第254話・妹の気遣い

 由梨ちゃんから色々な話を電話で聞いた二日後の日曜日の朝、相変らずコスプレコンテストで着る衣装が決まってなかった俺は、自室のベッドの上でコスプレ衣装カタログを見ながら悩んでいた。


「うーん、これも露出的にマズイかなぁ……」


 俺は愛紗が納得してくれそうな――いや、愛紗がコンプレックスを感じなくて済む様な衣装を一生懸命に探していた。個人的にはどの衣装も似合うと思うんだけど、愛紗の低身長コンプレックスは相当なものだから、そのあたりの事は十分に考慮しながらカタログを見ている。

 だけどそういった事を考えて衣装選びをしていると、本来のコスプレコンテストを楽しむ――という目的から離れている感じがしてくる。

 そして自分のやっている事と考えている事、やりたい事に矛盾を感じ始めていたその時、枕元に置いていた携帯が着信を知らせるメロディを奏で始めた。


「もしもし?」

「あっ、龍之介さん、お休みのところをすみません、今お時間よろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ」

「良かったです。実は折り入って話したい事があるのですが、これから会う事はできませんか?」

「今から?」

「はい、電話で話す様な内容ではないので、できればちゃんと会って話をしたいんです」


 由梨ちゃんと知り合ってからそれなりに経つけど、こんなお願いをされるのは初めてだった。どうしたものかとは思うけど、由梨ちゃんがこんな事を言ってくるんだから、結構重要な話なんだとは思う。


「分かったよ。それじゃあ、どこで待ち合わせしよっか?」

「ありがとうございます。それではそちらから二駅先にある弥生やよい駅に来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「弥生駅? 分かったよ、それじゃあこれから着替えて向かうね」

「ありがとうございます、では弥生駅の改札前で待ってますね」

「了解、それじゃあまた後でね」

「はい、よろしくお願いします」


 由梨ちゃんとの通話を切ってからすぐに着替えを始め、身支度を整えてから急いで自転車に乗って駅へと向かい、待ち合わせ場所である弥生駅へと向かった。


× × × ×


「あっ、由梨ちゃん! 遅くなってごめんね」

「遅くなんてないですよ、わざわざ来てもらってありがとうございます。これ、往復の交通費です、受け取って下さい」


 由梨ちゃんはそう言うと白い封筒をこちらへと差し出した。やり方の違いはあるけど、こういう律儀なところは愛紗とよく似ている。


「そんな事しなくていいよ」

「いいえ、わざわざこちらに来てもらったんですから、これくらいはさせて下さい」

「本当にいいって、それにこの前は由梨ちゃんの世話になったわけだし、そのお礼だと思ってもらえればいいから」

「……分かりました。それじゃあこれは別の事に使いますね、お気遣いありがとうございます」

「いやいや、それで話したい事って何かな?」

「それについては話す場所を決めてますので、私について来て下さい」

「分かった」


 俺の返事に笑顔を見せると、由梨ちゃんは先頭に立って歩き始めた。

 そして俺はそんな由梨ちゃんの横を歩きながら、どこかのファミレスか喫茶店にでも入って話をするんだろうと思っていたわけだが、由梨ちゃんがそんなお店に入る様子は一切無く、唯一立ち寄った場所と言えば小さな洋菓子店だけだった。

 こうして立ち寄った洋菓子店でショートケーキを購入した由梨ちゃんと歩く事しばらく、俺は二階建ての洋風一軒家の前へと辿り着いた。


「さあ、遠慮無くどうぞ」

「あの、ここは?」

「私とお姉ちゃんの家です」


 外門の表札に篠原と書かれていたんだから、ここが二人の自宅なのだろうという事は察しがついていた。だから由梨ちゃんの返答に対してさほど驚きは無い。

 それよりも聞きたいのは、なぜ俺を自宅に連れて来たのか――という事だ。


「さあどうぞ」

「あ、うん、それじゃあお邪魔します」

「私はお茶を淹れて来ますので、二階に上がってすぐの部屋の中で待っててもらえませんか?」

「分かったよ」


 ケーキが入った箱を持って廊下を進んで行く由梨ちゃんを見送ったあと、俺は二階へ続く階段を上り始めた。


 ――二階に上がってすぐの部屋だったよな?


「お邪魔しまーす」


 由梨ちゃんに言われた通りに階段を上がってすぐの扉を開けると、そこにはシルク素材っぽい艶やかな水色のパジャマを着てベッドに座っている愛紗の姿があった。


「えっ? えっ!?」

「ななな何で先輩がここにっ!?」


 座っていたベッドからスッと立ち上がり、わたわたと慌てふためく愛紗。

 しかしこの状況に驚いていたのはこちらも一緒だ。だってここは由梨ちゃんの部屋だと俺は思っていたんだから。


「いやあの、何て言うかこれは――」

「着替えるから閉めて下さいっ!!」

「は、はいぃぃっ!!」


 物凄い剣幕でそう言う愛紗の迫力に気圧され、俺は急いで扉を閉めた。


 ――あー、ビックリしたぁ……。


「あれっ? どうしたんですか? お姉ちゃん部屋に居ませんでしたか?」

「いやまあ、居るには居たんだけどね、部屋に立ち入れる状況じゃなかったと言うか何と言うか……」

「もしかしてお姉ちゃん、まだパジャマのままでした?」


 俺がその言葉に頭を縦に数回振る事で答えると、由梨ちゃんは小さく息を吐いてから扉の前へ来た。


「お姉ちゃん」

「あっ! 由梨が先輩を連れて来たの!?」

「だから出掛ける前に『ちゃんと着替えておいてね』って言ったでしょ?」

「それは聞いたけど、先輩を連れて来るなんて一言も言ってなかったじゃない!」

「あれっ? そうだったかな?」


 由梨ちゃんは扉の向こう側から聞こえてくる愛紗の言葉に首を傾げた。実際はどうなのか分からないけど、愛紗がああ言ってるんだからほぼ間違い無く言ってないんだと思う。


 ――しっかりしてる様に見えて、案外おっちょこちょいなのかもな。


 そんな由梨ちゃんを見て微笑んでいると、着替えを終えた愛紗が俯きながら部屋から出て来て、そのまま一階へと下りて行った。


「やっぱり俺が来たのってまずかったんじゃない?」

「えっ? どうしてですか?」

「だって愛紗、顔も合わせずに下りて行ったしさ」

「単純に寝起きの顔を見られたくなかっただけだと思いますよ? さあ、部屋の中へどうぞ」

「あ、うん……」


 本当にいいのかなと思いながら、俺は由梨ちゃんに続いて部屋の中へそろりと入った。

 自室というのは部屋の主の性格やカラーが色濃く出る場所だけど、この部屋も愛紗という人物をよく表した空間になっていると思う。

 小奇麗に整った室内、本棚に並ぶ本は少しの乱れすら無く綺麗に並んでいるし、机の上にある勉強道具や筆記具が使いやすそうに整えられているところも、実に生真面目な愛紗らしい。

 そしてそんなしっかりと整った空間にアクセントの様に散りばめられている沢山のファンシーなキャラクターやぬいぐるみや小物が、普段素直に可愛らしさを表現できない愛紗の不器用さを表している様に感じてしまう。


「あ、あんまりじろじろ見回さないで下さい」

「あっ、スマン」


 部屋の中を見回しながら色々な考察をしていると、部屋の主である愛紗が戻って来てさっそく注意を受けてしまった。


「ところで先輩は何でウチに来たんですか?」

「さあ? どうしてだろ?」

「はっ? どういう事です?」


 愛紗は俺の返答に対して怪訝そうな表情を浮かべながら首を傾げた。

 俺は由梨ちゃんに話があると言われて来ただけで、二人の自宅へ来るなんて思ってもいなかったから、ここまで連れて来られた理由を知りたいのはむしろ俺の方だ。


「龍之介さん、文化祭でやるコスプレコンテストの衣装はまだ決まってないんですよね?」

「決まってないけど、それがどうしたの?」

「実は私もお姉ちゃんの衣装について考えてたんですけど、お姉ちゃんにはこれがいいと思って見てもらいたかったんです」


 そう言うと由梨ちゃんは机の上に置かれていた一冊のスケッチブックを手に取り、ページをめくってそこに描いてある衣装イラストを見せてきた。


「どうですか?」

「おおっ! 可愛い!」

「ですよね、お姉ちゃんはどう?」

「は、恥ずかしいよこんな衣装……」

「えー!? でもお姉ちゃん、小さな頃はこんな風になりたいって言ってたのに」

「そ、それは小さな頃の事でしょ!?」

「せっかくお姉ちゃんの為に考えて描いたのに……」


 乗り気ではない愛紗の様子を見て表情を暗くする由梨ちゃん。

 愛紗が小さな頃になりたかったものは子供らしくて可愛いと思うし、是非とも由梨ちゃんが描いた衣装を具現化して着てもらいたいと思ってしまった。絶対に可愛いから。


「なあ愛紗、もう文化祭まで日が無いし、せっかく由梨ちゃんが考えてくれたんだからコレに決めないか?」

「でも……」

「恥ずかしいって気持ちは分かるけどさ、俺はこれを着た愛紗とコスプレコンテストに出てみたいんだよ。大丈夫! 絶対に似合うから!」

「…………分かりました、先輩がそこまで言うならコレに決めます」

「おっしゃ!」

「やりましたね! 龍之介さん」

「もう、二人揃って喜び過ぎだよ」


 しょうがないなという表情を見せながらも、愛紗はちょっと嬉しそうにしている様に見えた。


「それじゃあお姉ちゃん、龍之介さん、さっそく衣装作りの買物に行きましょう」

「ちょ、ちょっと由梨、いくら何でもさっそく過ぎない!?」

「決まるものが決まれば後は行動あるのみじゃない、迷う必要なんて無いよ」


 確かに由梨ちゃんの言う通り、これまで散々時間を使って迷ってたんだから、これ以上迷う事に時間を費やすべきではない。後はただひたすらに、進む事に時間を費やすべきだろう。

 それにここで俺が迷う様な発言をすれば、せっかくの愛紗の決心がまたぐらつきかねない。言い方は悪いけど、愛紗の退路を断つ為にもここは素早い行動と決断が必要になる。


「由梨ちゃんの言う通りだな、今から色々と選びに行こう」

「ほら、龍之介さんもこう言ってるし、お姉ちゃんも行こうよ」

「わ、分かったわよ、行けばいいんでしょ? 行けば」

「うん! あっ、それと龍之介さん、すみませんが衣装が出来上がるまでの間、ウチに来て手伝いをして下さい」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと由梨、いきなり何を――」

「お姉ちゃんもしっかり龍之介さんと衣装を作ってね? 私も出来る限り協力するから」


 愛紗の発言などお構いなしに話を進めて行く由梨ちゃんのペースに乗せられ、最終的に俺達はその話に頷かされてしまった。

 こうして俺はなし崩し的にではあるが、衣装が出来上がるまでの間、愛紗達の家に通う事になった。

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