似たもの同士*
ぽーい、と。
まるで玩具のように綺麗な半円を描いて、草原へ投げ飛ばされるエルフィのことを、ニールはそわそわしながら見守っていた。
エルフィを投げ飛ばしているのはシャーナである。
戦う為の練習として、まずはどんな手を使っても良いから一発当ててみろ、という姉兼師匠の言葉に頷いたエルフィは、何度目かの返り討ちにあってまた宙を舞った。
エルフィが飛んでいくたびに、ニールがぺしり、と尻尾で地面を叩く。
ぺしり、ぺしり、ぺしり。
本当なら人型になって、ニールも練習に付き合ってやるつもりだった。
が、ニールは冗談でもエルフィに牙を向けない、よって見学である。
エルフィが戦える様になりたいと言うなら、それは尊重する。
実際お互いがどう動けるのかを知るのは重要だ、守る為にも協力する為にも。
ニールの飛び方をエルフィが知る様に、ニールもエルフィの戦い方を知らねばならない。
見守る内に、エルフィに眠っている才能の片鱗を幾つかニールは見つけていた。
まず体が柔らかい、そして軽い。
吹っ飛ばされるうちに受け身も取れるようになってきたみたいだし、これなら万が一、ニールの背から滑り落ちても、体を痛めずに済むかもしれない。
攻撃も色々工夫して、左右から入ったり、上から下からと、一辺倒にはならないようにしている、届いてこそいないが、時々シャーナが楽しそうに笑うのはそれが理由だろう。
頭も柔らかいということだ、エルフィは何処もかしこも柔らかい。
体力がついて、武器の扱い方も身に染みたら、もしかしたら化けるかもしれない。
「やぁーっ!」
エルフィが気合い十分、声を上げてシャーナの懐に飛び込んだ。
当然、それを投げ飛ばすべくシャーナは余裕の表情で構えを取る。
が、普通の人間なら中々出来ないような体の使い方をして、柔らかいエルフィはシャーナの足を払いに掛かった。
胴体を狙うふりをして、相手の軸足を狙う訳である、シャーナが目を丸くし。
「わぁー!」
心底楽しそうな声を上げて、二人は揃って地面に倒れ伏した。
「なんだこれ、一本?」
倒れた二人に困惑した顔でルドーが問い掛ける、シャーナが倒れたまま笑っている。
「引き分け!」
「……あそばれた、適当にあしらわれました」
草まみれになったエルフィはのろのろ起き上がり、半泣きでニールに訴えてきた。
こればかりはしょうがない、そもそもシャーナに本気なんて出させるものじゃないし。
「頑張った、頑張った」
ニールが言えば、エルフィは涙を拭い立ち上がった。
実戦を迎えるにはまだまだ先は長いが……あっという間に過ぎ去っていきそうな、そんな一日。
「シャーナ、終わった?」
「はいはい、散歩ね。
分かったから落ち着いて、ヴァン」
若葉色がのしのし歩いてシャーナに顔を擦り寄せている、呆れながらもまんざらでもなさそうなシャーナは、エルフィに振り返って言った。
「続きはまた明日ね!」
「はぁい……」
疲労困憊、といった様子でニールに寄りかかっていたエルフィは何とかシャーナに手を振り返す。
何回投げ飛ばされたのか、数えるのも馬鹿らしいくらいには宙を舞った。
虚空を見上げているエルフィにルドーが話しかける。
「いやぁ、それにしても驚いたよ。
エルフィがあんなに動けるとは」
「わたしも初めて知りました……昔は走るとか動くとか、しようとも思わなかったし」
エルフィはすぐ息も上がって熱も出していた過去のことを思う、こんなに飛んだり跳ねたりしたのは初めてかもしれない。
そう思ったあたりでエルフィは笑った、自分は今日、随分楽しんでいたみたい。
やっぱり、自由に動ける体は素晴らしい。
「こんどミミとけんかする〜?」
「リリともやる〜?」
「それは死んじゃうから……肉体が死ななくてもわたしが死ぬ……」
リリとミミが純粋な瞳で恐ろしい提案をしてきたのでエルフィはそれを優しく却下した。
つまらなそうに双子は翼をバタバタさせたが、あっと声を上げる。
「そしたら、けんかじゃなくてぽいぽいするのは〜?」
「ぽーんって飛ばすの楽しそうなの〜」
「遊びにみえてましたかぁ」
全身から力が抜けて、エルフィはずるずると座り込んだ。
ちなみに背にしているニールは居眠りをしていた、引っ張られてとても眠たい。
今にも寝そうなエルフィの姿を見たルドーは苦笑いし、双子に言った。
「エルフィの代わりに俺が付き合ってやる。
リリとミミは俺を吹っ飛ばせるほど大きくなったかな?」
「ああ? パパくらい余裕なの!」
「なめんじゃねぇ、なの〜!!」
ルドーの誘導によって、双子のはしゃぎ声はエルフィとニールから離れていく。
風の音だけ聴きながら、ふたりの寝息は重なっていった。
***
眠っていた時間はそれほど長くはない。
意識が覚醒し始める中でエルフィは、ああ、ニールが起きたんだなと理解する。
瞼を閉じたまま、手探りで鱗を撫でると首が持ち上がった気配。
目を開けば想像通り、近くに竜の顎があった。
「疲れましたねぇ、ニール」
呼び掛けながら右手を伸ばし、顎の下を撫でてやれば、喉がぐるぐる耳元で鳴る。
無心で撫でていると、大きな口が開いた。
「……きみが強くなるなら」
溢れてきた言葉を聞きながら、エルフィは瞬きをする。
何だか昔より、ニールは発声が上手くなった、陰で練習でもしているのだろうか。
対話をするのに竜の体は不向きだからと、人型を取る場合も多い彼だけれど、エルフィはニールのこの声が好きだ。
ただくぐもっているのではない、肉体の内側で反響して回る低い竜の声。
「俺も強くならなければ」
「今以上に?」
エルフィが問い掛けると、ニールの黒い瞳は彼女を見た。
海色の髪が、銀色の鱗の上で広がっている、まだ夢現のようで少し潤んだ藍色が、ニールを愛おしそうに見つめている。
「きみに負けてはいられない」
ニールの答えにエルフィは、ふふと笑って身を捩った。
「わたしだって負けませんよ」
恐れもせずに牙に触れてくる指が、竜の顎を眼前に眠たそうにしている顔が、底知れない可能性を感じさせて、ニールは唸った。
そう急いで強くならずとも良いのに、だって俺が守るのだから。
顎先で額をつつけばくすぐったがって、エルフィはニールの首を宥めるように軽く叩く。
「足手纏いにならないだけの力がつくまでは、ちゃんとお留守番していますから」
「良い子、なら良い」
ぐるる、と唸った音は満足そうだ。
エルフィはねえとニールに呼び掛けた。
「わたし、空が飛びたいです。
いいですか?」
「構わないよ、眠気覚ましにちょうど良い」
エルフィが預けていた身を起こせば、ニールも立ち上がる。
銀色の岩だとばかり思い込んでいた鳥たちが慌てて飛んでいった。
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