第182話・膨らむ想い
切っ掛けは大した事じゃなかった。
それは
龍之介君とは長い付き合いなんだから、それくらいの事は当然の様に知っている。でもそれは、あくまでも空想上の女性のタイプであって、現実に存在する女性の話ではない。だから私は、ふと知りたくなってしまった。龍之介君のリアルに好きな女の子のタイプを。
もちろんそれを知ったからと言って、私に何ができるわけでもないけど、自分の好きな相手がどんな女の子が好みなのか――それを知っておきたいという単純な好奇心があったのは確かだった。
そして龍之介君は私からのそんな質問に対し、『黒髪ショートで、元気なんだけど騒がしくなくて、気配りが出来て白のワンピースが似合う子がいい』と答えてくれた。
こうして初めて龍之介君の具体的でリアルな女の子の好みを聞いた私は、自分の中で抱えていた欲求が急速に大きくなっていくのを感じた。それは、私を好きになってほしい――という欲求。
誰だって自分が好きな相手には好きになってほしいと思うだろうし、好きになってもらう為に色々なアプローチをするものだと思う。そしてそれが至って平凡で普通な恋愛の在り方だとは思うけど、私にはその平凡で普通な恋愛をする事すらできない。
でも、それができないのはどうしようもなく自分のせいだ。私が本当は『女の子である』という真実を龍之介君に明かすには、あまりにも時間が経ち過ぎていた。あまりにも嘘をつき過ぎていた。
「これも可愛いなあ」
六月を過ぎて七月を迎えた頃。
私は地元からかなり離れた場所にあるショッピングモールへ訪れ、そこにある洋服店に展示されている洋服を見ていた。そして私がどうしてこんな地元から離れた場所へわざわざ来ているのかと言えば、知り合いに遭遇する確率をできるだけ減らす為だ。
本当ならこんな時くらい男性の格好を止めたいところだけど、実際はそうもいかない。私が女性である事は、絶対誰にもに知られてはいけない秘密だから。
そもそも私がこうして男装を始めた理由は、小学校一年生の時に受けていた苛めが原因。まあ、男装にまで考えがいってしまった過程には色々とあったけど、男子になれば苛められなくなるかもしれない――という考えが根底にあったのは確かで、私はそれを愚直なまでに行って現在に至っている。
小さな頃の私はとても泣き虫だった。だからそんな私は、男子達にとって絶好の苛めの的になっていた。毎日毎日、男子にちょっかいを出されては泣いていた。時には痛い事もされた。
当時の私は、『どうしてこんな事をされるんだろう?』と、不思議でしょうがなかった。だから私は中学生になって間もない時に、その時の事を別の人から聞いた話として龍之介君に話した事があった。
そしてその時に龍之介君は、『そいつ等は苛めてた相手の事が好きだったんだと思うぞ』と答えた。
なんでも龍之介君が言うには、小さな頃の男子にはよくある愛情の裏返しで、『自分に注目してほしい。気に止めてほしい』という気持ちの現れらしいけど、高校生になった今でさえ、龍之介君の言う男子の心理は理解できない。だって好きなのに苛めちゃうとか相手に嫌われるだけなのに、それをしちゃう意味が分からないから。
それに龍之介君の言っていた事は実際にはある話なのかもしれないけど、私の場合は当てはまらないと思う。だって私には、男子に好かれる様な要素は何も無いんだから。
はっきり言ってしまえば、私は自分に自信が無い。
秀でたところがあるわけでもないし、女性として魅力的なわけでもない。茜ちゃんや杏子ちゃんみたいな、女性らしくて可愛らしい子が羨ましく思えてしまうくらいだから。
せっかく知り合いが居なそうな遠くの場所に来てショッピングをしているのに、私はいつもの癖で周りを気にしながら洋服を見て回っている。男性として偽りの生活を送る間に
「これも可愛いかも」
最近はボーイッシュな格好をしている女性も増えたおかげか、中性的ではあっても可愛らしい洋服も増えた。それはとても嬉しい事だけど、やっぱり普通の女の子みたいにお洒落もしてみたいし、もっと可愛い洋服も着てみたい。
でも、そんな普通の事が私にはできない。それができるのは自分の家の中だけ。自己満足でいいならそれで十分だけど、でもそれをすると、やっぱり龍之介君にもその姿を見てもらいたくなってしまう。
だけど容姿に自信があるわけでもないから、私が可愛い服を着ても、龍之介君の前に出る勇気は出ないと思う。私は本当に小さな頃から臆病者だ。
「あっ、これ……」
そんな事を考えていつもの様に気分が沈みかけた時。夏物フェアーのコーナーで一着の可愛らしい洋服を見つけた。
――私がこれを着たら、龍之介君はどう思うかな?
目の前にあるマネキンには白の可愛らしいワンピースが着せられていて、その頭には小さな
私はそのワンピースと麦わら帽子を見て一目で気に入ってしまい、後先も考えずにそれを購入してしまった。
× × × ×
「はあっ……。私、何やってるんだろう……」
ショッピングモールでワンピースを衝動買いして自宅へと帰った私は、自室のベッドの上に広げた白のワンピースを見て大きな溜息を吐いた。
私が一目惚れしたのと、龍之介君が白のワンピースが似合う女の子が好きだと言っていた事でついつい買ってしまったけど、このワンピースを着たところで、その姿を龍之介君に見せる事はできない。
そんな単純な事を失念していた私は、目の前にあるワンピースを前に意気消沈していた。だけどせっかく買ったんだからと、私はそのワンピースに着替えてから部屋の中にある全身鏡に自分の姿を映した。
「似合ってるかな?」
くるりとその場で回ったりしながら自分の姿を見るけど、自分では似合っているかどうか分からない。
「はあっ……どうして買っちゃったんだろう……」
その理由ははっきりしているのに、口からはそんな言葉が零れ出る。
私はまた大きな溜息を吐き、そのままベッドの上へ力なく座り込んだ。
――きっと茜ちゃんや杏子ちゃんがこれを着たら、凄く可愛いんだろうなあ……。
そんな事を思いながら、二人へのちょっとした嫉妬を募らせる。
「私も杏子ちゃんみたいになれればなあ……」
龍之介君の妹である杏子ちゃん。私達が小学校三年生の時に龍之介君の義妹になった、とっても可愛らしい女の子。
そんな杏子ちゃんは私の理想でもあった。可愛らしくて愛嬌があって、明るくていつも元気で、龍之介君に対してとっても甘え上手。誰からも好かれているし、私も杏子ちゃんの事が大好きだ。
だから私も杏子ちゃんの様になりたいと、今まで何度も思ってきた。少なくとも私が龍之介君と同い年ではなく年下だったら、少しは接し方が違っていたかもしれないし、少しは甘える事ができたかもしれない。
――止めよう……こんな事を考えてたって、虚しくなるだけだもんね。
私は『もしも』を考える事を止め、お風呂へ入ってすっきりして来ようと部屋を出た。
龍之介君への強い想い。義妹の杏子ちゃんに対する激しい憧れ。自ら
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