第39話 幽界の屍鬼群《アストラル・プラトゥーン》

ヨルグ・スタン公国第三軍団特務派遣団

 コダール丘陵地拠点――


「敵数およそ20。ほとんどが『探索者』の死体で構成されており、確認できただけでも“魂縛の遺体ボディ・オブ・ソウルトラップ”や“魂縛の骸骨スケルトン・オブ・ソウルトラップ”など通常タイプの『徘徊する遺骸リビング・デッド』をメインとした“幽界の屍鬼群アストラル・プラトゥーン”であることに間違いありませんっ」

通常・・か……」


 物見からの第二報を受け取って四番隊隊長であるダシールは皮肉げに唇を歪めた。

 遠征先で『怪物』に襲われる危険はいつものことであり、希に集団相手であっても襲ってくる『怪物』がいないわけではない。

 特に危険度の高い地域では、敵国の軍隊よりも『怪物』の方が厄介ということも当然あり得る話であった。

 それ故、ダシールにとっても『怪物』の夜襲に対する指揮は初めてのことではなく、本来ならば緊張を強いられることなどないはずなのだ。――ここが大陸でも名高い“魔境”でなければ。さらにいえば、相手が“幽界の屍鬼群アストラル・プラトゥーン”でさえなければ。

 総勢500は下らない派遣団の規模からすれば、20人程度の小部隊など取るに足らぬと思うのは人同士の戦に限ってのことである。

 それが、その一体一体が“魔境”に挑むだけの力量を持ち、武器の扱いに長けてるだけでなく精霊術などを駆使してくるとなれば――それどころか若干の不死性さえ有するとなれば、俄然あなどれぬ戦力となってくる。

 しかも事を複雑にしているのは、どうやら、『怪物』に追われて逃げている『探索者』達がいるということ。当然、彼らの救助を考えねばならず、途端に対応の難易度は急激に上昇することになる。

 場合によっては、遠距離から召喚道士による攻撃術をあらん限り叩き込むという力任せの手段もあったのだが、それも使えないとなれば戦慣れしているダシールであっても苛立ちが表れようというものだ。


「追われてる『探索者』のグループは、まとも・・・なんだな?」

「はっ。一人脱落した者がおりますが、いまだ3名の『探索者』がこちらに向かって逃走を継続しているところであります。ただ、負傷している者もいるためか、ほとんど差が開いてない状態です」


 つまりは、今にも全滅しかねない状況であり、間に合ったとしても、誰かを助けるために死傷者を出しかねない危険な状態での救出劇になるということだ。

 冷徹に兵力の損耗を推し量り、得られる戦果とを天秤にかけた上で作戦実施の有無を判断する軍隊ならば、すでに裁定が済んでいる事案とも言えた。


「だからといって、見過ごすわけにもいくまい」


 ふん、と鼻息荒くしてダシールは伝者を下がらせた。とにかく早急に手を打たねばならない。仮に目の前で公国民の犠牲を出したとなれば、騎士団の名折れとダシールは己を叱咤し、隊の参集状況に意識を向ける。


「レシモンドはどうしたっ?」

「まだ着任しておりません。今、人をやってるところで……」


 補佐官の恐縮した返事にダシールは忌々しげに小さく舌打ちする。


「今夜は、俺たちが守備任務だと云っておいたはずだが……」


 「これだから新参者など」と憤りを隠さず『俗物軍団』を軽くこき下ろし・・・・・はじめる隊長に時間は無いのだと補佐官が焦燥混じりに提言する。


「とにかく代役を立てましょう。クローカスに30で迎撃させて、ラクスウェルに20を割り当て背後から突かせれば十分かと」

「奴らに術士がいることを忘れたか?」

「ご心配なく。私が召喚道士を5人連れていき、対応します」


 軍で戦争に特化して術を磨きぬいた『召喚道士』は、通常と違って精霊術や魔術など複数を自在にこなす並外れた才能を持っている。軍の専門機関では『二重使役者ダブル・キャスター』と呼んでいる。

 貴族と縁の深い騎士とは違い、実力がすべての召喚道士育成にあたっては、魔術師達が創設した協会ギルドである『幽界の探求者ソーサリアン』の全面協力の下、専門学校を設立し、在野からめぼしい才能を持った者達を青田刈りして、あるいは自薦推薦による試験を経て入学者をかき集めるのが各国共通の手法であった。

 そうして育成した召喚道士は、並の『探索者』よりも“対人”に関しては戦術の幅も広く熟練しており、彼らの格付けを用いるなら――無論、単純な比較はできないことを承知の上でだが――『三羽』から『片翼』までの実力は確実に有している非常に優秀な術士達であった。

 例え“魔境”に憑いた『徘徊する遺骸リビング・デッド』が相手であろうとも、決して劣ることなどないと確信する。

 召喚道士5人という投入人数は必要にして十分、決して役不足な戦力ではないということだ。それ故、自ら名乗り出る補佐官に「いいだろう」とダシールは迷うことなく承認した。


「急げ、一人でも多く『探索者』達を救出しろ。我らの目の前で死体共に好き勝手させるなっ」

「お任せをっ」


 隊長の激に一礼して辞する補佐官が、付き人に馬を要求して足早に去っていく。

 すぐに隊列を組む騎士達からクローカスとラクスウェルを指名して手短に作戦を伝えれば、場が一気に慌ただしくなってきた。


「道を空けろっ。二隊出るぞ!!」

「ヒルツ、救護班を待機させておけっ」

「ラクスウェル隊、こっちに集合だ!」


 誰かが通路の確保に勤しむかたわら、各班長の号令が上がり、すぐにふたつの分隊が指示通りの人数で編成されてゆく。

 各班長の点呼に武具の最終確認、隊員達の頼もしき覇気が迸って、美しく整然たる動きが小気味よい音を響かせた。

 準備の段階が進むに従い、隊員達の動きがキレを増し双眸や表情が鋭くなってゆく。それは戦いへ赴くための“精神的な儀式”にもなっていたのだろう。

 準備を終える頃には、隊員達に闘志が漲り、見違えるほど精悍な顔つきに切り替わっていた。


「先発隊前へ!!!」


 緊急対応のため、隊長訓示などをすっ飛ばす。

 ダシールが腕を振るうと、迎撃部隊が前進をはじめた。

 第一陣は手槍に大盾を装備したクローカス隊30名。

 少し間を置き、騎士剣ナイト・ソードに菱形の騎士盾カイト・シールドを主装備としたラクスウェル隊20名が第二陣として出立する。

 最後尾は騎乗した5人の召喚道士を率いる補佐官だ。護衛として数名の騎士を帯同させ、他にも救助者の搬送用として数頭の騎馬を連れて行くことにした。


「念のため、柵を閉じる準備もしておけっ」

「出入口の篝火を増やせっ。万一のために火櫓も組んでおくんだ」

「おい、馬を黙らせろ!」


 興奮した馬がいななき、慌てた従卒が前を横切ろうとして叱責を受ける。迎撃部隊の出立に伴い、出入口付近を中心として騎士達の動きがより活発になってくる。

 派遣団全体の運用を考えて、全部で五個ある部隊のうち二部隊は完全休養を言い渡されているが、それ以外は念には念を入れて某かの役目を請け負っていた。

 今宵の拠点警備を割り当てられたダシールの部隊は半数を拠点防衛に当てたまま、残り全部で怪物退治に精を出す方針だ。


「だいぶ人数を割きましたね」

「フレンベル卿」


 同じ百人長の優男に「このくらいは妥当だろう」とダシールは揺るぎなく応じ、フレンベルもまた「私も同じ事をしたでしょう」と長い金髪を揺らしてそばまでやってくると腕組みしてそのまま居着く。

 性格的に自ら誰かとつるむ・・・ことのないダシールではあったが、同じ子爵家の者同士、この金髪優男とは自然と話し合う機会は多かった。まあ、どちらかといえば、今回のようにフレンベルの方から話しかけてくるのが大半であったのだが。


「それにしても厄介な状況ですね。しかもあの数」

「ああ。だが、うまく処理できればそう悪い話しでもない」


 意外にも前向きな感じでダシールは応じる。


「ここで連中をある程度始末しておけば、“探索班”の明日以降の活動に、貢献できると思えばな」

「そういう考えもありますか」


 なるほどと薄い目をさらに細めてフレンベルは口元に笑みを含んだ。


「……それで、そちらの副隊長殿はどちらに?」

「さあな。森に入れぬと文句を言ってた割に、いざ戦いとなればご覧の通り。どこかに雲隠れしたようだ」


 どうでもいいと皮肉るダシールにフレンベルはだが、不審げに細い顎に手をあてる。


「あの男、目を離さぬ方がよろしいかと」

「『俗物軍団グレムリン』だからか?」

「それもありますが……」


 あれでも公国の正式な一軍の一人だ。軍に不利益となるような真似はさすがにすまい。まして、10年前には『双輪』を撃破した救国の軍団だと思えばこそ、ダシールのような根っからの軍人には最低限信じられるものがある。

 それでも、冷静で手堅い用兵をするフレンベルを知るからこそ、何か考えあっての発言かとも思いはするが。


「……早くも接敵しますか。相変わらずダシール隊の練度には感心させられますね」

「その言葉は勝ってから聞かせてもらう」


 二人が見守る中、十人三列で展開したクローカス隊が、中央に一人分が通れる幅を空けて『探索者』達の受け入れ態勢を築いていた。

 だが、生還する希望を見出したはずの『探索者』達の足は依然として鈍く、見守る者をやきもき・・・・させる。


「もう少し早く……っ」


 焦れたようなフレンベルの云うとおり、一列に間延びした『探索者』一行は、最後尾を行く者が、のろま・・・な死者とほぼ同じ速さで走っており、距離をほとんど稼げていない。

 いや、すでに歩いていると表現すべき緩慢な動きだ。

 ちょっとでもつまずけば、追いつかれかねない微妙な距離感に、やはり気になるのだろう、ダシール達の周囲から上がる傍観者達の嬌声も「ぐああ!」だの「くぬぅ!」だの苛立ちが混じり、身もだえするような呻き声になっている。


 見てられねえ――っ


 この時の、皆の気持ちは一緒であったろう。


          *****


 息も絶え絶えに逃れてきた『探索者』を懐に呑み込み、無事に二人目を確保したところで、クローカスは前列に「駆け足前進!」と号令を発した。

 やや遅れた三人目を待っていたのでは、救助が間に合わぬと判断したためだが、その指揮官の意図を十分に察している騎士達は、間髪入れずに猛然とダッシュした。そんな彼らの機転が功を奏する。


「あ――っ」


 おそらく疲労の極みで足をもつれさせた三人目が草原に倒れ込む。転倒寸前に手を伸ばし、こちらへ向けた形相が死を覚悟し恐怖で引き攣る様は一生夢に見そうなものであった。

 だが間一髪、迫る腐肉付きの戦士に怒濤のごとく疾走する前列の騎士達が大盾を掲げてぶつかっていく。


「「「おおぅ!!」」」


 重く鈍い音が響いて、数体の『徘徊する遺骸リビング・デッド』が弾き飛ばされ、あるいは武器を取り落とす。すかさず、走り寄った二列目が倒れた『探索者』を腕力に物を言わせ、引きずる勢いで集団奥に確保した。


「急げ、搬送者!!」


 クローカスが後方に合図を送り救助者の搬送を要求する。


「よし、あとは奴らを始末するだけだ。皆、遠慮無く力を振るえぃ!!」


 分隊に激を飛ばし、クローカスは腕を掲げた。それはラクスウェル隊へ作戦の二段階目に移行したことを告げる合図ともなる。


「ここからが本番だ。戦線を堅守しろっ」


 第三軍団の十八番でもある戦線維持を万全とすべくクローカスは次々に指示を飛ばす。


「おい、予備武器の配置を忘れるなっ」

「二列目との間を適度に保て!」


 集団戦ともなれば、武器の破損、取り落としは出てくるものだ。通常は咄嗟の判断が生死を分ける状況なため、手近のもので代用し急場を凌ぐものだが、この第三軍団においては、武器を失った者は即座に後退し、その穴を直近の待機組が埋めるという仕組みを構築していた。

 これには“人で築く戦線”というものが、疲労や負傷によって簡単に強度が揺らぐことの欠点を補強する意味も込められている。

 実際、後退した騎士は配置された予備武器で新たな武器を補填して、戦線復帰するまで一時的に休息をとることができる。

 もちろん、押し合いへし合い・・・・・・・・の肉弾戦には不向きだが、本戦闘においては最適な戦術であると確信し、クローカスは指名した副官と共に戦線の状態と部下達の体調の変化を見過ごすまいと神経を尖らせる。


「怖れるなっ。集団戦なら我らが上だ!!」


 相手は個々の戦闘力が高いため、激しい攻撃の圧力に防具が損耗するよりも、先に精神の方が参ってしまい戦線の乱れを生じさせかねない。だからこそ、時折、激を飛ばすことも忘れずに、隊の士気を高く保つ。


 凌げ、凌げ!

 耐えろ、耐えろ!


「ぶん回すだけの攻撃など、俺たち“公国の盾”に通用するものか!!」


 お前達は盾だ!

 鋼の盾だ!!


 クローカス達の激しい鼓舞に、隊員は必死で己を奮い立たせる。

 実際、奴らは身に付けた技能を使いもするが、戦闘本能に突き動かされるだけで、思考して戦うわけ・・・・・・・・ではない・・・・。そこが奴らと生きてる自分達との明白な差であり、勝利を信じて疑わぬ理由でもあった。

 どうだ。

 凄腕の戦士とはいえ、ゴツい大盾ラージ・シールドを駆使する騎士を相手に、そう簡単に抜ける攻撃はできまい。

 大盾の向こうで派手な金属音が鳴り響くが鍛え抜かれた騎士達の防御陣が揺らぐことはない。逆に骸骨戦士の一体と幸運にも前線に出ていた術士らしき一体を葬ることに成功したではないか。ともすれば、奴らの損耗次第にもよるが、攻勢に転ずる選択肢も生まれてこようというものだ。

 着実に時を稼ぎ、今少し粘り通せるかとクローカスが次の段階へ思いを馳せはじめた頃。

 やはりというべきか、このまま無難に戦いを流させるような易い相手ではなかった。


 ドガッ――ァア!!!!


 轟音と共に前線の一画が呆気なく崩れ去り、寸前まで自分の隊だけで勝利を得ることを夢想していたクローカスは、思考をうまく切り替えることができなかった。それは副官をはじめ後列にいた誰もが同じであったらしい。

 そこに視線を向けるのも遅れたならば、目にして何らかの反応をするのにも、ワンテンポは遅れてしまう。

 むしろ戦闘中の者の方が、後列の連中よりも先に、危険と承知で反射的によそ見してしまい、鎧の下でどっと大量の冷や汗を流したくらいだ。


「くそおっ」

「誰か、そいつ・・・を――」


 前方の剣撃を盾で受け止めながら、必死に叫ぶ前衛の騎士達を尻目に、状況の悪化を示す血しぶきが舞い上がり、その地点を中心にパニックがわき起こる。


「おい、一体何がっ」

「だめだ退がれっ、立て直せない!!」


 尻餅をついた者や横倒しで気絶している者、思わぬ元凶を目にして硬直している者などの中心に、それ・・はあった。

 全身を杭のようなもので覆われた“針玉”とでもいうべき大きな塊が。それが呆気にとられた騎士達の目の前で、明らかな四肢をにゅっと生やして人の形をとる。

 一瞬、それを目にした者全員が身体をびくりと震わせた。


 何なのだ、あれは――?


 誰もが初めて見るであろう『怪物』の姿に、兜の下で顎をあんぐり・・・・とこれでもかというほど下げまくっていたはずだ。

 鼠の相貌を持つその生き物が『牙鼠人ソードマン』と呼ばれる『上級アッパー』の難敵だなどと知る由もなく、だが、眼前の光景を素直に受け止めれば油断などできるはずもない。


 ギキィ――――ッ

「!!!!」


 大鼠が甲高い奇音を発し、興奮で毛羽立つように杭針をビシリと逆立てるのを目の当たりにして、クローカスの全身が総毛立つ。


「殺せっ」


 指揮官としての指示ではなく、ただ恐怖を振り払うためだけの言葉がついて出る。だが、間違ったことなど云っていない。軍人としての規律も騎士としての誇りもこの場を生き延びてからたっぷりかえりみればいい。

 それほどにマズイのだ――あれ・・を好きにさせるのは。

 戦線どころか隊が壊滅しかねない。


「一斉突撃!!!!」


 身中を揺さぶる激しい警鐘に夢中で応じるべく、クローカスは腹の底から絶叫していた。


「「「――――っ」」」


 騎士達の声にならぬ声が、圧力となって空気を振るわしたのは確かだ。

 指揮官の恐怖心がその場にいる皆に伝播したのか、「殺せっ」の第一声が全員の胸奥に殺意の火を灯し、弾かれるように恐怖の原点に向かって飛び込ませていた。

 だが、一斉に殺意を浴びせられた大鼠も黙って受け止めるはずがない。

 狂ったように禍々しい五爪を打ち振るい、突きかけられた槍を数本切り飛ばし、あるいはまとめて数本の狙いを反らせる。

 強靱な外皮で食い止めたものもある。

 だがそこまでだ。


 ギィギギッ

「ごあっ」

「ふんっ」

 グギッ


 凶爪を潜り抜け、柔らかな胸や腹などに何本もの槍がブスブスと突き刺さり、あっという間に大鼠の体が槍だらけになってしまう。

 それでも深々と槍を突き刺し、懐に迫った騎士が頭を斬り飛ばされ、あるいは耳を押さえたくなるような嫌な音をさせて鎧に爪痕を刻みつつ宙に舞った騎士もいた。

 異常なしぶとさは不死性からくるものか、だが凄まじい抵抗はそこで費え、大鼠の動きは急激に緩慢になり、ただ蠢くだけの不気味な物体と化す。


「……まだだっ」


 だが一息つきたい欲求を抑え込み、クローカスは懸命に部下の尻を叩く。まだ、すべきことが残っているのだと。次の目標を睨み据えながら。


「“壁の穴”を塞ぐんだ……そこに向かって突撃しろ!」


 ほぼ骸骨化した斥候と戦士の死体が割り込んできて、戦線が崩れかけている箇所を剣で指し示す。だがまだイケる。死体共の歩みの遅さが味方して、ギリギリ戦線の復旧が見込める状態だ。

 闘争の神はまだ我らを見捨ててはいない。


「行くぞ――!!」


 体力に余裕があるはずなのに、極度の精神疲労で集中力を欠いている後列の隊員達を奮い立たせるべく、クローカス自らが突進を駆ける。

 軽く腰を屈めて大盾を掲げる基本姿勢をとり、狭い歩幅で安定感のある小走りをする。無防備に突っ込んで土手っ腹に『火矢フレイム・アロー』を喰らった者を何度も目の当たりにすれば警戒もしようというものだ。

 人生、何で命を拾うか分かったものではない。

 クローカスと共に数名が突進をかけ、数体の『徘徊する遺骸リビング・デッド』に肉薄したところで、唐突に銀灰色の刃線が走って気づけばクローカスは草むらの上で寝転がっていた。


(くそっ――何が?)


 考えるまでもない。銀灰色の軌跡など幽界の者が繰り出す剣技スキルに決まってる。基本姿勢でいなければ、今頃は真っ二つにされていたに違いない。

 投げ出された大盾に穿たれた深い溝を見ながら、遣い手の技倆にぞっとする。

 だが、命が助かったからと素直に喜べる状況ではない。がばりと上半身を跳ね起こしたクローカスが目にしたものは、完全に戦線が崩壊し、分隊が分断されて押し込まれていく姿だった。


「この――」


 己が孤立している事も認識できず、何とかせねばと焦って立ち上がりかけたところで、視界の隅の草むらの上に一体の骸骨――“魂縛の骸骨スケルトン・オブ・ソウルトラップ”の影が映り込む。

 動けば――いや黙っていても同じことか。

 冷や汗を額に滲ませつつ、クローカスはゆっくりと視線を上向けて、己にとっての死神を星空を背景に捉えるのだった。

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