第185話・初めてのやり取り

「えっ!? もう夜!?」


 楽しみにしていた龍之介君との誕生日プレゼント探しだけど、朝早くに起きて準備を始めていた私は、途中で激しい眠気に襲われてそのまま眠りに落ちてしまった。そして私が次に目が覚めた時には何故かベッドの上に居て、窓の外に視線を向けると、既に外は夜のとばりに包まれていた。

 それを見た私の心は一瞬にして激しい焦りと動揺に包まれ、急いで上半身をベッドから起こした。だってその光景が意味するものは、私が龍之介君との約束をすっぽかしてしまった――という事だから。

 よりにもよって龍之介君と約束をした日にこんな事になるなんて――と、私は今にも泣きだしてしまいそうだった。

 けれど、私が不意に机の上へ視線を向けた時、プレゼント用の包装がされた箱が置かれている事に気付いた。その箱は私が眠気に襲われる前までは絶対に無かった物だ。


 ――あれって、夢の中で龍之介君と選んだ物と同じだ。それにどうしてこのワンピースを着てるんだろう……。


 見覚えのあるプレゼントの箱を見つめたあと、私は自分のよそおいを見て更に驚いた。買った時に一度だけこの部屋で着た白のワンピースを着ていたからだ。

 でもあれは眠ってしまった私の見ていた夢であって、現実ではない。なのにこうして夢の中で見た物が机の上にあって、夢の中で着ていたワンピースを自分が着ている。それはどこまでも不思議で、どこまでもおかしな出来事だった。

 そして何が起こったのか分からないでいた私は、とりあえずベッドから下り立ち、机のある方へと向かい始めた。


「これって……」


 机の上にあったプレゼント。それを目の当りにした時、私はそのプレゼントの下にえられる様にして置かれていた数枚のルーズリーフに気付いた。

 そしてそれを手に取って内容を見てみると、そこには私とは明らかに違う丸文字の筆跡で文章が書かれていて、なんとも不思議な事が書かれていた。


「――だ、誰がこれを書いたの?」


 私が口にした事への答えは、既にルーズリーフに書かれていた。そしてその内容を要約するとこうなる。

 それは、『まひろお姉ちゃんの代わりに龍之介さんとプレゼント選びに行きました。まひろお姉ちゃんの買ったワンピースを着て行ったら、龍之介さんが似合ってると褒めてくれました』など、私が夢の中で体験した出来事と同じ様な内容が書かれていた。

 だけどそれを信じられなかった私は、思わずそんな事を口にしてしまった。だって私には、妹なんて居ないんだから。けれど書かれていた内容の全てが嘘とも思えなかった私は、何度もその手紙を見返した。

 私の知らない誰かが、私の知らない内に何かをしていたというのは単純に不気味で怖いと思う。だけど手紙の内容はとても細かく書かれていて、その端々に私を気遣う言葉や、申し訳なく思う気持ちがつづられていた。そしてそんな内容の手紙には、一片の悪意すら感じない。

 それに私自身、最近自分に異変が起きている事には気付いている。あの突然やってくる様になった激しい眠気もその一つだから。

 そして何より、手紙に書かれていた『もう一人の私』という一文が、私の中にあった考えられる可能性の一つをより確かなものへと変えていたのもあった。可能性――もう一人の私――という言葉が意味するもの。それは多分、『多重人格』。

 もしもこの考えが正解だとすれば、今まであった色々な出来事と辻褄つじつまの合う事は多い。考え方としてはかなり突飛とっぴかもしれないけれど、私が長年抱えているストレスや望みを考えると、私の中にそれを実現しよう、体現しようとする別の自分が現れてもおかしくはないと思えてしまう。

 そう自然に思ってしまうほどに、私は今までの自分に対する後悔を抱えているから。


「…………よし」


 私は机の引き出しから同じルーズリーフを何枚か取り出し、そのまま椅子に腰を下ろした。自分の中に居るというもう一人の自分、『涼風まひる』に手紙を残そうと思ったからだ。

 現実にこうしてお母さんへのプレゼントがある以上、私が見ていた夢は夢ではなく、涼風まひるという私の中に生まれた妹が、勇気が出ない私に変わって私の望みを体現してくれた――という事なんだろうと思ったから。

 普通ならとても信じられない出来事だけど、現実は目の前にある。だったらもう、その現実から目を背ける事はできない。この現実に目を背けるという事は、また自分に嘘をつくという事だから。それだけはもうしたくなかった。もうこれ以上、新たな嘘を重ねたくはなかった。

 強くそう思った私は机の上にあるペン立てから一本のペンを手に取り、そこに今の自分の思いを書きつづり始めた。

 だけど、自分の中に居るもう一人の自分も、やはり自分である事には変わりない。言うならこれは、自分にてた手紙の様なものかもしれない。


「ふふっ」


 そんな事がなんとなくおかしかった私は、小さく微笑みながら私の中に居るという妹、涼風まひるへの手紙を書き綴る。

 こうして唐突にその存在を知った涼風まひると私の、奇妙なやり取りと共同生活が始まった。

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