第233話・親友と過ごすひと時
「よいしょっと。ふうっ……」
自室からいくつかのアルバムを抱えてまひろの待っているリビングへ戻り、ズッシリと重みのあるアルバムをソファーの前にあるテーブルへと置く。
「龍之介君が見せたかった物って、アルバム?」
「ああ。最近写真の整理をしてたんだけど、ようやく纏め終わったからまひろと一緒に見ようと思ってたんだよ」
そう言いながらまひろの隣に座り、一番上に乗せていたアルバムを手に取って最初のページを開く。
「あっ、これ……」
最初のページに収められた写真は、
「二年ちょっと前の事だけど、懐かしいよな。茜やまひろが受験勉強に協力してくれなかったら、この写真も存在してなかっただろうし」
「そうかな? 龍之介君は何だかんだで頑張る人だから、私達が何かしなくても花嵐恋学園に合格してたと思うよ?」
「ははっ。こう言っちゃなんだけど、俺だけじゃ無理だったのは確定的に明らかだよ」
「どうして?」
「独りでやってたらすぐに勉強を放り出してただろうからな」
嫌いな事は長続きしない。それは誰だって同じだろうし、嫌いな事をあえてやろうなんて普通は思わない。それでも嫌いな事をやらなければならないとしたら、それは激しい苦痛を伴う。そうなれば当然逃げ出したくもなるし、投げ出したくもなる。それが人間だろう。
でも、そんな時にそれを一緒になってやってくれる人が居たら、どれだけ心強い事か。
「そっか。私なんかでも龍之介君の役に立ててたんだね。良かった」
「役に立ったどころの話じゃないさ。何つっても茜はめちゃくちゃ厳しかったからな……あのスパルタの中でまひろの優しさは地獄に仏、砂漠にオアシスの気分だったよ」
「そんな事を言ったら茜ちゃんが可哀相だよ」
「可哀相なもんかよ。アイツ一年生の夏休みに俺の親に言われて宿題を見てくれたんだけどさ、それはもう酷かったんだぜ? 部屋に軟禁状態にされるわ、竹刀を持って後ろに
「そ、それは大変だったね」
「そう、大変だったんだよ。でもまあ、そのおかげで色々と助かったのも事実だから、その点だけは感謝してるけどな」
「ふふっ。龍之介君らしい物言いだね」
「そうか?」
まひろの言葉に答えつつ、ページ開きながら一緒に過去の思い出達を見ていく。
「――あっ、これは一年の修学旅行の時の写真だな」
「懐かしいね」
開いたページには修学旅行で撮った様々な思い出の場面が収まっている。
――高校に入学して初めての修学旅行。本当に楽しかったよな。
「そういえばさ、まひろって修学旅行やら林間学校でも俺と一緒の部屋に泊まってたけど、あれって大丈夫だったのか?」
「大丈夫って、何が?」
「いや、だってほら、まひろは女の子なわけだし、俺達男子と一緒に寝泊りするなんて嫌じゃなかったのか?」
「んー、確かに緊張もしたし、女の子だってばれちゃうんじゃないかってビクビクしたりもしてたけど、男の子である事を貫くには仕方なかったから。でも最終的には大丈夫だったよ。いつも龍之介君が居てくれたから」
「俺が居たから?」
「うん。龍之介君が居てくれたから、私は安心する事ができたんだから」
「そ、そうなんだ。俺でまひろの役に立ったんなら良かったよ」
「うん。本当にありがとうね」
「お、おう……」
屈託のない笑顔を向けてお礼を言うまひろの顔をまともに見続ける事ができず、俺は視線を逸らした。それはまひろを女の子だと強く意識しているせいかもしれない。
「――ねえ、龍之介君。どうしてこのアルバムを私に見せたかったの?」
しばらく二人で思い出の数々を見ていると、ふとまひろがそんな言葉を口にした。まあ、見せたい物があると言って家まで来てもらってアルバムを見せられたら、そう思うのが普通だろう。
「……まひろはさ、自分が男の振りをしてた時の事を後悔してるか?」
「えっ?」
「俺の思い過ごしならいいんだけど、なんだかまひろは昔の自分を無かった事にしたい様な感じに見えてたからさ」
「それは……だって私は、自分の為にみんなに嘘をついてたんだもん。だから忘れたいと思っちゃうよ……」
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら。笑顔だったまひろの表情は一気に曇り、力なくそう言いながら顔を俯かせてしまった。
「正直な事を言えばさ、俺はまひろが女の子だったら良かったなーって、ずっと思ってたんだよ」
「そうなの? どうして?」
「いや、まひろって他のどんな女の子よりも可愛らしかったから、こんな子が男なんて勿体ないなーって、ずっと思ってたんだよ」
「そ、そうなの?」
「ああ。でもさ、別にそれはそれとして、俺は可愛らしい男友達としてまひろと付き合って来たし、それまでの期間も凄く楽しい思い出ばっかりなんだ。だからさ、まひろには自分が男として過ごして来た日々を無かった事にしてほしくないんだ。もしもそれを無かった事にされたら、こうしてまひろと昔の思い出を楽しく話す事もできなくなるだろ? まあ、これは俺の我がままだから、まひろには酷な話かもしれないけどさ」
「…………」
俺を見ながら話を聞いてくれていたまひろは、話が途切れた瞬間に再び顔を俯かせた。やっぱりまひろにとっては、男として過ごして来た日々に後悔しかないのだろうか。
「…………龍之介君は、私と過ごして来た日々に後悔は無いの? 全てを偽っていた私に怒ったりしないの?」
「どうして俺が後悔したり怒ったりしなきゃいけないんだ? そりゃあ、まひろが女の子だと知った時は驚いたし戸惑いもしたけど、だからって今までの思い出がなくなる訳じゃないだろ? 俺には男として過ごして来たまひろの思い出もある。そしてこれからは、女の子としてのまひろとの思い出も作れる。そう考えると、なんだか一口で二度美味しい――みたいなお得な感じがするだろ?」
「ふふっ。そういう例え方、本当に龍之介君らしいね。だから私は龍之介君の事が好きなんだよ」
「えっ!?」
「ほ、ほらっ! 早く続きを見ようよ!」
「あ、ああ。そうだな」
まひろの口から出た言葉に一瞬ドキッとしてしまったが、その言葉の真意を確かめる間もなく、まひろはアルバム観賞の続きを促してきた。とは言え、例え尋ねる様な間があったとしても、俺はその言葉の真意を確かめる事はしなかっただろう。なぜなら、時に真実を知る事は怖い事だからだ。真実を知れば色々なものを壊してしまいそうで怖い。
どこまでもヘタレで臆病な自分に心の中で呆れつつも、笑顔を取り戻したまひろとの楽しいアルバム観賞は陽が沈む頃まで続いた。
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