選択の向こう側~朝陽瑠奈編~
第243話・勇気を出して
俺の中で最も辛かった恋愛経験と言えば、真っ先に思い浮かぶのが小学校三年生の時に、るーちゃんこと
しかしその恋愛が最も辛い思い出となった理由は、るーちゃん自身にはない。だって告白をすれば駄目な事はあるし、上手くいく事より上手くいかない事の方が多いのだから。
ではなぜその時の事が一番辛い恋愛の思い出になっているのかと言えば、その時の告白が学年中に知れ渡り、クラスで晒し者になったからという理由が大きい。まあ小学生なんてホントに子供だから、そういった事をネタにして盛り上がるなんてのはよくある話なのかもしれない。それに大人でも他人に気を配れない人も多いのだから、小学生なら尚の事そんな奴は少ないだろう。
そんな辛い思い出の中に居た女の子、朝陽瑠奈は、小学校四年生になってからすぐに俺の前から姿を消した。その時は単純に引越しをしたと聞いただけだったが、結構るーちゃんの事を心配したもんだ。なにせ俺がクラスで晒し者になったあの日からまだ四ヶ月ほどの事だったし、あの日からお互いに一度も話す事すらなかったから。
「たっくーん!」
「あっ、用事終わった?」
「うん、待たせてごめんね」
「いいよいいよ、そんなに待ったわけじゃないし。そんじゃ行こっか」
「うん!」
るーちゃんが
「たっくん、今日の夕飯はどうするの?」
「そうだなあ……色々と考えてはいたんだけど、考え過ぎて纏まってない感じかな」
「あるある、私もそんな事がよくあるから」
ご近所の主婦の会話を思わせる様な色気の無い話をしながら、るーちゃんと一緒に日課になりつつある買物へと向かう。
小学生の時の思い出しかない俺は、最初こそるーちゃんの高校生活について心配をしたもんだけど、それは俺の余計な心配だった。るーちゃんはクラスメイトの男女問わず、しっかりとコミュニケーションをとっていたからだ。その点一つを見ても、過去の反省を活かしているのが分かる。
まあ、小学生の時はかなりキツイ性格で知られていたけど、元からそうだった訳じゃないのは、当時の付き合いの中で理解していた。だから今のるーちゃんは、本来のあるべき姿だと言えるだろう。
「まあとりあえず、スーパーに着いてから決断するよ」
「そうだね、私もそうする」
屈託の無いるーちゃんの笑顔を見ていると、俺も自然と笑顔がこぼれる。
――この感じ、なんだか昔の事を思い出すな。
こうして俺は懐かしい感覚を思い出しながら、るーちゃんと一緒に買い物を楽しんだ。
× × × ×
「お兄ちゃん、
るーちゃんとの買物も終わって家に帰り、台所で夕食を作っていると、リビングと繋がった出入口のある方から杏子が顔を覗かせ、そんな質問をしてきた。
「どうなの? ってどういう事だ?」
「だから、瑠奈さんとの仲はどうなってるの? って聞いてるの」
「どうもこうも、ちゃんと仲良くしてるけど? クラスメイトとも仲良くしてるし」
「そういう事じゃないんだけどなあ……まっ、お兄ちゃんらしいね」
「何だよ、何が言いたいんだ?」
「いいよいいよ、今の話は忘れて。それじゃあ、夕ご飯ができるの待ってるから」
「お、おいっ」
謎だけを残してリビングへと戻って行く我が妹。
――いつもながら含みのある言い方をするよな……あんな言い方されて気にするなって方が無理だろ。
そうは思うが、これ以上杏子を問い詰めたところでまともに答える可能性は低い。気にはなるが、今は夕飯をしっかりと作る事に集中しなければいけない。
「おっし、とりあえずこんなもんかな」
台所いっぱいに広がる芳醇なカレーの香り。この匂いだけでとんでもなくお腹が空いてくる。しかし焦りは禁物だ、ここからは俺と杏子向けにスパイスを加えていき、辛さを調節していくのだから。
「でもその前に~」
用意していたカレー用タッパーを二つ取り出し、そこに中辛程度の辛さになっているルーを注ぎ入れていく。
美月さんが隣へ引っ越して来てしばらくしてからは、こうして少し食事を多めに作る事が多くなった。それは独り暮らしをしている美月さんを気遣っての事だったんだけど、最近はその対象が一人増えた。それは言うまでもなくるーちゃんの事だ。
面倒な事をしてるなとか思われそうだけど、一人分増えるくらいは大した手間ではない。特にカレーの様な大量に作る事ができる料理に関しては、一切面倒などは感じない。
「杏子~、ちょっとカレーを届けてくるから、仕上げは待っててなー?」
「分かったー、気を付けて行って来てねー?」
「あいよー」
ルーが入ったタッパーを保温袋にそれぞれ入れ、厚手のコートを着てから家を出る。
「さぶっ……」
十二月ともなれば、気温もぐっと低くなる。それでも今日は、いつもよりかなり空気が冷たい。
家の中との気温差に身を震わせつつ隣へと向かい、美月さんの家の前で呼び鈴を鳴らす。
「はい、どちら様でしょうか?」
「あっ、美月さん、龍之介だよ。今日作ったカレーを持って来たんだ」
「ありがとうございます、今そちらに行きますね」
インターフォンを切る音が聞こえたあと、扉の奥からパタパタとスリッパを履いて近付いて来る音が聞こえてきた。
「お待たせしました」
「夕飯には間に合った感じ?」
「はい、ちょうど準備を始めようとしていたので助かります」
「それはグッドタイミングだったね」
「はい」
「タッパーは暇な時に返してくれたらいいから」
「分かりました。そうだ、少しお茶でも飲んで行きませんか?」
「あ、ごめん、もう一人カレーを届けたい人が居るからさ」
「そうなんですね、お引止めしてすいません」
「いやいや、こっちこそごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
「いえ、お気になさらないで下さい」
「ありがとう。それじゃあまたね」
「はい、お気を付けて」
小さく手を振りながら美月さん宅をあとにし、急いでるーちゃんの家へと向かう。
今るーちゃんが住んでいる家までは、歩いて五分ちょっとと言ったところだが、他の季節ならともかく、この寒さではその五分でも急速に体温は下がるから、自然に歩む足も速くなる。
るーちゃんが引っ越して来てからこれまで、何度この道を通っただろうか。二学期を迎えてしばらく経つまでは、自分がこんな事をするなんて予想すらしていなかった。本当に人生は何が起こるか分からないもんだ。
ほんの少し前の事を思い出しながら、人の姿が無い街路を歩く。
それにしても、昔告白して振られた女の子とこうして仲良くしてるなんて、なんだか不思議な感じがする。
「あっ、たっくん。こんな所でどうしたの?」
「そう言うるーちゃんこそ、どうしたの?」
「私は作った料理をたっくんの家に持って行くところだったの」
「そうだったんだ。実は俺も、るーちゃんの家にカレーを届けるところだったんだよ」
「そうなの? わざわざありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言ってお互いに届け物を交換する。こうして作った料理を交換する事はあったけど、今日みたいに道端で交換をするのは初めてだ。
「それじゃあ辺りも暗いし、家まで送るよ」
「えっ? そんなの悪いよ、家はすぐそこだし、私の事は気にしなくていいから」
「ダメダメ、その油断は命取りになるよ?」
「……分かった。それじゃあ、お言葉に甘えよっかな」
「OK! それじゃあ行こっか」
「うん、ありがとう」
踵を返して歩き始めたるーちゃんの隣に並び、静かな街路を歩き始める。
「今日のカレーはなかなかの出来だから、じっくり味わってね?」
「ホント? 楽しみだなあ。たっくんて料理上手だよね」
「まあ、昔から結構やってたからね」
「そっか、確かあの頃からお手伝いとかでやってるって言ってたもんね」
「まあね」
「……ねえ、たっくん。二十四日は何か予定あるのかな?」
「二十四日? えーっと……」
――確かクリスマスイブは愛紗と一緒に友達と遊ぶ――みたいな事を杏子は言ってたし、そうなると当日は独りって事か。
「まあ、特に予定らしい予定は無いよ。妹も友達と出掛けるって言ってたし、頼んでたケーキを持って帰って来たら、あとはいつもと変わらない一日を送るだけだし」
自分で言うと虚しさが半端ないけど、真実だから仕方がない。
「そっか……あの、それじゃあ良かったらだけど、その日は私と一緒に遊んでくれないかな?」
「へっ!?」
その言葉を聞いた俺は、今年一番の驚きを見せてしまった。だって今は普通に接しているとは言え、一度は恋焦がれた相手、そんな相手からお誘いを受けたのだから、驚くのも当然だ。
「あ、あの、もしも嫌だったら断ってくれていいから……」
俺が驚いた様子を見て何を思ったのかは分からないけど、るーちゃんは伏せ目がちに力なくそう呟いた。
「そんな事はないよ! 嫌だなんて事は絶対に無いから!」
「それじゃあ……」
「うん、一緒に遊ぼう!」
「良かった……ありがとう、たっくん」
遊ぶ約束をしただけ――ただそれだけの事なのに、るーちゃんの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。その様子を見ただけでも、かなりの勇気を出して俺を誘ってくれたのが分かる。
俺はそんなるーちゃんとしっかり約束を交わし、クリスマスイヴがやって来るのを心待ちにした。
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