第290話・秘めた想い

 インターハイへ向けた女子バスケ部の厳しい練習は続き、それに伴って茜の自主練習もその量を増していた。そしてそんな日々がずっと続くような錯覚さえ覚える厳しい練習の日々が続く中、インターハイの本番はいよいよ明後日に迫っていた。


「茜、そろそろ練習を切り上げろよー!」

「分かったー!」


 今日のチーム練習後も、俺が洗濯をする間ずっと茜は練習に打ち込んでいた。茜の直向ひたむきさと実直じっちょくなところは尊敬に値するところだが、さすがに少しはその身体を休ませた方がいいと思う。明後日から始まるインターハイに支障が出ては本末転倒だから。

 そんな心配をよそに、茜は俺の言葉に返事をしてから本日最後のシュートをスリーポイントラインから放った。茜の手から放たれたそのシュートは綺麗な弧を宙に描きながら、まるでゴールへ吸い込まれるかのようにして入った。

 そしてお互いに帰宅の準備を済ませたあと、俺達は花嵐恋からんこえ学園を出て帰路を歩き始めた。時刻は十八時を少し過ぎたくらい。冬場なら既に真っ暗になっている時間帯だけど、夏場の今はこの時間でも十分に明るい。


「なあ茜、疲れてるところ悪いけど、今からちょっと時間はあるか?」

「えっ? 別に用事は無いからいいけど、どうしたの?」

「いや、別に大した事じゃないんだけど、明後日からインターハイも始まるし、明日はインターハイがある会場まで行くだろ? だからその前に、いつものファミレスで茜の英気を養ってやろうと思ってさ」

「えっ!? 本当にいいの?」

「ああ、でも食べ過ぎには注意しろよ? こんな時に腹でも壊されたら、俺が女子バスケ部の全員に恨まれるからな」

「やったー! 龍ちゃんと二人でファミレスなんて久しぶりだね」


 茜は重たい荷物を持っているにもかかわらず、小躍りするような軽快な動きを見せた。


「くれぐれも食い過ぎるなよ? それと、ファミレスへ行く前にみどりさんに連絡を入れとけ、帰りが遅くなったら心配するから」

「うんうん、直ぐに連絡するよ」


 本当に嬉しそうにしながら鞄から携帯を取り出し、茜は母親の碧さんに連絡を入れ始めた。その時の茜が話していた内容から推察すると、どうも碧さんも一緒に来たがっていたようだが、茜はそれを断固として拒否していた。

 俺は別に碧さんが来ても良かったんだけど、茜はそれがどうしても嫌だったらしい。まあ俺も茜の立場だったら同じ事をしていたと思うから、別に茜の行動を変だとは思わない。けれど、もう少しだけ茜と二人で居られる事に嬉しさを感じていた自分に対し、酷い違和感を覚えていた。

 だけどその違和感を俺がどういった理由で感じているのか、それは薄々分かっていた。だってそれは、遠い昔の自分が一度は感じていた想いだったから。

 そう、俺は茜と一緒の時間を過ごす内に、茜の事をまた好きになっていたのだ。あの幼い時のように――いや、もしかしたらあの頃以上に。だから少しでも茜と一緒に居る時間を大切にしたかった、例えそれがどんな事であっても。

 そんな想いを心に秘めている事は知られないようにしつつ、俺は茜といつものファミレスで楽しい一時を過ごした。


× × × ×


 翌日の早朝、俺は茜と合流してからその足で女子バスケ部の人達と合流し、新幹線に乗ってインターハイが行われる会場へと向かった。そして新幹線に揺られる事しばらく、お昼になろうかという頃に会場がある地域へと辿り着いた俺達は、今日から泊まる予定の宿のロビーでコーチから注意事項を言い渡されていた。


「――というわけで、今日は十八時まで自由行動を許すけど、くれぐれも軽率な行動は取らないように。あとは良識と常識と節度さえ守れば、何をして過ごしてもいいわ。では、十八時まで解散とします」

「「「「「はいっ!」」」」」


 コーチの言葉のあと、部員達はそれぞれの自由時間を過ごす為にあちらこちらへ散って行った。


「そんじゃ茜、俺は自分の荷物を親戚の家に置きに行って来る」

「あっ、私も付き合うよ」

「いいよいいよ、せっかくの自由時間なんだから、少しは楽しんだり休んだりしとけよ、親戚の家もそう遠くはないし」

「私が龍ちゃんについて行きたいんだからいいでしょ? 駄目なの?」

「いや、駄目って事はないけど」

「それじゃあいいじゃない、さあっ、はりきって行こうっ!」


 俺の気遣いも虚しく、茜はそう言って前を歩き始めた。昔っから言い出したら聞かない奴だが、インターハイを明日に控えた状態で普通にしているのを見ると、俺としてはなんとなくほっとする。

 そんな茜を見てちょっと安心しつつ、茜と一緒に親戚の家へ向けて歩き始めた。


「そういえば、ごめんね龍ちゃん、せっかくマネージャーとして来てもらってるのに部屋が取れなくて」

「気にすんなよ、同性ならともかく、男の俺が女子部員に混じって寝泊りするわけにはいかんだろ?」

「そんなこと言って~、ホントは一緒の部屋に泊まりたかったんじゃないの~?」

「あのなあ、男女比率が同じならともかく、女子の群れに男一人とか、肩身が狭いにも程があるわ」

「ははっ、それもそっか」

「そういう事だ」

「でも、こっちに龍ちゃんの親戚が居て良かったなあ、もしも龍ちゃんが来られなかったらどうしようかと思ってたから」

「そうなのか? まあその時はその時で、ビジネスホテルに宿を取ってでも来ただろうけどな」

「そうなの?」

「ああ、茜が頑張ってるところが見たかったしな」

「えっ!? 私の?」

「ああ」

「女子バスケ部じゃなくて?」

「えっ? あ……いやその…………」


 思わぬ部分にツッコミを入れられ、俺は思わず動揺してしまった。そしてあまりにも自然に自分の気持ちを口にしていた事に、俺は凄まじいまでの恥ずかしさを感じていた。


「ど、どうしたの? 龍ちゃん?」

「い、いや、何でもない。要するにほら、茜が頑張っているのを見るという事は、女子バスケ部が頑張ってるのを見るって事と同義なんだよ」

「そうなんだ……」


 茜はそう言うと、少しだけ顔を俯かせて寂しそうな表情を見せた。


「で、でもさ、俺は茜がかっこよくバスケをやってるのを見るのは好きだぞ?」

「かっこよく?」

「ああ、昔っから茜がバスケをしてるのは知ってたし、その姿を何度も見た事はあった。けど今回みたいに練習風景を見るのは初めてだったし、練習に一生懸命に打ち込んでいる茜はなんていうかその……凄くかっこいいなって思ったんだよ」

「そっか……ねえ龍ちゃん、私が何でバスケットを始めたのか分かる?」

「いや、分からないな。そういえば、小学四年生くらいから突然バスケットを始めたよな。どうしてなんだ? 特に興味も無さそうだったのに」

「それはね、あの時の龍ちゃんがバスケットにはまってて、一緒に遊ぶ為にバスケットを覚えようと思ったからなんだよ?」

「えっ? そうだったんか?」

「うん。でも、やってる内にバスケットが楽しくなって、いつの間にか龍ちゃんよりも上手くなってたよ」


 まさか茜のバスケを始める切っ掛けが俺だったとは知らず、その事に驚きを隠せなかった。


「でもさ、一緒に遊ぶ為って言っても、どうしてそこまで一生懸命だったんだ?」

「そ、それはその……龍ちゃんと一緒に居たかったからと言うか何と言うか……」

「俺と一緒に?」

「あうぅ……こ、この話は今日は終わりっ!」

「ええっ? どうしてさ?」

「どうしてもっ!」

「何でだよ? 別に話してくれてもいいじゃないか」

「そ、そんなに聞きたいの?」

「聞きたいね」

「もうっ……それじゃあ、インターハイが終わったあとに聞かせてあげる。だから、それまでは何も聞かないで」

「……分かったよ」

「ありがとう。さあっ、どんどん進んでくよっ!」


 赤ら顔を見せないようにしながら、どんどん前へ進んで行く茜。そんな茜の言葉と態度に、俺の胸は早鐘のようにドキドキと高鳴っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る