俺はラブコメがしたいッ！【改訂版】

第225話・幼き日の夢

　楽しさや恥ずかしさと言った人間の感情は、個人によって大なり小なり必ずと言っていいほど隔（へだ）たりがある。

　それは例えば、恋愛シュミレーションゲームをやって楽しいと思う人と、そうは思わない人が居る様に、妹と仲良くしているのを恥ずかしいと思う人と、そうは思わない人が居る――というくらいの違いが出てくるものだ。

　でも、今挙げた例ですら人によっては分かり辛い例えになるかもしれない。だけど本質的に人は多くの物事を感情によって捉え、判断しているのは間違いない。だからどんな物事でも対比の対象にすれば、想像から答えを出す事ができるのも人間の良いところだとは思う。

　まあ、そう言った面では人の持つ想像力というものは素晴らしいものだと思えるけど、その素晴らしい想像力にも限界というものはある。

　例えばさっき挙げた妹についての話を使うなら、妹が居る男と居ない男では、『妹と仲良くする事が恥ずかしいと思うかどうか？』と言った問い掛けにすら、大きく考えが分かれると思う。それはリアルに妹という存在が居るかどうかで、想像できる部分が違ってくるからだ。

　ちなみに俺がこの問い掛けを誰かにされたとしたら、俺は間違い無く『恥ずかしい』と答えるだろう。別に妹と仲良くする事はいいと思う。けれど、杏子がして来るスキンシップは、他人に見られるには恥ずかしいものが多い。

　小さな頃は別に気にならなかったのに、成長するにつれてその気にならなかった事が気になる様になってしまった。それはきっと、大きくなって世間体なんかを気にする様になったから――みたいな事が理由なんだと思う。けれどそう考えると、大人になるって損な事だな――と、そんな風に思ってしまう。

　もしも杏子が義妹ではなく、実の妹だったら、俺はこんな事を思わなかったのかもしれないけど。

「――では、撮影を再開しまーす！　皆さん、よろしくお願いしますね！」

「はあっ……」

　至る所に居るスタッフがその言葉にそれぞれの反応を見せる中、俺はチャペルに飾られた金の十字架の方へ振り返ってから大きな溜息を一つ吐いた。

「どうしたのお兄ちゃん？　溜息なんて吐いて」

「ん？　あー、いや。俺はいったい何をやってるんだと思ってな」

「何って、パンフレット用の撮影じゃない」

　――仰る通りで。

「ではお兄さん。先ほど言った感じで妹さんを抱き抱えて下さい」

「あ、はい」

　最後の撮影は去年まひろとの撮影時にした様な、相手を俺がお姫様抱っこで抱き抱え、その相手が俺の頬にキスをする――というシチュエーションなのだが、どうも気分が乗らない。

　まひろとの撮影時に感じていた様なくすぐったい恥ずかしさではなく、純粋に恥ずかしいという思いが心の中に渦巻いていたからだ。それでも今更この場から逃げるわけにもいかないので、乗らない気持ちを抑えて杏子をそっと両手で抱き抱える。

「ねえ、お兄ちゃん。小さな頃、私と結婚してくれるって約束した事、覚えてる？」

　抱き抱えた瞬間、杏子は俺の耳元に顔を寄せ、小さな声でそんな事を聞いてきた。

「あ？　まあ、覚えちゃいるが、それがどうかしたのか？」

「私ね、お兄ちゃんの事が大好き。だから真似事でも、お兄ちゃんと結婚できたみたいで嬉しかった。あの時の約束が叶ったみたいだから」

　そう言って杏子はにこっと微笑んだ。

　こうして俺に向けている笑顔も、いつか本当に好きな男へと向けられる事になるのかと思うと寂しく思うけど、今だけは嬉しそうにしている杏子に素直な気持ちを伝えよう。今日だけは特別サービスだ。

「俺も杏子が大好きだよ」

　この言葉に嘘はない。俺は杏子の事が好きだ。しかしそれは恋愛感情とかではなく、鳴沢杏子という大切な妹に向けてのものだ。

「お兄ちゃん……私もお兄ちゃんが大好きっ！！」

「お、おいっ！？」

　杏子は一瞬だけきょとんとした表情をすると、すぐさま満面の笑顔を浮かべて俺の頬にキスをした。

「い、いきなり何してんだよ！？　キスは真似でいいって言われただろ！？」

　杏子の行動と言葉に面食らった表情を見せるスタッフさん達が俺の目に映る。

　しかし杏子は周りにスタッフさん達が居る事など忘れているのか、尚もテンション高く俺の首に両手を回して力強く俺を抱き締めてくる。

「いてててっ！　く、苦しいって！　お、落ち着け杏子！」

「お兄ちゃんだーーーーい好きっ！！」

「だからっ！　人の話を聞けーーーーっ！！」

　杏子を振りほどこうとすればするほど、その締め付けは強くなる。それでも杏子を振りほどかないと、ずっとこの羞恥の時間が続く。

　凄まじい恥ずかしさの中、周りの人達から向けられている様々な色合いの視線を感じながら、サービスなんてするんじゃなかった――と、俺は思いっきり後悔していた。