第224話・とある兄妹の在り方

 再びウエディングドレスのパンフレット撮影の為にホテルへと呼び出された俺達は、宮下先生から渡されていた予定表を元に行動を取っていた。

 渡された予定表の内容を簡単に言うと、撮影の順番は杏子、茜、まひろ、美月さん、愛紗で、撮影は基本的に館内で行い、天候次第では外での撮影もありえる――との事だ。あとはそれぞれの名前の横に大雑把に撮影時間が書かれてはいたけど、これはあくまで予定――と、ご丁寧に紙の隅っこに書いてあったから信用はできない。まあなんにしても、なる様にしかならないという事だけは分かる。


「花嫁側の準備ができましたので、そろそろお願いしまーす」

「はーい。それじゃあ行きましょうか」

「は、はい!」


 花嫁衣裳に着替える為に、杏子が別の部屋へ行ってから約三十分後。

 杏子に付き添っていた女性スタッフの一人が、俺が待機していた部屋へとやって来てからそう告げた。俺は基本的にはあまり緊張するタイプではないと思っているんだけど、今日は柄にもなく緊張しているのが分かった。

 しかし、自分の妹が相手だというのに緊張するというのは、兄としてどうだろうかと思ってしまう。相手がまひろや美月さん、愛紗だったら緊張しまくってしまうだろう。茜はまあ……場合によりけりかな。

 まあ、それはともかくとして。杏子に緊張を悟られない為にも、撮影会場に着くまでの間に心を落ち着け、ポーカーフェイスにならなければいけない。俺は鼻からゆっくりと深く息を吸い込み、自分の中にある緊張を搾り出す様にして口から息を吐いた。


「――あれっ?」


 撮影会場へ到着した俺は、少し拍子抜けしてしまった。なぜなら既に会場に居ると思っていた杏子の姿が無かったからだ。せっかく気合を入れてポーカーフェイスを作って来たのに、その光景を見て思わず気合と溜息が同時に漏れ出た。


「溜息なんていてどうしたの?」

「のわっ!?」


 横から突然声を掛けられた俺はビックリしてしまい、思わずその場から大きく飛び退いてしまった。


「もうっ! いきなりビックリするじゃない!」

「それはこっちのセリ――」


 そこまで言い掛けて思わず言葉が止まってしまった。理由はウエディングドレスを着た杏子の姿が目に映ったからだ。その姿は普段の杏子とは見間違う程に綺麗だった。

 しかも杏子の童顔は自然な感じの化粧により少し大人っぽく見え、着ているドレスがその幼さを包み込んで大人な雰囲気をかもし出している。

 そして特に目を引くのは、唇に塗られた明るくも上品な色合いのピンク色をした口紅だ。その発色具合はとても良く、杏子の艶やかな唇をより艶やかに見せ、その柔らかさを見た目だけで分かる様にはっきりと演出している。これを見ると、流石に現代の化粧品は凄い物だと感心させられてしまう。


「――ちゃん! お兄ちゃん!」

「へっ!? な、何だ?」

「もうっ、急にぼーっとしてどうしたの?」


 不思議そうな表情を浮かべながら頭を横に軽く傾げる杏子。その様はどこまでも可愛らしく、妹でなければ惚れしていたかもしれない。


「い、いや、なんでもねーよ……さあ、行こうぜ」

「変なお兄ちゃん」


 よもや『杏子に見惚れていた』などと言える筈もなく、俺は熱くなっている顔を妹に見られまいと、先へ先へと進んで行く。兄のプライドにかけて、妹にこんな様を見せるわけにはいかないのだ。

 以前の撮影時に使った懐かしい白を中心とした色合いのチャペルへと足を踏み入れた俺達は、煌びやかな金色の十字架がある前へと進む。


「では、そちらに並んで立って下さい。はい、位置はそこで大丈夫です」


 去年の撮影時にもお世話になった女性カメラマンさんの指示に従い、金色の十字架のある場所の下へと並ぶ。

 その時にチラリと杏子の姿を横目に見たけど、やはりドレスがよく似合っている。一切の穢れを感じさせない、真っ白なウエディングドレスを纏った杏子。最近では鮮やかな色彩をしたウエディングドレスもあるらしいけど、やっぱり白が一番美しく感じる。

 それにしても、こうしてウエディングドレスを着た杏子を見ていると、杏子もいつかはこうしてお嫁に行ってしまうのだろうと思ってしまい、ちょっと寂しくなる。

 しかしまあ、こんな事を考えるにはまだまだ早い気もするけど、その時がいつ来るかなんて誰にも分からない。そしてその瞬間が訪れた時、俺は笑って杏子を祝福してあげられるんだろうかと思ってしまった。


「では鳴沢さん。そのまま左腕を抱き包んで下さい」

「えっ? 自分がですか?」

「ああ、すみません。妹さんの方です」

「はい!」


 カメラマンさんの言葉に素早く返事をすると、我が妹は何の躊躇ちゅうちょも無く俺の左腕を両腕で抱き包んできた。この一切迷いを感じさせないところが、杏子の凄いところだと思う。


「いいですねえ。それじゃあもう少しお兄さんにくっ付いてみましょうか」

「はーい♪」


 カシャカシャとシャッターを切りながら、テキパキと指示を飛ばすカメラマンさん。相変らずのプロの仕事に感服する。

 それにしても、杏子は本当にこんな事をするのに戸惑いを見せない。出会った頃の杏子からは想像もできない変わり様だ。そういえば、杏子が俺に対してスキンシップをする様になったのは、いったいどれくらいの頃からだっただろう。確か中学生になる頃にはもう、こんな感じだった気がする。


「お兄ちゃん!」

「へっ? な、何だ?」

「もうっ、ぼーっとしてちゃ駄目だよ? さっきからカメラマンさんが指示を出してるじゃない」

「えっ!? そ、そっか。すみません!」


 慌ててカメラマンさんや他のスタッフさんに向けて頭を下げると、カメラマンさんは『緊張しないでいいし、疲れたら言ってね?』と、優しげな口調でそう言ってくれた。

 お給料が貰える訳ではないけど、引き受けた以上はちゃんとしなければ沢山の人達に迷惑がかかる。それだけは絶対にしてはいけない。余計な事に考えを巡らせるのは、お風呂に入っている時かトイレの時で十分だ。

 俺は頭の中の雑念を払い飛ばし、撮影に意識を集中させる。そして撮影は順調に進み、ようやく次で杏子との撮影は最後を迎える事となった。

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