第20話:ファーストキスの想い


 恋愛漫画が原作の映画は優那の期待以上の出来だった。


「適当にイケメン俳優を使って演出してるだけかと思いきや、ちゃんと原作の雰囲気が出ていてよかったよ。久しぶりにいい映画を見た気がする」

「……俺もああいう恋愛がしてみたいねぇ」


 映画を見終えて、優那達は食事のためにファーストフード店に入っていた。

 野菜倍増のレタスバーガーにご満悦の様子。


「ただ、あの映画の主人公は涙腺が壊れすぎだろ。どれだけ泣けば気が済むのやら」

「そこまで言わなくても。いいじゃないか、女の子の流す涙は綺麗なんだぜ」

「……さすが女の子をたくさん泣かせてきただけのことはある」

「タイムリーすぎだ。それを冗談で返す気力がないので勘弁してください」


 このネタをいじるのは少しばかり意地悪だ。

 ここ数か月の恋愛については反省もあるらしい。

 千秋はふと昔を思い出すように、


「……あの主人公の子を見ているとさ、昔の優那を思い出したよ」

「私? ふざけるな、あんなに私は泣き虫じゃない」

「今では面影すらないが、泣いてばかりいたんだ。楽しくて泣いて、辛くて泣いて。優那の涙は感情表現みたいなものだったよ」


 千秋が「本当に感受性が強くて、優しい子だったんだよな」としみじみと言う。


「そんなことないだろ」

「たくさん泣いて。涙をこぼして。そして強くなりました」

「……褒めてないな」

「いやいや、褒めてるって。優那が泣くたびに対応に困った俺が強くなった」

「そっちか。はいはい。お前は女子を泣かすのが上手になったわけだな」


 優那はどこか気恥ずかしくなり、シェイクを飲みながら視線をそらす。


「私は泣き虫じゃないからな」


 確かに昔の優那は泣きやすかった。

 感受性が強い子で、泣いたり笑ったりする感情表現も豊かだったのだ。


――今とは大違いだな。


 感情表現に乏しく、面倒くさがり屋になってしまった。

 

「いい映画だったな。優那も泣きそうだったろ」

「だから、違うと言っている」

「結構、ウルウルと来てた気がするが?」

「違います。人の顔をジロジロと見ないでくれ」


 叶うはずのないと思っていた恋。

 それが叶った瞬間。

 僅かな映画の光に照らされて、優那の瞳に微かな涙が浮かんだのは秘密だ。


「……この勢いで俺達の関係も変えちゃおうぜ」

「一生、幼馴染のままでいてください」

「なんて生殺しな展開!?」


 千秋はバーガーをかじりながら「いや、冗談ですよね?」とこちらをうかがう。


「本音が半分」

「よかった。全部だったら俺の夢がなくなる」

「その半分の理由を教えてやる」


 意外にも真面目な理由があるんだ。


「私は常に千秋に救われている。幼馴染としては最高の存在だと断言できる」

「やべぇ、嬉しいけど喜べない……せめて恋人未満になりたいのに」

「幼馴染以上を私が求めてないから無理だな」

「求められるように頑張ります」


 食事を終えて店を出ると天気が少し曇りがちだ。

 どんよりとした天気は気分も沈む。

 雨が降らないかと心配になり、携帯で調べていると、


「……優那」

「なんだ? 雨なら心配なさそうだ。調べてみたら今日は雨は降らない」

「そうじゃなくて……」


 千秋がふっと少し間合いをつめて、優那に尋ねてくる。


「……俺たちは恋人になれないのか」

「分かるだろ。私は恋愛をしない、そう決めた事を……」

「それがそもそもの間違いじゃないのか。優那は自分で自分を苦しめている。そうやって、自分を追い込んでどうするつもりなんだよ」

「千秋……」


 彼が踏み込んできたのは、優那の心。

 今までは遠慮があって踏み込むことはなかった。

 彼も後には引けないと考えて前へ進もうとする。


「私は時々、お前の優しさが苦手だ、本当に苦手なんだよ」


 普通なら諦めてしまうはずなのに。

 千秋はしつこいくらい、諦めてくれない。

 諦められたら、それはそれで傷つくのだろうけども。


「俺には優那の心のうちがまだはっきりと理解できていない」

「私を理解するなんて無理だ」

「いや、理解したいと思う。今日はちょっと踏み込むぞ」


 好きだから、傷つけるのではないかと思い遠慮してきた。

 その遠慮が今日までの微妙な関係になってしまった。


「俺は優那の本心が知りたいんだ」


 彼は前置きをして、ふたりの間では長年、NGワードにしてきた言葉を呟いた。


「……ファーストキス、覚えてるか?」

「え?」

「それさえも忘れてしまったのか」

「なぜ、そんな事を聞くんだ……?」


 ファーストキス。

 あの記憶を忘れているわけがない。


「覚えているなら、もう1度あの時の気持ちを思い出して欲しいから」


 千秋と優那は幼い頃にキスを交わした。

 恋に憧れ、キスに憧れたあの頃。

 緊張と照れくささが入り混じった初めてのキス。

 千秋の照れ笑う顔が好きだった。


「あの時の優那に俺は戻って欲しいんだ」

「……覚えているよ、千秋。そうだな、あの頃に戻れたらよかったのにな」

「今からでも遅くはないはずだ」

「私は決めたんだよ。恋愛には関わりたくないって」

「どうしてだよ、優那。どうしてそこまで……」


 ここまで心を閉ざしている理由。


「分かった。お前には私の全てを教えてやる」


 優那も覚悟を決めた。

 いつまでも逃げるわけにはいかない。

 千秋との関係をどう続けていくのか、それを考える時がきたということだ。

 幼馴染の関係ですら終わりになる可能性があっても。


「デートの最後だ。私についてきてくれ」


 とるとある場所に向かい始める。

 優那の心には深い傷がある。

 それを乗り越えることができるのか。

 不安でいっぱい。

 でも、少しばかりの期待を胸に夕焼けの街中をふたりで歩き出した。

 

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