第241話・先輩の心遣い
前に陽子さん達の手伝いでこんな会場に来た事があるけど、その時よりも確実に会場は小さい。確かあの時の会場は客席数が500くらいだと言っていたが、この会場の客席数は、あの時の半分くらいに見える。
俺はそんな事を思いながら、中心付近の観客席へと足を進めた。
「ふうっ……」
特に何かあったわけじゃないけど、席へ座った瞬間に溜息が漏れ出た。
自分でも訳の分からない気分の中、俺は受け取ったパンフレットに書かれた簡単なシナリオ紹介に目を通し始めた。そしてその内容を見た俺は、『この物語の主人公って、今の俺の立場と同じじゃね?』と思った。なぜならこの主人公、登場するメインヒロイン二人から告白を受けるからだ。
個人的にタイムリーな内容だなと思いつつ、この演劇の内容が参考にならないかな――と、淡い期待を抱いてしまう。
――二人に返答をするまで、あと三時間くらいか……。
今回の件は、誰も傷付けずに終わらせるのは不可能だ。それは誰が考えても分かる。だけどそれでも、二人が傷付かずに終わる事はできないかと考えてしまう。
陽子さんと憂さん、二人の想いには報いたいと思うけど、今回の件で二人の思いに報いる最高の答えは、その告白に対してOKを出す事だろう。しかしその答えは、たった一人にしか向ける事ができない。
ここまで俺が悩むのは、陽子さんと憂さんがとても仲良しだという事もある。俺がどちらか片方の告白を受け入れれば、いくらあの二人が仲良しでも、大なり小なり溝ができるのは間違いないだろう。できればそれは避けたいところだ。
もしも二人の間に溝を作らない手段があるとすれば、それは、俺がどちらとも付き合わない――という手段を選ぶしかないだろう。しかしそれは、勇気を出して告白をしてくれた二人に対してあまりにも失礼だから、それだけはできない。
「あっ、居た居た。龍之介君、ちょっとちょっと」
「えっ?」
開演の約二十分前。
なぜか客席の通路に憂さんが姿を現し、そこから俺を手招きし始めた。それを見た俺は席から立ち上がり、荷物を席に置いてから憂さんの方へと向かった。
「ちょっ!? 憂さん!?」
「いいから来て」
憂さんは通路へ出た俺の手をガシッと掴むと、そのままホールの外へ向かって進み始めた。
「――ど、どうしたんですか? 憂さん」
「ついさっき陽子から聞いたんだけど、あの子、龍之介君に告白したの?」
「は、はい、つい昨日の事ですけど、告白されました」
「あっちゃー、マジだったのかあ……」
「あの、憂さんは知ってたんですか? 陽子さんが俺の事を好きだったって」
「うん、知ってたよ。龍之介君の話は色々と聞いてたからね。だからあの子がどれだけ君の事が好きか、好きでどれだけ悩んでたかも知ってる」
「そうでしたか……」
「龍之介君、陽子はね、本当に君が好きで好きでしょうがないの。君は気付いてなかったみたいだけど、あの子は君に振り向いてもらおうと、気付いてもらおうと必死だった。まあ、やり方はかなりもどかしかったけどね。でも、あの子の気持ちを知った今なら分かると思うんだ。あの子が必死だったって事が」
憂さんの言う様に、陽子さんが俺に対して好意を持っている事が分かった今、それを裏付ける様な言動に思い当たる点は多い。
「龍之介君、陽子の気持ちを知った上で、君が感じた感情や気持ちを素直に認めてあげて。そして絶対に嘘はつかないで、自分にも陽子にも」
「……はい、分かりました」
ありがとう。それじゃあ、私はもう戻らないといけないから」
「舞台、頑張って下さいね」
「うん、ありがとう。それじゃあ舞台、楽しんで行ってね!」
憂さんはそう言うと、いつもの明るい笑顔を浮かべてホール内へと走り去って行った。そして俺は、そんな憂さんの後ろ姿が見えなくなったあとでホール内の席へと戻り、陽子さん達の舞台を見せてもらった。
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