子どもの心の声は、親に聞こえてるのか?
卯月ふたみ
親は子どもの心の声が聞こえる?
小さい頃、親は私の心の中が読めているのではないかと思っていた。
それは「挙動などから推察する」という意味ではない。
「心の声が聞こえている」と、半ば本気で思っていた。
だって、嘘をつけばすぐバレたし、悲しい気持ちでいればいつも優しいコトバをかけてくれた。
だから料理を作っている母親の横顔を見ながら「俺の心の声が聞こえてるの、知ってるから!」と念話をしてみたり「万引きしてやるぞ~」とか「人を殺しちゃうぞ~」とか、悪い事を考えてはその都度、親の顔を伺ったりした。
しかし、そういう時に限って両親は「我知らぬ」という顔をしている。
私は親がいつ隙を見せるか、駆け引きをたくさんした。
でも、そんな妄想も次第に薄れていった。
経験を重ねていくうちに「親は子どもの心を読めていない」という事に気付き始めたのだ。
回数を重ねるほど確信していった。
そして、思春期をむかえる頃には、もう「親は子どもの心の声が聞こえる」と疑っていた、という事を忘れていた。
まあ、そりゃそうだろう。
人の口に戸は立てられない。
もし親にそんな能力が備わっているのであれば、それを子ども一切悟られないなんてことは不可能だ。絶対に映画やら小説やら、子育てハウツー、少なくともネットでは必ず見かけるはずだ。
でも、なかった。
そんな片鱗は示されなかった。
そう。
親は子どもの心の声は聞こえない。
そんなアホな事を考えていた私も、気付けば28歳になっていた。
ありがたい事に大学まで親に面倒を見てもらい、それなりにいい会社に就職した。
仕事も慣れて、卒なくこなすようになった頃、取引先で素敵な人と出会った。
喧嘩はすれど、お互いに尊重し合っていた私たちは、お互い良いころ合いかな?って結婚することになった。そしてやがて子どもを授かった。
子どもを授かったと知った時、ふと「親は子どもの心の声が聞こえる」なんていう妄想にとりつかれていた時期があったな、なんて思いだした。
まあ、当然のことだけど、オギャーと泣きながら生まれてきた赤ちゃんが心の声で「はじめまして、お母さん、お父さん」なんて挨拶してくるはずもなく。
というか、そんなことはどうでもよくて、とにかくわが子が愛おしかった。愛くるしかった。しわくちゃでサルみたいだったが、それでも世界で一番可愛い存在だと、信じて疑わなかった。
わが子は可愛い。
とても可愛い。
愛くるしくて、目に入れても痛くないとはこの事だろう。
もう食べちゃいたいくらいだ。
で、その子供もすくすくと育ち、2歳になる前くらいになった頃だろうか。
そう。
ちょうど、少しずつ言葉を覚えていく時期。
めっちゃ、子どもの考えている事がわかるようになった。
表情とか、声色とか、目の色とか見てればわかってしまう……というわけではない。
完全に心の声が聞こえるようになった。
2歳なので大したことを喋らないが、パパとかママとかブーブーとか、口が動いてないのにはっきり聞こえる。
というか、近くにいなくても聞こえる。
仕事中でも、電波バリ3で聞こえる。
完全に心の声が聞こえるようになっていた。
これがまた、可愛いのである。
愛おしくて、早く家に帰りたくなる。
ぎゅーってしたくなる。
世のサラリーマンたちが、子どもをスマホの待ち受けにしている理由が分かった。
もう、心の声は聞こえてるから、画面を見ればすぐ近くにいる感覚になるのだ。
さて。
しばらくして、ふと心配になった。
心の声は、いつまで聞こえるのだろうか。
みんなにも思春期を筆頭に、あれ聞かれてたら本気で恥ずかしい、みたいな事がたくさんあるのではないだろうか。
中二病的なこととか、異性関係とか。
できれば、大人になるにつれて聞こえなくなっていく事を願っている。
かなり本気で。
「大人が子どもの心を読める」という事実は、どうやら不文律だが禁止されているのだろう。
世の親たちが頑なに守ってきた真実だ。
だから、私も誰にも言わないでおく。
子どもには当然、親や、同級生にもだ。
ただ、パートナーとだけはお互いに、子どもの声が聞こえている事を確認した。
それも、念話で。
どうやら子どもを媒介として二人の中でも何かが繋がったらしい。
当然の帰結なのか、偶然の副産物なのかは知らない。
しばらくして、色々合点がいくようになった。
皆も思い返してみて欲しい。
父と母が二人だけで会話しているシーンを、見た事あるだろうか。
もちろん、念話ではなく言葉を交わしたいという夫婦もいるだろう。
しかし、私は両親が会話している姿をほとんど見た事がない。
なのに、例えば、朝、喧嘩していたはずなのに、会社から帰ってくると仲直りしてたことがないだろうか。
これは、昼間にさんざん念話で言葉の応酬の末、仲直りしていたのだ。
他にも不思議な点はいくつもある。
父は何も言っていないのに、母がお茶を持って行ったり……
「今日はたぶんお父さん遅いから」と連絡がなくても帰りの時間を知っていたり……
母の機嫌が悪い日に限って父の帰りが遅かったり……
見た目には会話のない夫婦でも、実は念話でいっぱい喋っていたのだ。
子どもが思っていた以上に、世の夫婦はたくさんの言葉を交わしていたるのだ。
親になってみて初めてわかることがたくさんあった。
ここまで子煩悩になれるという事。
子どもにはたくさん時間を使うという事。
心の声が聞こえるようになるという事。
心が読めたところで躾は難しいという事。
そして、子どもの成長が想像以上に早かったという事。
あっという間に子どもは成人した。
大学を卒業して、就職した。覚える事がたくさんで心の声は大変そうだけど、どうやらやりがいのある仕事につけたみたいで、ようやく一安心とういうところだ。
そして、未だに子どもの心の声は聞こえている。
一度、親に聞いてみようと思った事があった。
「まだ、私の心の声は聞こえてるの?」って。
でも、きっと正直には答えてくれなかっただろう。
きっと、「なんのこと?」なんてはぐらかすに違いない。
だって、私も子どもが親になってそう聞かれても「なんのこと?」と返すと決めているからだ。
でも、今でも私は時折、親に対して心の声で問いかける。
「まだ聞こえてるの?」
と。
その答えは返ってこないが、ひとつだけいい活用方法があるのを見つけた。
なんと「久しぶりに地元のお米が食べたいなあ」と心の中で呟くと、数日後、田舎からお米が送られてくるのだ。
ぜひ、あなたも心の声で食べたいものを念じて見てほしい。
親って、子どもの食べたいものを用意したいものだから。
おわり。
191003:加筆修正
子どもの心の声は、親に聞こえてるのか? 卯月ふたみ @uduki_hutami
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