいくつも浮かぶが、それらすべての答えを知る彼ら・・の歩みに迷いはない。

 むしろ気にするとすれば、別のこと。


「……これで四人目」


 道行く途中にこれまで同様斬り伏せられた騎士の遺骸が転がり、すべてが一太刀で終わっている事実に彼ら・・は気付いていた。しかも。


「うなじの痣を見ろ」

「こやつら『六天』か」


 誰もが『覇王』と呼び、自らは『魔王』と称する皇帝が、その“王威”を知らしめるべく、手ずから選抜し鍛え抜いたという直下の騎士達。


 目立つことを嫌ってか、専用装備を代替え品にしていたが、さすがに千人に一人と言われる“栄誉の証”を――己の魂にまで刻み込んだ矜持までを、穢す真似はできなかったようだ。


「帝国最精鋭の近衛兵が、剣すら抜かせてもらえぬとは……聞きしに勝る腕前だ」


 五体目の遺骸を横目に見やりながら、鞘に収めら・・・・・れたままの剣・・・・・・彼ら・・は冷徹に分析する。


 警護の観点に立てば、奥へ行くほどに武力の高い者を配置するのが道理であり、なのに、六体目の騎士でさえ、剣を半身だけ晒すのみで・・・・・・・・・首を斬り飛ばされていた。


 床に転がる生首が、己の無力さを悔いることもできずに無表情を保っていることが、相手の底知れぬ実力を感じさせる。


「何が起きたか気づきもせず、か」

「おそらくこの者は隊長格――“異能持ちアビリシアン”であっても、あやつ・・・の前では稚児と同じというわけだ」

「だから我らも一人でなく、三人なのだろう・・・・・・・


 そもそも、単独任務が常である自分達を三人も召喚する非常識ぶり――その意味する本当のところを彼ら・・はようやく実感していた。


「『位階二位』か。……いよいよ現実味を帯びてきたな」

「今さらだ。それに剣の技で云えば、位階など関係なく、やつらは強い」


 実感が込められる言葉に「確かに」と三人目が同意する。


「『教練師ヴォイス』殿であれば詳しく見極めたであろうが、云っても詮無きこと。いずれにせよ、やつらの強さはこの身を以て知っている」


 さも当然といった風に装いながらも、三人の眉間のシワは深くなり、唇は硬く引き結ばれていた。

 その高まる緊張感はほどなく頂点に達する。


 ふいに彼ら・・の歩みが遅くなったのは、見えざる敵に臆したわけでも、通路の奥に赤々と燃え上がる炎が見えてきたからでもない。何者かの声が朗々と響き渡ってきたからだ。

 それはまったく想定されていない状況であった。



 人間――

      五十年――



 詩を詠み上げるように。 

 独特な咽の使い方と不思議な旋律は初めて耳にするもの。

 先頭のひとりが窺うように振り返れば、残りの二人は無言を通す。


 分かるはずもない。


 何かのヒントになればと詩の内容を理解したくても、聞き覚えのない言語で謳われるためだ。彼ら・・共通コモン語や『四族』の独自言語だけでなく数種類の言語を操るほど優れているというのに。


 いやそれ以前に、彼ら・・の持つ情報と照らし合わせるからこそ、当惑せずにはいられないのだ。


 そう、彼ら・・が知る限り。


 この奥にいるのは、因縁深き相手と大陸制覇に王手を掛けた――『覇王』と畏怖されるゲイリッジ・フォン・ドルヴォイその人だから。



 人間――  五十年――



   下天の 内を―― 



           くらぶれば――



 近づくにつれ、白煙は太く濃さを増して目を浸みらせ、炎の燃えさかる音が高くなり、鼓膜を強く震わせる。それらの音に負けじと朗々たる壮年の声が通路いっぱいに響き渡る。



 夢幻の ごとくなり――



 それは身内に漲る感情をさらりと吹き流す不思議な風だ。

 流水に拳を浸すと、強く握りしめた砂がいつの間にか消え去るように。

 己の内に満ちていた戦意を気付けば薄れさせる。


 決意や責務を。

 哀惜や憤怒を。


 知らず知らずのうちに、あらゆる感情を身の外へするりさらりと流されてしまう。


「なんだ、これは……」

「『呪歌』か?」

「ありえる。『覇王』なら、秘匿されし吟遊詩人バードの特殊スキル持ちをひとりくらい抱えていても不思議ではない」


 声に呪力の波動は感じられない。

 だがそこにしか原因は見出せない。

 仮に単体の襲撃者が行使するにしても、その間に接近し皇帝の首を奪る方が手っ取り早く済む。つまり歌を詠む理由など何もない。

 間違いなく、『覇王』側による仕掛けだろう。



  一度 生を得て――



     滅せぬ者の―― あるべきか――



 耳にしているうちに、戦意というよりも、己の内にある余分な力み・・・・・が消えていることに気付く。

 あらゆる雑念が取り払われ、ただ己の役目にのみ集中できる。


 かく、あるべし――と。


 もしやすると、帝国の力の源泉は、この声にあるのかもしれない。


 すべての国々は皇帝ドルヴォイの下にひとつとなるべきと、迷いなく振るわれる剣の力強さに幾つもの国々が屈したのだろう。そう納得してしまう。


「むう……」


 先頭のひとりが目を細め、鼻や口を手で覆う。

 辿り着いた先は大広間となっており、そこは建築方針を唐突に転換したかのごとく、八割方が木造仕様の異文化漂う場となっていた。


 高い天井にて幾何学模様を描く太い梁は、木造の脆弱性を補うためのものか、あるいは天意を顕した特殊な意匠によるものかまでは分からない。


 ただ、森精族エルフの建築様式に似ていなくもないのだが。


 惜しむらくは、歴史的価値や芸術的価値の両方から重宝されるべきそれが、炎に巻かれて白煙を上げていることだ。

 一体何があったのか、廃寺は炎に包まれ、その長き歴史を閉じようとしていた。

 

「『覇王』自らか……」


 そこに軽い驚きが混じるのは、魔獣の唸り声に似た炎風の唸りとパチパチと木片が爆ぜる音にも負けず、大口を開けた壮年が、上半身をはだけて・・・・何かを舞っているのを目にしたからだ。

 その傍に護ってくれる騎士の姿はない。

 全員がことごとく倒れ伏していた。


「おい――」


 別のひとりが仲間を促したのは、長躯ガリア族と思われる体格のいい死体を踏みつける人影に気付いたためだ。


 それは 『怪物モンスター』とは似て非なるモノ。


 魔蟲に似た形骸の異文化漂う黒づくめの鎧具足に黒光りする反りの入った片刃の剣。

 まるで死霊の王がごとく幾つもの騎士の遺骸を足下にはべらせるのは、まわりの空気さえ翳らせる異質の気をまとう妖異なる騎士。

 いや、大陸文化とあまりに異なるが故に、本当に騎士職なのかは定かではない。


「……むぅ」

「まさか――『黒武者クロムシャ』でなく『黒母衣クロ・ホロ』か?!」


 今度こそ、明らかに驚きを露わにする仲間が口にするのは、“襲撃者の格付け”だ。

 因縁の深い彼ら・・だからこそ、積み上げた知見で独自の脅威度を格付けしているのだ。その位階は『黒ブラック装束・クロス』からはじまり、最高レベルの『黒母クロ・ホロ』で上限となる。


 戦力で云えば、『探索者』と呼ばれる戦闘巧者を最高レベルで数名取りそろえ、集団パーティ戦で挑むことが最低条件とされるほど。


 そんなとてつもない相手が出張ってくるなど、最悪を想定していたとはいえ、認めがたい事態であった。


「正直、このような地へ顔を出すのは『位階三位』までと思っていたが……」

「だが事実は事実。いや、もしかするとこの廃寺こそが――」

「――『遺跡』と同格の存在ということか」


 得心した声に、反論はなかった。

 この廃寺そのものが、長い時を経て『遺跡』と同じ存在になったとすれば、確かに高難度の『怪物』モンスターが巣食っても不思議ではない。


 ましてやその生態が謎に包まれたままのそれ・・であれば。正直、いまだ『怪物』に分類してよいのかさえ定まっていないのが現状だ。


 とはいえ、今回の出現に限って云えば、『遺跡』云々が理由でないことを彼ら・・は知っている。ヤツが何かを意図してここに来たということを。


 だからこそ、その目論見は自分達が阻んでみせる。

 そのために、彼ら・・はここにやってきたのだから。


「――これは珍客だな」


 いつの間にか、舞いを終えた壮年が一段高い壇上から彼ら・・を見据えていた。

 その目と目を合わせただけで、射竦められるような強き眼光に彼ら・・が胸中感嘆したのを知ることはあるまい。


「立て続けに奇妙な客が二組も訪れるか。つまり、儂の歩んできた“道”が正しかったということ」


 そう満足げに唇の端を吊り上げる。

 いかなる炎熱が全身を炙るのか、絶え間なく滴る汗や時折降りかかる燃えくずが肩を灼くのも意に介さず、大陸中から『覇王』と畏怖される壮年は大樹のごとく揺らぎもしない。


 先ほど響かせた声のごとく、炎による恐怖も痛みも感じさせることなく、むしろ瞳に好奇を宿らせ、彼ら・・を見つめる。


「ふむ。これほど明るいに、お前達が見えん・・・。視認阻害の『魔術』か? 『精霊術』で似たものがあるが、それではあるまい」


 見立ての鋭さは、皇帝になるほどの人物であれば当然か。しかし「欲しい」と欲望のまま口にする姿は、まるで子供のようでもある。


「どうだ、その術を手解きしてくれるなら、金一万をくれてやる。いや、必要な額を云ってみろ」

「初めて御目にかかる、『覇王』殿。我らは俗世に疎いゆえ、満足な礼をとれぬことご容赦願いたい」


 まるで提示などなかったかのように無視する彼ら・・に、壮年は不興を感じてはいないようだ。むしろさらに興味を抱いた節がある。


「面白い。暗殺者が礼を語るか」

「そのような下賎げせんな者ではない」


 別のひとりが不快を露わにすれば、「ならばなんだ」と壮年が詰め寄る。そこで彼ら・・は気付く。壮年のペースに乗せられていることに。


 剥き出しになった上半身を赤々と腫れ上がらせながら、堂々たる立ち姿から放たれる覇気には他者を思わずひざまずかせる何かがある。

 天性の持って生まれた覇王としての資質が。

 それがこの場にいる者の本能に――“強者に身を委ねる服従心”を強く刺激し、気付けば壮年の意に添う形を取ってしまうのだ。

 おそらくは、あの恐るべき襲撃者でさえ、舞い終わるのを待たされていたように・・・・・・・・・・


「……無論、貴方を救いに来たわけでもない」

「もちろんだ。そうでなくては困る・・・・・・・・・

「?」


 侮るなと示した反抗心を思わぬ言葉で反故にされて彼ら・・は困惑する。


「もはやこの世界で学ぶべきことはない。――いかようにすべきかを儂は十分に知った」


 それゆえの“舞い”であると。

 やはり『覇王』は何かに気付いている。

 非常に危険な男であると、放置すべき存在ではないのだとその言動から察すれる。

 

「どうやら、お前達はそやつ・・・に用があるらしいが、儂の方が先客だ。待たせた恩に報いねばならん」


 そうして目線を『黒母衣』へと向ければ。

 予備動作もなく五歩ほど進んだ位置に、気付けば『黒母衣』が剣を脇構えにして立っていた。



「「「!!」」」



 驚きに身を強張らせる彼ら・・を置き去りにして。

 さらに瞬きひとつで『覇王』と『黒母衣』は接敵し、黒き刃が滑り込むように『覇王』の喉元へと迫る。



 ――――シュインッ



 ぞわりと鳥肌立たせる金属の擦過音を響かせて、『覇王』の片耳が斬り飛ばされていた。


 だが、会心の笑みを浮かべるのは『覇王』の方。手に持つ舞いの小道具で凶刃を反らした事実に、気付いた彼ら・・も唸らざるを得ない。


 それほどに――常人の域を遙かに超えた彼ら・・をして、目で追いきれぬほどの攻防であったと認めれば。


「かかっ――聞きしに勝る早業よな! じゃが、儂の“観”が勝ったぞ」


 それは恐るべき才ある発言だ。

 彼ら・・でさえ見えぬ極小の隙を、覇王の目にかかれば、見出せるということか。

 それを黙らせるかのごとく、黒き剣閃がふたつ疾り抜け、しかしてくだんの擦過音が三つ、背筋を震わせる。


「馬鹿なっ……追い切れぬ」


 狼狽える仲間の声に、余力の無い別の声が辛うじて対処法を伝える。


「呪力を視覚に注ぎ込め」

「それでは……身体の方が・・・・・追いつけん」


 そこまで配分を偏らせねばならぬのかと。

 戦う前に追い込まれてしまう現実に、誰もが愕然となる。

 眼前で行われる戦いは、彼ら・・でさえ追うのがやっとの、異次元の戦いなのだ。


「……やむを得ん。あの決着が付いたら、すかさず『刺青呪図マンダラ』を発動させろ」

「そんなことをすれば俺たちが」

「いや、それしかない」


 三人目が断じれば、彼ら・・の決意もすぐに堅まる。

 どのみち“死”は覚悟していたことだ。

 むしろ二人目が異論を口にしたのは、“切り札”をはじめから使う後の無さ・・・・に不安を覚えたためだ。

 どうあっても、負けるわけにはいかぬゆえに。

 異形の襲撃者を倒すのは勿論のこと、場合によっては『覇王』にも対処する必要があったがために。

 だがまずは。


「必ず『狂ノ者』を葬るぞ――我ら『呪法戦士オプシディアン』の矜持に賭けてっ」




         *****




 あの日を境に大陸の歴史は確実に変わった。


 『覇王』――ゲイリッジ・フォン・ドルヴォイが大陸制覇を目指し、一大帝国を築きながらも道半ばに倒れてから早十年。


 帝国による版図拡大の動きが止められてもなお、大小の国々が生命を燃やして相争い、綺羅星のごとく明滅を繰り返す乱世が続いていた。


 まるで夢半ばで倒れた覇王の妄執が、大陸に取り憑き、そこに生きとし生けるものを呪っているかのように。


 それは誰かが“大陸制覇”の偉業を成し遂げるまで、“祭り”の終わりを許さぬ常軌を逸した呪いであったのかもしれない。


 少なくとも、多くの者がそう信じた。 


 だとするならば、この呪いが解かれる日など、本当にくるのであろうか?


 大陸中にひしめく国は夜空に浮かぶ星々のごとく存在し、それらの制覇が果て無き夢だからこそ、ゲイリッジは挑み、それに際して自国民に告げたのだ――「『千国時代』を終わらせる」と。


 そして後世、それを逆説的に捉えた学者が多分に皮肉を込めてこう告げた。


 その時より『戦獄時代』が始まったのだ――と。


 文字通り、いくさという獄に囚われた大陸から、昼夜を問わず戦火が絶えることはなくなった。


 あれから十年。

 祭りの終わりは、まだ、見えない――。

 



       『災禍のレギオン』      

    ~城ごと異世界転移した侍軍団~


        <次話に続く>

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