第23話:……好きです


 優雨と付き合うことになった修斗は、彼女の部屋に招かれていた。

 ベッドに座り、スマホでゲームをしている。


「……あのですね、優雨さん?」

「なに?」

「この体勢はきついので、そろそろどいてもらえません?」

「いやだ」


 速攻で拒否されてしまった。

 優雨に抱きつかれて身動きが取れない。

 密着されすぎて修斗は「暑いっ」とうなる。


「なによ、私に抱きつかれるのが嫌なの?」

「せめて、クーラーのある部屋ならば」

「扇風機で我慢しなさい」

「いや、そういう問題でもなく。あの、優雨?」


 そもそも、優雨にこんな風に抱きつかれているのが彼にとっては驚きだ。

 昨夜も似たような真似をして喧嘩したのもあり。


――下手に手をだせない。ぐぬぬ。


 何も手を出せず、好き放題にされている。


――抱きつかれるのが嫌ってわけではなくて。


 ただ気恥ずかしくてしょうがないだけ。

 くすぐったいような、そんな感覚だ。

 そんな修斗を気にすることもなく、優雨はと言えば、


「~♪」


 すごくご機嫌な様子で彼に甘えている。

 すり寄る姿は猫のよう。

 至近距離のため、優雨の甘い香りがする。


――女の子の匂いだ。これは男をどうにかしやがる。


 彼はドキドキとする気持ちをどこか誤魔化しながらスマホを操作する。


「ゲームは楽しい?」

「ほぼ作業ゲームだからな。楽しいって言うよりも惰性でしてるだけ」

「そう。私って飽き性だからゲームとかやってもすぐに飽きちゃう」

「続かないんだよな」

「ちょっとつまづいたらアンインストールするタイプだもの」

「そこを乗り越えた先に面白さがあるのだ」

「どうせ最後は課金しなきゃ楽しめないじゃない」


 彼女はスマホを奪い取ると、


「こんなので遊んでないで私を見てよ」

「うっ……」


 修斗に密着したまま微笑む。

 元々、美人な子だが今日は一段と可愛らしく思える。


――くっ、優雨が妙に可愛く見えて困る。


 付き合い始めて数時間、別人のような優雨に困惑気味だった。


「ゆーちゃん、入ってもいい?」


 ノックをする音と共に日和の声が聞こえる。

 どうやら姉が帰ってきたようだ。


「どうぞ」

「シュー君の靴があったけども、仲直りはした……あら?」


 朝のことが気になり、優雨たちの様子を見に来た日和だったのだが。


「あらあら」


 すっかりと仲直り以上の様子にどこか微笑ましそうだ。


「無事に解決済み?」

「おかげさまで」


 昨夜は姉にも心配をかけた。

 いろいろと心配してくれていたのだろう。


「そっかぁ。というか、いちゃラブ? もしかして、ついに付き合い始めた?」

「うん。修斗がどうしても私と付き合いたいって言うから」

「どーしてもとは言ってませんが! 優雨の方こそ、付き合ってあげるような発言をしておいて、この甘えっぷりはどうなのさ」

「うるさい。付き合ってしまえばこちらのものよ」

「ひでぇ」

「アンタは私の恋人。私には自由に甘えてもいい権利が発生するわ」

「マジかよ。別に甘えてくれるのはいいのだが……暑いっ」


 有無を言わせぬ物言いに、日和は口元に手を当てて、


「はぁ。ラブ度は増したけど、普段通りです。変わらないなぁ」

「優雨は優雨ですよ。というか、暑いっす」

「あ、扇風機つけよっか。スイッチオン」


 羽のない扇風機が涼しい風を送り出す。

 この時期に抱きつかれるとホントに暑い。


「ふぅ。ようやく落ち着く」

「なによ、私に抱きつかれて嫌だったわけ?」

「暑いって何度も言ってました」

「恋人同士ならくっつくのも普通でしょ。ていうか、何度かお尻も触られた」

「お前が密着してきた結果であって、俺がしたわけじゃないやい」

「言い訳しない」

「えー、ここで文句言われるのは理不尽だとは思わんか?」


 少なくとも何かしら手を出したわけではない。


「本気なら胸でも揉んでる」

「……ふっ。ヘタレなアンタにその勇気があるとでも?」

「こ、恋人になったらヘタレも卒業しますよ。いずれ」


 今すぐとは言えないのが彼らしさでもあった。

 そんなやり取りをする二人を見つめて日和は、


「それにしても、ゆーちゃん。昨日の今日でこの展開、お姉ちゃんはびっくり」

「……自分でもそう思うわ」

「振り回されてばかりのシュー君が可哀想だわ。ねぇ、ホントにこれでいいの? うちの妹、思ってるよりも面倒くさい子だよ?」

「はっきりと言いすぎです! お姉ちゃん、本音が厳しい」


 ばっさりと言われて傷つく。

 本人を前に堂々と言われてしまい、優雨は唇を尖らせた。


「まぁ、日和さんの言う通りなんでしょうけどね。これも優雨なんで」

「アンタもアンタで認めないでくれる?」

「ホントの事だからな」

「……私、面倒な子じゃありませんよ。気まぐれなだけです」

「そこが問題なのでは?」


 そういう気まぐれさも含めて、優雨の魅力なんだと思い込む。


「ふふっ。ちゃんとわかって付き合ってくれているのなら問題ないわ。これからも面倒くさくて、素直になれないゆーちゃんをよろしくね。面倒くさい子だけども」

「面倒くさいって何度も連呼しないでくれます?」

「……ゆーちゃんはもっと素直になるべきだと思うの」

「今は素直じゃん」

「態度だけ、ね? 気持ち的なものよ。あんまり感情的に怒ったりしないこと。いい? 恋人になったんだから、今ままでみたいに喧嘩してたらダメなの」

「分かってますぅ。そのへんは気を付けるってば」


 彼女としてもこれまで通りのつもりはない。

 せっかく好きな相手と結ばれたのだから、少しは素直になりたい。

 自分を変えるきっかけにしたい。


「それならよろしい。そうだ、シュー君。優雨ご飯を作るから一緒に食べてる?」

「いただきます」

「それじゃ、作ってきます。それまで存分にイチャラブしてね」


 ようやく手にした愛情を手放さないように。

 日和はやんわりと忠告すると部屋を出ていく。


「お姉ちゃんめぇ。人を散々面倒くさい子扱いしてくれちゃって」

「実際そうじゃん。うぐっ」


 びしっと彼女の肘がお腹を突く。


「私は面倒くさい子じゃない。ただ気持ちを表現するのが苦手なだけよ」

「それを世間では面倒な子という……いえ、何でもないです」


 彼女が無言でこぶしを握るのでそれ以上は言えなかった。


「まぁ、無事に恋人になれたのはよかったわ」

「……いいのかねぇ。こんな形で?」

「もう少しロマンティックな告白をしてもらえたらよかったけど。それを修斗に期待するのは無理というものでしょう?」

「言われたい放題だ」


 だが、そこで修斗はあることに気づく。


「ところで優雨。俺、気づいたんだ」

「何に?」

「俺、まだお前の口から好きって聞いてないんだけど?」


 昨夜のうちに優雨の気持ちはとっくにバレていた。

 だから、あえて言う事もなく、付き合い始めていた。


「それは……」

「俺もそうだな。うん、確かに流されてた。ちゃんとこれだけは言わないと」


 改めて修斗は自分の気持ちを伝える。


「俺は優雨が好きだ。お前の事を可愛いって思ってるからな」


 ちゃんと言うべきことは言う。

 これは通過儀礼のようなもの。

 互いに想いを確認し合うことに意味がある。

 修斗の想いが伝わり、優雨は「あ、あぅ」と照れくさくなる。


「で、お前は?」

「きょ、今日の晩御飯は何かなぁ? そろそろできてるかなぁ?」

「あからさまに誤魔化すな!?」


 ヘタレにゃんこは「うぅ」と顔を赤らめて、


「こういうのは、面と向かって言うと恥ずかしいじゃない」

「俺は言ったぞ? 優雨は俺の事をどう思ってる?」

「だからね?」

「優雨。気持ちくらいしっかりと言ってくれよ」


 ここぞとばかりに修斗が攻める。

 どうしようもなく、優雨は頬を真っ赤にしたまま、


「……好きです」


 逃げ場もないので、言葉にするしかなかった。


「あー、もうっ。修斗のくせに。アンタの事が好きよ。好きで好きで、大好きです。これでいいでしょ。文句ある? というか、文句あるならかかってこいやぁ」

「そこでキレるな!? 子供か」

「うるさーい。私が修斗を好きなのはもっと前からです。アンタと違って、一日や二日の気持ちじゃないんだから。そう簡単に言えるものじゃないの!」

「だから、暴れるなってば!? わ、分かった。優雨の気持ちはわかりました」


 優雨に振り回されてばかりの修斗。

 気持ちを伝えるのもこのありさまで、素直になれないにもほどがある。


「……優雨を好きになるって大変だ」


 彼が選んだのはそんな素直になれない子なのだからしょうがない。

 猫系女子との付き合いは簡単にいきそうもない。

 だからこそ、もっと関係を深めていきたいとも思わせられる。

 恋人としての二人の関係がようやく前へと進みだしたのだった――。

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