第71話 岩窟の根城攻略戦

 あくまで余談であるが――。

 不可抗力とはいえ“森の掃除”がグルカの自尊心を悪戯に傷つけてしまい、希少価値のある獲物を求めて猟場の範囲を驚くほど広げすぎてしまった結果、彼らが留守している間に・・・・・・・・悪漢共による物資搬送が滞りなく行われてしまったことをグドゥ達は知らない。

 もちろん、一度や二度の物資搬送を見逃したくらいで、悪漢共の戦力が飛躍的に増強され、巣窟の防衛力が劇的に向上するわけでもなく。

 それでも、あえて“見逃した事実”を不可抗力とせず失敗ミスだと厳しく減点するにしても、実施された彼らの洞穴攻略作戦はそうした減点を補って余りある成果を早期に叩き出すことになり、軍学を能くする者であれば盛大な渋面をつくりつつ歯切れの悪い讃辞を送ったに違いない。

 それは成果だけでなく、攻略難度の高さも無視するわけにもいかないからだ。

 実際、仮に通常の探索者パーティで仕掛けたなら、犠牲者の数に歯止めは掛からず、だからと一流どころの『三羽』クラスを投入しても返り討ちに遭ったであろうことが容易に想像できるが故に。

 それほどこの一見して何の変哲もない洞穴には凡庸ならざる戦力が秘されており、その攻略には“数押し”か“兵糧攻め”といった軍事レベルの作戦行動を用いる手しか残されていないはずであった。

 それだけに、たったひとつのパーティで――正確にはグルカの単独先行で――無謀にも攻略を敢行したグドゥ達の作戦は決して褒められるべきものでなく、それでもなお、スピード攻略してのけた驚くべき事実は、彼らの桁外れな実力を十分に知らしめる戦果となる――はずであった。

 そう。

 良くも悪くも・・・・・・――スワの侍達に重大な任務を託されてから今日まで、グドゥ達がいかなる内容で貴重な日数を費やしたかの経過・・を余人が知ることはない。

 それは本作戦についても同様であり、その細部どころか粗い大筋であっても、情報をしっかと共有すべきスワの者達にさえ伝えられることなど決してなく。

 これは無論何かを意図した・・・・・・・謀略の匂いがする話しではまったくなく、もっとシンプルで馬鹿馬鹿しい話し――つまり“色んな意味で大味”といういかにも小鬼らしい種族的性質が起因したことに他ならない。

 その言動から小鬼らしさを大きく逸脱した姿を常に見せ続けるグドゥ達であっても例外ではないということだ。

 “目的達成”と“経過の拙さ”。

 プラスとマイナス。

 単純化してしまえば、何ほどのこともないのだが。

 ただでさえ、現場と幕舎にいる者とでは捉え方に違いが生じてしまうもの。それこそ、小鬼と人間との違いまであれば、その差異がどれほど広がるかは言うまでもない。

 おかげで黒き小鬼達に対する評価は、今より遠くない将来にスワ家が名を挙げ、協力者たる彼らの存在が明るみになってからも、高まるどころか大いに迷走することになる。

 それは本当に、どちらにとって良いことであり悪いことであるのかは、まったく判然としないことであったのだが――。


 ◇◇◇


公都郊外

拠点設営任務『黒き小鬼チーム』――



 “五名のうち、洞穴に潜入できたのは三名”。


 そう述べればさぞ過酷な探索行であったのだろうと脱落した二名の安否も気遣ってしまうが、実状はその真逆で、いたって平穏なものである。

 まず、リーダー格たるグドゥの判断により、“和み要員”にすぎない戦闘力皆無のパユには、安全を期し、潜入チームから外れてもらうことになった。

 洞穴の入口が見える位置で“見張り”という名の潜伏をグドゥが小鬼と思えぬ配慮を利かせて丁重に依頼し、少女はこれを快諾した形だ。

 新手の敵勢力登場に対応するため、渦巻き仮面のグクワと組ませたのが好材料となったのは言うまでもない。グクワも「(ラクでいい)」と喜んでいるので特に問題となることもなかった。


「(――それはいいが、グルカを止めなくて・・・・・いいのか?)」

「(正直、難しい判断だな)」


 持ち前の暗視眼ノクトヴィジョンがある故に松明要らずでズンズンと洞穴の奥へと踏み入ってゆく勇ましき後ろ姿を見送りながら、リーダー格の口より小さな嘆息がこぼれる。


「それでも“暴発”よりは“暴走”がいい)」

「(……そういうものか)」

「(うむ)」


 至言めいた言葉で煙に巻かれた感は否めない。

 事実、どっちもどっち・・・・・・・であることは、どこか諦観を滲ませるグドゥの返事で明らかだ。それでも“放置”の方がマシだと選択できるのも、グドゥ達の脅威になり得る生き物が見当たらないからこその判断でもある。

 実際、魔境の危険な生き物たちに比べれば、人間の支配地域に属するこのエリアでは、よほど山奥に踏み入らぬ限り『怪物』に遭遇することもなく、危険生物であっても彼らからすれば余興と化した狩猟のイージーな対象でしかなかった。それはここ最近のサバイバル生活で立証されている。


「(それに、アイツは俺たちの中でも勘が鋭い・・・・)」

「(それは否定しない。だが大抵、危機感より“負けん気”の方が勝るのがな)」

「(…………)」


 身も蓋もない指摘が的を得ているからこそ、「それを言うか?」とグドゥの非難がましい視線が変則十字仮面のグナイに向けられる。ただ互いに仮面越しであるため、あくまで“そう感じられる”という雰囲気だけの話しになるが。

 それでも、仲間を案じる気持ちに相違はあるまい。

 ならば二人がとるべき行動はひとつ。


「(ゆくか)」

「(ああ)」


 互いに、もはや出番はあるまいと思いつつ、やんちゃな仲間のフォローをすべく、ゆったりとした足取りで洞穴の奥へと歩を進めるのであった。


 ◇◇◇


 洞穴攻略の難しさは、そもそも探索者でもない限り知見を蓄えている者が少なく、従ってその困難さを知る者は非常に希である。

 意外に思えるかもしれないが、侵入する者のほとんどが“舐めてかかる”か“知らず油断している”のが普通なのだ。

 故に脅威となる者が洞穴に潜んでいる場合、入口付近の比較的浅い段階で死傷者が続出することになる。このことは探索者の新人教育でも念入りに警告されているのだが、いまだに改善される傾向にない。

 いかに“代償を払わぬ学びは安い”かということだ。

 だからといって『協会ギルド』の立場上、教えない選択肢・・・・・・・を選ぶわけにはいかない。教えることにより、被害が軽減される・・・・・だけでも十分に効果はあると言えるのだから。

 その判断が正しいとした上で――ここに『協会ギルド』の新人教育を一部引用してみよう。


 まず光の差し込む関係で、侵入する側は、闇に潜む相手が見通せず、また暗がりに目が馴れるまで不遇の扱いを甘受せねばならない。

 しかして侵入者に相対する側は、近づく人影をきっちりと視認でき、また暗がりに馴れているために戦いへの即応が可能となっている。

 こうした両者の違いは、侵入者が洞穴の暗さに馴れるまでの初期段階において、迎え撃つ側に圧倒的なアドバンテージをもたらすことになる――。


 だが例外・・は何にでもある。

 グドゥ達小鬼コボルドのように、異能アビリティとは別枠の種族特性である『暗視眼ノクトヴィジョン』を持つ者がそうだ。


 ひょう、といきなり飛んできた矢をグルカは無造作に素手ではたき落とし、お返しに手持ちの石ころを思い切り投げつけてやった。洞穴へ踏み込む前に拾っておいた単なる石を。ただし、何の変哲もない自然石であっても、特殊個体ユニークであるグルカの圧倒的筋力で放たれるとなれば、その威力は子供の喧嘩レベルを遙かに凌ぎ、もはや戦術レベルの兵器となってしまう。故に。


 ごっと鈍い音を立てたきり相手はあっさり沈黙した。


 グルカの暗視眼は投げた石が相手の頭部に命中し生死はともかく意識を奪った瞬間をくっきりと捉えている。

 実に呆気ない。

 だが不満というよりは不審。

 入口付近ですでに三名を相手にしているが、敵の戦い方が妙に滑稽なのだ・・・・・・・

 何のつもりか壁に身を寄せるようにしていたり、入りきれぬ小さな岩陰に身を縮めていたり、それで本当に隠れているつもりなのかとグルカは理解に苦しんでいた。

 いや彼らは真剣そのものだ。

 それが暗視を持つ者と持たない者との歴然とした差であり、確かに人間相手であれば、その身の処し方で十分通用するはずなのだ――暗闇が何の障壁ともならぬ小鬼グルカを相手にしなければ。

 そうと知らぬグルカは、あまりに一方的な戦いにじわじわと鬱憤を溜めこんでゆく。ことに弱者をいたぶっているような感覚が非常に不愉快で、彼を大いに苛つかせた。


「(けっ。ド素人相手じゃイジメもいいとこだ)」


 何かの罠であろう足下に張られたロープを難なく乗り越え、物陰から飛び出してきた相手を殴り飛ばして軽くため息をつく。

 グルカは気付いていないが、先ほどの暗闇を活かした隠形からの奇襲や数々の罠、あるいは足音を消すための履き物にそれを活かすための歩法など、敵は随所にケレンミのある策や術を散りばめ、洞穴戦における“地の利”を十分に効かせて戦っている。

 本来なら、侵入者が苦戦必至の攻防戦となっているはずなのだ。

 そう、本来であれば。

 だからこそ、想定外の展開に相手の焦りが漏れ聞こえてくる指示にも表れる。


「捕らえなくていいっ」

「確実に仕留めろ」


 入り乱れるかすかな足音と息づかい。

 闇に隠しきれぬ複数の戦意あるいは殺気。

 それらにバタついた感じは毛ほどもなく、鋭く洗練されて場馴れした者達の気配を漂わせる。

 即座の方針転換は賢明だ。

 おそらく想定を上回るグルカの侵攻速度に対し、それでも敵の増援対応は判断も決断も十分に早いといえるだろう。

 だが、ようやく洞穴内に戦いの活気が満ち始めたものの、はじめから松明片手のハンデを負う相手にグルカの期待感は低くならざるを得ない。


「(せめて俺に得物を使わせろよ……)」


 グルカがぼやいたところで、右手の脇道から唐突に誰かが現れる。


「うぉ、何だコイツ?!」


 グルカの波模様を書き殴った仮面はたいがいの人間を驚かせる。その上、侵入者を『怪物』か『探索者』のいずれかで想定していればなおさらだ。そこにつけ込むつもりは毛頭無かったが。

 松明を掲げた男も驚いたろうが、古傷だらけの面貌による驚愕の相・・・・も大した迫力で「(こっちの方が驚いたぜ)」とグルカは内心苦笑する。

 だが相手が浮き足立つのもわずかな間。戦歴を刻んだ顔相に相応しき、場馴れした反応をそいつは見せた。


「(――――くっ)」


 躊躇なく松明を投げつけてきて、グルカの視界が奪われる。眼窩で白色が弾けたような衝撃は、暗視眼の特性が裏目に出た証――目くらまされ無防備となった一瞬の隙をグルカは見事に突かれてしまう。



 ――――!!

「(けやっ)」



 下手から切り上げてくる剣刃に気付いたのは、男の殺気を感じてのもの。反射的に背中の剣鉈を抜き放ち、そのまま一刀両断に斬り伏せる。

 それで終わり。

 刃を打ち合わせることもなければ、鋭い眼光を差し合うこともない。敵の殺気に背筋が痺れるような感覚を覚えることもなく。

 新たに嗅ぎ取る血臭はグルカをさらに嘆かせるだけか。


「(あー、やっちまった……)」


 けど悪くない――言葉とは裏腹にグルカはそう思い直す。振り下ろされる剣鉈に、敵は気付いて反応しようとしてはいたのだ。間に合わなかったが。

 防御しようと途中まで持ち上がっていた男の両腕がだらりと下がり、その身もくずおれた。


 その時にはすでに二人目が。


 誰かの声が聞こえたが、それが制止の声であるとグルカには分からない。関係ない。どのみち、その警告を聞くべきは彼でなく迫ってくる相手なのだから。


「しゅっ」


 剣先を構えた新手が鋭く唇を尖らせる。

 これまでの誰よりも速く有効な刺突が繰り出されてきて。



 ――ジッ

      ギンッ



 グルカは胸元に延びてくる剣身の横っ腹を叩いてやり、返す刀で首を飛ばす。――防いだ! いいぞ。思わず仮面の下で彼は笑みを洩らす。


「やるな、貴様っ」


 何を勘違いしているのか、生意気にも相手が吼えて凄まじい連撃を繰り出してきた。これこそが本気というわけか。ならばとグルカも応じて、さらに剣速を上乗せしてやる。男の無言の驚愕が空気で感じ取れ、その顔は引き攣り苦しげに歪む。我慢しろ。攻め手を弛めれば死――仕損じてもやはり死だ。それが嫌なら、もっと己を振り絞ってみせろっ。

 容赦の無いグルカの乱撃が上から下から叩きつけられ、男の剣をそれを支える身体を暴風に巻かれた案山子のごとく振り回す。


「う゛おっ」


 男の限界が近い。暗闇の中、グルカにだけは見える額に珠の汗をびっしりと浮き上がらせ、奇妙な呼気を洩らして必死に腕を振り続ける。


「う゛おおっ、おごっ」

「(そら、もっとだ!)」


 さらに剣速を上げる。

 男の顔色も変わるっ。

 まだまだ上がるぜ?

 闇色に塗り込まれた男の顔が白ちゃけたように見えた。


「か……はっ」


 途端に泣き笑いのように男の顔が大きく歪んで剣筋が散漫になった。肉離れか、靱帯を傷めたか、いずれにせよ限界に達したのに違いない。

 一気に男の戦意と肉体が乖離して――いくら眼力を込め、歯を食い縛っても、出遅れた剣速が二度とグルカのそれに拮抗し得るはずもなく。



 ――――っ



 闇の中、複数箇所が同時に血飛沫いたように見えたのはグルカだけ――そのまま男の動きがぴたりと止まり。


「――っはあ!! ぜっ……ごぶっ」


 窒息しかけ、空気を求め、咳と涎が咽奥で絡まってまともに呼吸もできぬまま、それでも男はその身を辛うじて退かせる。

 たまらず引き下がったとはいえ、このレベルの剣戟で渡り合え、生き残っただけでも暁光だ。それを即座にフォローすべく、相手の背後に別の人影が重なり現れ、手に持つ槍がグルカの縦長の瞳にくっきりと映し出される。


「(ほう――?)」


 傷めた男を呑み込んで新手の二人が前に出てきた。

 グルカの気を引いたのは、二人の位置取りが恣意的で“魔境じもと”の『忌火族』を思い出させたからだ。これは連携攻撃を示唆するものか? 広めといっても所詮は狭い洞穴で、連携までとれるとなれば並々ならぬ技倆を必要とする。つまり。


「(ようやく、それなりの相手・・・・・・・が出てきたってことか)」


 グルカの声が弾む。

 奥に進んできたところで、明らかに対応者の質が変化していた。纏う空気に鉄錆びた死臭が混じり合い、先ほどの連中とは格の違いを感じ取れる。いい傾向だ。胸の内がうずいて自然と口元が弛んでしまうほどに。


「(けど、まだ足りねえな)」


 不満も露わなグルカの声に誘われたか、相手が剣筋鋭く斬りかかってきた。その脇腹を掠めるように、後追いで槍の穂先が突き出されてくる――二重攻撃!!

 グルカは冷静にその槍先から身をズラし、振り下ろされる斬撃を剣鉈の寸止めで打ち返す。それでも重量物による迎撃で相手は大きくバランスを崩し、その隙を逃さずグルカが思い切り踏み込んで、拳を顔面に打ち付けた。

 ぐちゃりと相手の鼻が顔面にめり込み、しかしそれで拳の勢いを止められるはずもなく、相手の身体が吹き飛んだ。そのまま背後の味方にぶつかり、折り重なって互いの動きを阻害し合う。


「(ぬんっ)」


 すかさず剣鉈による追い打ちの振り抜きで、手前の首があえなく飛んで、背後の首も半ばまで千切れてしまう。その勢いのままに剣鉈を吹き荒れる風のごとく振り回し、先ほどの手負いの男も含めてグルカは数名を一気に葬り去った。

 元は五体の成れの果てが、それも幾人分もの臓物と共にまき散らされた惨状は自然の暴風よりタチが悪い。


「――なっ」


 もしくは「ひっ」か。引き攣った声は驚愕か恐怖あるいはその両方が混じり合ったもの。

 それきり動く者の気配がなければ物音ひとつ立つこともなく。

 冷ややかな洞穴に相応しい静寂がふいに訪れ、薄らと漂う血臭の暖かさだけが不釣り合いに感じられる。そんな状況だ、離れた奥で独り立ち尽くす者が、金縛りに遭っているのも頷けようというもの。

 いや、『怪物』と人間との、これが身体能力の差であり、その上、グルカは異質な進化を遂げて『黒き小鬼』となった特殊個体ユニークだ。熟練の戦士であろうと、『昇格アンプリウス』もしていないただの人間が太刀打ちできるはずもない。

 そんな能力差をまざまざと感じさせる戦いを見せつけられれば、誰もが容易く対抗心をへし折られ、茫然自失するだろう。

 だが“弱さ”が死に直結する“魔境”に身を置く者からすれば、違和感を覚える反応でもあった。


「(これは縄張り争いだぞ? 固まってないで、戦るか逃げるかさっさと決めちまえよ)」

 

 “魔境あそこ”に手加減はない。襲われれば身を守り、縄張りを奪い・護るために戦い、食うためにも襲い掛かる。――すべて全力でだ。

 もちろん、力の温存など生き残る術としてなら・・・・・・・・・・能力を制限することもあったろうが。


 基本はやはり全力。


 自失や諦めを相手に晒すなど、子ネズミであってもありえない。それだけに、奥で立ち尽くす相手の姿勢には、グルカは戸惑いを禁じ得ない。

 

(いや、人間だけはこうなんだ・・・・・――)


 これまで出会った人間には、探索者を含めてさえこうした反応を示す者は少なくない。そのことをあらためてグルカは思い出すが、だからといって、手を抜く理由になるはずもなく。


「(いつまでそうしてるつもりだ――?)」


 グルカが挑発がてら、足下の生首を蹴り飛ばしてやると、棒きれのように突っ立っていた男は怒りを露わにするどころか、びくりと身体を震わせ、何かを喚いて走り去ってしまった。

 あれは折れた者の反応だ。


「(……やれやれだな)」


 ため息に似た声を洩らし。

 だが今のひとりを別にして、先ほどよりグルカの期待感は高い。入口付近の“下手くそな隠れんぼ”をする連中に比べれば、奥の連中・・・・は明らかに腕が立つ。


 ならばもっと奥に行けばどうなるか……?


 さらに手強い敵が出てくるというのなら、胸のもやもやにもなっている“弱い者イジメ感”も解消されるし、目標であるここのボスにも会えるだろう。

 そしてボスさえ倒してしまえば、群れが大人しくなるのが道理であり、洞穴の明け渡しも成立することになる。つまりはこのまま自分一人で成果を挙げることも可能だということだ。


「(“狩り”じゃあ、イマイチ達成感がなかったからな……)」


 何となくノせられた感・・・・・・はあったのだ。だが細かい点を拾うよりも、とにかく一番の称号を獲得することが先決であり、そうしなければ気が収まらなかったのだ。だからあれ・・はあれでいい。


「(まあ、このまま俺一人でやり遂げちまえば、今度こそ何の文句もなく、俺が一番だろ。よし、とりあえず一番奥まで行ってみるか――)」


 結局、いまだ勝負を引きずっているのはどうかと思うが。

 それでも、これまでの戦いぶりをみれば、グルカが単独成果を狙い行動することに“非”はない。それに探索者の新人教育を受けていない以上、洞穴に不慣れな者が陥りやすいものとして、繰り返し警告されている内容を知らなかったことも、こうした行動の選択を防げなかった理由でもある。

 だが誰かが、新人教育の内容と同義の警告をしていれば。


 曰く、知らず油断しているぞ――と。


 ◇◇◇


 悪漢共が棲みついている割に、要所であっても松明などの常夜灯となるべきものは見当たらず、移動時の手持ち明かりは必須となっているようであった。

 だから闇に呑まれた通廊の片側より煌々と明かりが照らされているのを目にしたとき、グルカはそこが目的地であろうと察することができた。

 十分な光量を目にした途端、自然と『暗視眼』から常態視に切り替えられ、グルカは軽く瞬きをする。無意識にやっているだけだが、そうすることで眼を馴染ませる効果もあるのかもしれない。

 先ほど敵一人を逃がした件を考えるまでもなく、この先で敵は待ち構えているだろう。だが慎重に行動するにしてもグルカに避けるつもりはない。

 都合良く素足で歩くグルカの足音は響かず、ならばと気配を消すようなことまでもせず。

 ここへ殺戮に来たわけではない以上、ボス相手ならば退去勧告のひとつもすべきとの考もあるからだ。実際、グドゥからもそうしてくれと念押しされていた。

 ならば下手な小細工はいらぬ警戒心を抱かせるだけであり、グルカは普段通りを心がける。

 そこにいかなる強者がいるのか、グルカなりにあらためて身繕いと心構えなどの簡易な備えを行い、胸を期待で疼かせながら入口であろう光の下へ身を晒す。と――



「(――――!!)」



 目一杯に迫る岩塊に、驚きに身を硬直することなくグルカは剣鉈を叩きつけた。先ほどまでと違う掛け値無しの強力な一撃は、岩塊のスピードもさることながら、敵が仕掛けてきた――はたから見れば不可避と思える攻撃タイミングのせいである。


「ハ――それ・・を躱すのか」


 驚きと呆れの声は、避けるどころか真っ向から、直径30㎝くらいの岩塊を断ち割ってみせたグルカの腕前を目にしてのもの。

 特に反応速度より気になるのは、岩を刃物で断つという通常ではあり得ない事象を実現してみせたそのトリックだ・・・・・

 無論、そんな相手の心情などグルカが知る由もなく。


「(悪くない攻撃だ)」


 内心の焦りをおくびにも出さず――いや仮面で表情が隠れているし、外しても人間に小鬼の表情を読み取れるはずもなかったろうが――グルカは余裕の態度で、正面奥にてふんぞりかえる・・・・・・・偉そうな男を褒めてやる。


「…………」

「(……)」


 そこで、相手の言葉が分からないことに二人は気づき沈黙する。


「(小鬼語が解る者はいないのか? パユでさえ俺たちの言葉を流暢に話すぞ)」

「パユ? ……悪いが知らん名だ。それにこんなところへ女が訪ねてくるはずもないだろう」


 何とか聴き取った言葉で想像を膨らませ、会話を試みようとする相手の努力は涙ぐましいが、いかんせん的外れとなっている。

 だが、グルカも相手の言葉から聴き取れたのは少女の名だけ。パユと聞いて色々しゃべっているということは、聞き覚えくらいあるのかもしれないと。


「(ふん? パユを知っているのか……結構有名人なんだな。いや、だから連れ去ろうとしたのか? お前ら何を企んでいやがるっ)」


 勘違いを飛躍させたグルカが、ズイと剣鉈で偉そうな男を差し示せば、隣に控える布きれを被った者を筆頭に周囲にいた者達がひりつく空気を放ち始める。

 交渉どころか悪戯に猜疑心を高め合っている状況に、この場にグドゥがいれば「もう少しやりようはあったろう」と頭を抱えていたに違いない。


 だがはじめから、結末は見えていたようなもの。


 本来、小鬼モンスターと人間が遭遇すれば即戦闘となるのが自然な流れなのだから。

 当然、緊張感の高まりをグルカも感じて――内心では気を引き締め、態度はあくまで悠然と――さりげなく周囲の状況をチェックしはじめる。

 そこはグルカの睨んだとおり、敵ボスのたまり場らしかった。

 炎とは違う輝く物品が四隅から広間を照らし出し、そこにわずかな調度品と大きな木製土台、その縁に沿って並べられた椅子だけが辛うじてグルカに判別できる人間の家財であった。

 暮らしの必需品と思えるものは何もない。

 あまりに簡素な部屋に、だがグルカは何の感慨も示すことはない。関心があるのは別のこと――戦いの舞台としてみた分析だ。

 ポイントは主に二つ。

 かなり広めの空間には、戦うに邪魔となる物がほとんどないということと、この場にいる敵は左に二人、正面の男とそばに佇む布きれの者、そして右の壁際に立ち尽くす獣臭を濃く放つ異形の戦士二匹のみ。

 計六名だけが残る敵戦力だというのなら、いざ戦いが始まればグルカの圧勝で幕を閉じるだけ――そう思うのは、この広間にはひとりとていない・・・・・・・・


 そう、グルカを含めた上で。


 右側にて気を昂ぶらせている異形の戦士二匹だけでも十分な歯応えがありそうなのに、一見して単なる人間にすぎぬ正面の二人にはそれを上回る強者の雰囲気が“匂い”となって嗅ぎ分けられた。

 特に言葉を交わし合った(?)真っ正面の男。あいつこそが洞穴のボスなのだろう。

 上質な椅子に背中を預け、横柄な態度を示す姿に手持ちの石ころを全力で投げつけても回避される確信がグルカにはあった。


 見た目と違って隙が無い。

 そして他に比して“別格”と感じさせる自分に近・・・・い空気・・・――。


 それは隣に佇む布きれの者もそうだ。むしろボスよりも嫌な感じ・・・・がするのは“搦め手”を得意とする者特有の匂いを嗅ぎ取ったからだ。

 相性によってはボスより厄介となろうし、先ほどの岩塊による攻撃も、異形の戦士が投げつけたものではないことをグルカは気付いていた。

 人の身であれだけの大きい岩をあれほど速く投げれるはずもない。いや、人外の戦士であれば可能かもしれないが、この場にそんな都合良く岩が転がっているほど雑な造りの洞穴ではない。

 おそらくは『魔力オド使い』――その見立てで当たりだろう。


 『魔力オド使い』――

 それは万物に宿る魔力オドを意図的に使いこなせる者を差し、グルカ達を含めた“魔境”に棲む知能種の中では認識を共有された存在である。人間達の間では『精霊術士』などと呼ばれていることをグルカも知っている。

 魔力を意図的に使うのは彼らの種族でも難しく、大概が身体能力をアップさせる程度で使われるのだが、それ以上の現象を引き出せる才人が現れることもあり、集落コミュニティ単位で『祈祷師シャーマン』がひとりいるくらいに稀な才能であった。

 だが時折出会う探索者の一行には、驚くべきことに、この希少価値の高い『魔力オド使い』が必ずひとりは存在する。それも戦術的利用を主目的に腕を磨いたような恐るべき術士ばかりが。

 所詮は相容れぬ生き物同士、おおむね敵対するのが常だから、その事実は脅威以外のなにものでもなく、実際、殺すか撃退するのに多くの犠牲を払うことになるのもまた常である。

 しかしながら、例え不謹慎とそしられようとも“その危険な交流”で得られるものもあることをきちんと認め理解しておくことが必要だ。

 魔力に様々な気質・・があると知れたのも彼らとのやりとりで学んだことのひとつなのだから。

 それ以外にも武器や道具の存在に戦い方・・・、そして戦技スキルなど人間には身体能力で劣る以上に秀でるものが幾つもあると気付けるはずだ。その貪欲さ浅ましさ愚かさを侮蔑するばかりでなく、彼らには畏怖すべき部分が確かにあるのだと。

 だから年経た個体ほど、人間を侮る者が減少してゆく傾向にあった。当然、グルカも弱き者から強き者まで振り幅が恐ろしく広い人間の特性を十分に解っているし、それ故に冷静に彼我の戦力差を見極めようとしていたのだ。


(あいつは土の魔力使いだな……)


 重ねてきた戦闘経験から広間にいる相手戦力をグルカは炙り出してゆく。そうするほどに、己の置かれた状況の危うさが浮き彫りになってくる。――これはしくじったか・・・・・・


 左は戦力外。

 中央は互角。

 右は戦力小。


 トータル戦力は向こうが上であり、一斉に掛かられれば、さすがのグルカも対応しきれない。手数で負ければ勝敗の行方は闇に紛れてグルカすらもその帰結を予測し得ないものとなる。


(やるなら先手必勝)


 待てば策を弄する時間を相手に与えるだけ。ならば標的を誰に絞り込むか。


(馬鹿でかい土台が邪魔になって、あの二人がすぐに参戦できるわけじゃない。なら魔力の行使に気をつけつつ、右の二匹をとっとと潰す――)


 グルカにあるのは“撤退”でなく“打開”の思考のみ。単純化した状況把握で有効策をシンプルにまとめあげる。


 単純化し、判断したら即実行。


 その処理スピードが速いほど、勝利する可能性は高くなり戦果は大きいものとなる。経験がそれを裏付ける。

 素早く標的を決めたグルカが右へ重心を預けたところで、敵にも動きがあった。

 ボスの右手が振るわれ、待ってましたと応じるように異形の戦士二匹がこちらへ向かって飛び出してきたのだ。


 とりあえずは様子見――あるいは二匹で十分な戦力と見込んだためか。どのような判断の下にせよ、グルカにとっては好都合。


「(――なんて喜べるかよっ)」


 舐められたと察した途端、グルカの“天才的なプラン”が頭の隅から跡形もなく吹き飛んだ。

 怒りまかせに吼え声を上げ、グルカが向かったのは真っ正面にある木製土台――その先で座して悠然と傍観するボスのもと

 予期せぬ特攻に敵ボスの目がわずかに見開いたのを抜群の視力でグルカは視認する。


「(この俺を相手に、悠長すぎるだろ?)」


 云うなり片足を土台の端にあてがうと、グルカは思い切り・・・・ボスに向かって蹴り込んだ。瞬間的に魔力を注ぎ込み脚力を増強させた上で。



 ズアッ――――



 人間を凌駕する筋力が大人数人掛かりでようやく持ち運べる重量物に恐るべき速さの横滑り・・・を可能とさせる。

 それは魔獣の突進に匹敵する勢い――分厚い木製土台が苦鳴のごとき軋みを上げて猛烈に滑り出し、咄嗟にお腹の前で腕を十字させたボスに激突――そのまま椅子諸共に、固い地盤を削るようにして後ろへ押し込んでゆく。


 耳を覆わんばかりの削盤音に続いて、ごしゃり、と砕けた音は馬鹿げた衝撃力を受け止めた岩壁と椅子の息絶えた音・・・・・


 挟まれたのはボスだけでなく、布きれの者も一緒に巻き込まれていることをグルカはしっかり把握している。そう狙ったのだから当然と云えば当然であるが。

 その結果を最後まで見ることもなく、彼はすぐに間近に迫る異形の戦士へ向き直っていた。


 びくり、と動きを止めたのは二匹の戦士。


 グルカに意識を向けられた途端、彼らの中の野性が猛烈な危機感を嗅ぎ取り、筋肉を硬直させられた結果だ。

 しかし、それも一瞬のこと。生存本能よりこれまでたっぷりと味わってきた“甘い汁”への欲望が上回り、二匹は即座に全力での戦闘を開始すべく準備に取りかかる。

 特殊技能『獣性アニマリティ』の発動だ。



 RGhuaAAAAAA!!



 獣の瞳孔が見開いて、猛り狂う力が心中より目覚めて沸き上がり、その身体が倍に膨れ上がったような錯覚を見る者に認識させる――だが二匹の状態など見定めることもなく、グルカはとっくに間合いを詰めていた。


「(――遅い)」


 冷徹な短い言葉で評して。

 『獣性』の覚醒に要するわずかな凍結時間コールドタイムを見逃さず、無条件で一匹の首を斬り飛ばし、返す二撃目が間一髪正気に戻った戦士の爪に辛うじて阻まれる。


「ガァアアゥアア!!」

「(お前らが悪いっ)」


 不意打ちであっさり仲間を葬られ、犬歯を剥き出しにして怒る戦士に負けじとグルカも威圧で返す。

 強敵の眼前で無防備を晒す態度も、強敵と気づけぬ野性味を駄目にしている日頃の堕落振りが窺えそうな鈍感さも、すべては二匹の落ち度にすぎない。

 負けるべくしての負けだ。

 それさえ気づけぬかと。


「(たるんでるな。お前ら、人間にかぶれすぎだ・・・・・・)」


 見た目はこちら・・・に近いのに、中身がまるで脆弱すぎる。憐れみさえ込めてグルカはとっととケリを着けることにする。

 だが惜しい。

 決して反応速度は悪くない。

 殺すつもりで放ったグルカの二撃が懸命に凌ぎきられ、しかし崩れた隙を三撃目が突こうとしたところで、彼はひょいと屈み込んでいた。

 間髪置かずに先ほどの岩塊が猛烈な勢いで通り過ぎる。土の魔力による攻撃――布きれの者の仕業に違いない。確かに飛び道具ならば、土台に挟まれたままでも攻撃くらいは可能だろう。

 だがボスと違い、その者はまともな防御反応もできずにモロに衝撃を喰らったはず。思わぬタフネスぶりは、その者もまた人間ではなく獣の戦士であったということか?

 防御に転じたグルカの隙を突き、運良く生き延びた戦士が跳び下がる。だが、そうして間合いが空くのを見越し、その機に乗じてグルカは全力で石ころを布きれの者に向かって投げつけた。

 人間ならば一発で即死させる威力の投石だ。



 ガン――……ッ



 相手の胸部に石が命中し、立てた鈍い響きは、あろうことか岩と岩がぶつかり合う音であった。鉄でも革でもないとなれば、いかなる防御がその者を無傷とさせたのか。


「テーブルで俺たちを封じ込め、その間に獣闘士ビースト・バトラーを叩くか……お前ただの怪物ではないな?」


 土台と壁の板挟み――死地から抜け出してきた布きれの者にグルカは注視せざるを得なくなる。それは、ローブを破って膨れ上がった体躯が土台を押し退けた奇怪な脱出法より、実際には体躯でなく大量の岩を瞬時に生み出してみせた魔力使いとしての実力を目にしたために。


(……厄介だな)


 術による単純な攻撃や防御は何度も目にしたことはある。だが足下にある土質を大量に岩に変性させ、身に纏わせるやり口は既存の術に対する高度な応用技に見えた。それは術の幅を広げ、無数の手口を生み出せることを意味するもの。

 いかに恐ろしい術でも知っていれば察知でき、その対応策を実戦してみせることもできるだろう。だが、型にはまらない術・・・・・・・・ともなれば、予測は不可能で臨機応変な対応に頼らざるを得ない。

 敵対する側からすれば、これほど厄介な存在はいまい。そうした危険な匂いを推測よりも肌感覚・・・で察したグルカは何を思うのか。


「お前ひとりじゃあるまい? お前を飼っているのは誰なんだ?」

「(……)」 


 向こうは向こうで侵入者を見定めるべく、対話を模索している、ということであろうか。

 今や破れた布きれを捨て、短パンのみを身に付けた裸の中年がやけにゆったりした足取りでそこにいた。

 恥ずかしげもなく、平然たる態度でほぼ裸身と云ってよい破廉恥な姿を晒しているのは、無論、特別な性癖によるものとは考えられない。

 なぜなら、細身でも引き締まった肉体の肌はまるで足裏のように硬質化してかさついており、長き年月を風雨に晒し陽光を浴びて過ごしてきたことを窺わせるからだ。

 初めてではないのだ――その格好が。


 なぜにそうするのか。いや、そうしなければなら・・・・・・・・・ないのか・・・・


 グルカへゆっくりと近づきながら、その者は手に持っていた土塊を胸にこすりつけた。簡便ではあるものの、まるで定められた儀式に則り厳格に執り行うように、どこか遠くを見る眼差しで。


「一級戦士『岩遣い』のエデストだ――」


 まるで強者への礼儀のごとく、言葉が通じる通じないに関わらず、その者が名乗りを上げた。同時に足下の地面が抉れて、その分だけ足より這い上がり腹や胸を土で覆いはじめる――否、土質までもが変性し拳大の岩塊となって鎧を象ってゆくではないか。


 一歩ごとに足下の土を抉り取り、エデストと名乗る者が『岩鎧』や『岩斧』を自在に創成する。


 組織では稀な術士であり、通常では考えられぬレベルの遣い手であるにも関わらず、幹部になれぬ理由はその回数制限にあった。

 つまり過度な術の行使後一ヶ月は肉体が岩のように変質し、身動き取れなくなる後遺症・・・があるために。

 その要因はエデスト固有の『異能アビリティ』にある。


 『極大協調マキシマム・シンクロ』――

 その効果は力を借りる精霊との協調を極大にまで高め、もはや同調と同義のレベルに引き上げることで常軌を逸した精霊術の行使を可能とするものである。

 それだけに己に流れる魔力が、エデストであれば地属性に変移するだけでなく、血肉すらも変質させて自身を地属性そのものに変えてしまう恐ろしい現象を引き起こす。

 救いは、強すぎる協調が長くは続かず、薄れると共に肉体の変異も解けることにある。いずれにせよ、安易に行使できるものではなく、使わなくてすむのであればそれに越したことはない、ということだ。


 それ故に“切り札”扱いしているが、今ここで使わねばいつ使うのかというやつだ。

 最強札を切る以上、エデストより、必ず仕留めるという無言の気迫がグルカに向かって叩きつけられる。その迫力の凄さに味方であるはずの獣の戦士がさらに後退りしはじめた。


「まあ、誰の使いでもいい。とりあえずお前を仕留めさせてもらう」

「(ふん。これからが本番てわけか? いいぜ、俺もグドゥ達が来る前に、すべて終わらせてしまいたいからな)」


 なぜか互いに、云いたいニュアンスを感じ取れたらしい。

 不敵な笑みを口元に浮かべてグルカは裸の中年と静かに対峙する。

 通常、探索者の魔力遣いは肉体派ではなく、自ら近づいてくることはないのだが、対峙する男は明らかに異質の存在だ。

 後方支援が専門と思えぬ鍛え上げられた肉体を有し、それだけでも一般的な術士から外れた破格の力を感じさせるものがある。

 好きに術を使わせれば厄介なだけ。

 ならば身体能力に物を言わせて、相手の得手を完封して勝利するが良策というもの。


「(手加減抜きでいくぜ――)」


 剣鉈に魔力を通しながら、グルカは洞穴攻略で初めて、本気の一撃を繰り出そうと敵を睨みつけるのであった。

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