第291話・戦いの時

 各都道府県から代表の二文字を背負って出場する、高校バスケットボールインターハイ本戦。本気でバスケットに打ち込んで来た高校生にとって、このインターハイは夢にまで見た舞台だと言えるだろう。そしてそれに伴うプレッシャーは、俺が想像しているよりも凄いものだと思える。

 事実、現在コートの半分を使って試合前の練習をしている女子部員達は、いつもより表情も動きも硬い。そしてそれは、あの茜すら例外ではない。しかしそんな中でも唯一いつもと同じ軽やかな動きをしているのは、キャプテンの新井さんくらいだ。

 それにしても、インターハイ初出場という事もあるから緊張するのは分かるけど、あんな状態でまともな試合が出来るのだろうかと不安になる。


 ――こっちに比べてあっちは落ち着いてるな。


 花嵐恋からんこえ学園の初戦の相手は、去年インターハイベスト9の四方しほう学園。やはり去年のインターハイにも出ているだけあって、あちらの部員にはこちらほどの緊張は見られない。


「みんな動きが硬いよっ! 初戦だからって硬くなってたら、あっと言う間に負けちゃうからねっ!」

「「「はいっ!!」」」


 様子を見ている俺が不安を感じていたその時、キャプテンである新井さんが声を上げた。流石は女子バスケ部のキャプテンだ。

 そして新井さんのそんな一言が効いたのか、部員達の動きは徐々にいつもの軽やかさを取り戻していった。


「五分前です」

「よしっ、全員集合!!」


 試合開始五分前の知らせが出ると、コーチが全員にベンチへ集まるように指示を出した。その声に反応し、女子部員はボールを持って素早くコーチのもとへと集まる。


「よし、これから花嵐恋学園女子バスケ部初のインターハイが始まるけど、相手は去年のベスト9、一瞬でも気を抜くとあっと言う間に突き放されるからね。今日負けて帰るか、勝って明日も戦うかは自分達次第、だからいつもの練習どおりに実力を発揮してきなさい」

「「「「「はいっ!!」」」」」

「よろしい、ではいつものように一番は新井でいく。相手は身長の高いチームだから、上のパスのカットに気を付けなさい」

「はいっ!」


 バスケットにおいて一番のポジションとはポイントガードだが、このポジションはとても重要な位置に当たる。ポイントガードはコート上の監督とも言われる司令塔であり、ゲームメイキング能力やボールの保持能力、視野の広さなど、あらゆる部分が必要になるとても重要な役割だ。

 このポジションに視野も広くボール保持力も高い新井さんがつくのは、至極当然と言えるだろう。その実力は素人の俺が見ても分かるくらいにポイントガード向きだ。


「続いて二番は水沢、お前に任せる」

「はいっ!」


 二番のポジションはシューティングガード、一番と似たような役割を持つポジションだが、このポジションを受け持つ者は特に得点感覚に優れた者が多い。相手を抜き去ってのシュートや、スリーポイントシュートなど、あらゆる場所から得点を取っていく点取り屋が多いポジションだ。女子バスケ部でも有数の点取り屋である茜には相応しいポジションだろう。


「続けて三番は姫城ひめしろ、四番は藤波ふじなみ、五番は高梨たかなしでいく」

「「「はいっ!!」」


 三番のスモールフォワードには、フィジカルが強くて得点力もある姫城さん。四番のパワーフォワードには、タフなフィジカルと高い身長と技術がある藤波さんが選出された。どちらもそのポジションを受け持つに相応しい選手だ。

 そして一番と並び重要で、ゴール下の要となるセンターは、チーム一番の高身長と強いフィジカルを持ち、何者にも負けまいとする強い精神力を持つ高梨さん。その圧倒的存在感は味方にとって頼もしく、相手側には脅威となるだろう。


「一分前です!」

「よしっ、それじゃあこのゲームも大いに楽しんで来い!」

「「「「「はいっ!」」」」」


 コーチの声にスターティングメンバーの五人が返事をすると、そのままスッと円陣を組み、その円の中心に右手をそれぞれ差し出した。


「まずはこの試合に勝って次の戦いに進むよっ! カランコエー! ファイ!」

「「「「オオッ!!」」」」


 キャプテンの新井さんの声に合わせ、気合を入れる面々。そしてそれが終わるとほぼ同時に、試合開始のブザーが館内に鳴り響いた。


「茜! 頑張って来いよっ!」

「任せて龍ちゃん! カッコイイところを見せてあげるから期待しててねっ!」


 練習が始まった時には緊張していたけど、どうやら最初の関門も良い具合に乗り越えたようで、茜はいつもの爽やかな笑顔でそう言ってコートへと向かった。

 俺はベンチの横から固唾を飲んで試合が始まるのを見つめいていたが、胸の鼓動は速くなり、妙な息苦しささえ感じていた。


「「よろしくお願いしますっ!!」」


 二チームがセンターサークルに引かれた中心線を挟んで横並びになり、気合の入った挨拶のあとで正面に居る相手と握手を交わす。それが済むと最初のボール所持争いであるジャンプボールをする為、審判がボールを持ってセンターサークルの中心部へと向かう。

 いよいよ始まる試合を前に、館内に居る観客が静かにざわめく声が聞こえてくる。そしてボールを持った審判がセンターサークルの中心からややずれた位置に立つと、一番背の高い者がそれぞれセンターサークルの中心線を挟んだ対面上に立った。


 ――やっぱり相手は高いな。


 最初のジャンプボールは基本的にジャンプ力のある者や、身長の高い者がやる事になる。だから我が学園からは、チーム一番の180センチの高身長を誇る高梨さんが出るわけだが、相手はそんな高梨さんよりも高い。


 ――相手センターが身長185センチ、他の四人も一番小さい人で160センチ、残り三人は全員170センチ越えか、これは結構厳しいな。


 バスケットにおいて高身長というのは、とても大きな有利アドバンテージとなる。身長が高ければパスも通しやすいからオフェンス面でもお得だし、ディフェンス面でも相手への大きなプレッシャーとなるからだ。我が学園の女子バスケ部は決して身長の高いチームではないから、いかに相手の高さに対抗できるかが勝負の鍵となるだろう。

 そんな事を考えながらコートの中心を見つめていると、審判が持っていたボールを真っ直ぐ上へと放り上げた。そして宙に上がったボールが最高点に達したところで二人の選手が真っ直ぐボールへと向かってジャンプをし、その手をボールへと伸ばす。


「せいっ!」


 宙へ上がったボールをその手で見事に味方チームへと送ったのは、我が学園のセンター高梨さんだった。


「やったっ!!」

「ナイス真帆まほ! さあ! 一本行くよっ!」

「「「「おうっ!!」」」」


 キャプテンである新井さんにボールが渡り、その新井さんの声と共に全員が相手ゴールのある方へと向かい始める。

 新井さんは相手チームの動きとチームメイトの動きを細かく見つつ、ゆっくりとセンターラインを超えて行く。するとその瞬間、新井さんの方へ一人の選手がやって来た。


 ――相手はマンツーマンディフェンスか。


 バスケットにおいて最も知られているディフェンスと言えば、このマンツーマンだと思う。一人に対して一人が付く基本的なディフェンスだが、個々の能力がものを言うディフェンスでもある。

 マンツーマンは一人でもディフェンスに対して弱さがあれば、あっと言う間にそこを中心に攻められる。だからある意味、よほど鍛えないと上手く扱えないディフェンスだと言えるかもしれない。

 相手のディフェンスに対し、新井さんは腰を低くしてボールをつく。あれでは相手も簡単に手は出せないだろう。

 そう思った次の瞬間、相手は新井さんの一瞬の隙を見逃さなかったかのようにしてボールへ素早く手を伸ばした。しかし新井さんはそれを寸でのところで上手くかわし、同時に相手をそのまま抜き去った。


「上手いっ!!」


 身体全体を小さくクイックターンさせて相手を抜き去った新井さんは、そのままスピードを上げて敵陣ゴールへと向かう。

 そんな新井さんの突撃に相手チームのメンバーがフォローに向かうが、それを見た新井さんは素早く状況を判断し、上手くフリーになった三番のスモールフォワード、姫城さんへとパスを送った。

 パスを受けた姫城さんは受け取ったボールを持つと、その場から一歩下がってスリーポイントラインの外へと出てからシュート体勢をとった。俺はそれを見てスリーポイントを放つんだと思ったが、姫城さんのシュートを防ごうと一人の選手がその眼前で高くジャンプをした。するとそれを待ってましたと言わんばかりに姫城さんはシュート体勢を解き、ゴール近くへと鋭いパスを送った。


「ナイスたまき!」


 姫城さんがパスした先にはフリー状態の茜が居た。

 鋭くも綺麗なパスを受け取ると、茜はそのまま素早くミドルレンジからシュートを放ち、そのボールは綺麗な弧を描いて見事に相手ゴールのネットを貫いた。


「やった! 先取点だっ! いいぞ茜――――っ!!」


 そんな俺の興奮した声が聞こえたのか、茜はこちらを向いて小さくブイサインをした。しかしそれも束の間、茜はすぐに表情を引き締めてディフェンスへと戻る。

 相手は去年のベスト9だが、実力は決して劣っていないはず。俺はそんな気持ちで大きく声を出しながら応援を続けた。

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