第160話・二人で回る楽しい時間

 高校生になって二度目になる花嵐恋からんこえ学園の文化祭最終日。

 店の準備は滞りなく進み、いよいよ我らB班が本日担当する喫茶店がオープンした。


 ――それにしても、こうして見ると異様な光景だよな。


 喫茶店が開店して間もなく。

 俺はお客さんが続々と入って来るのを見ながら、改めて今日の喫茶店の状況に不安を感じていた。そしてその不安の原因は、渡が今日の為にと用意していた衣装のせいだ。

 店内を見渡せば、定番のチャイナ服にメイド服、タキシードにスーツ、果ては遊牧民が着ていそうな民族衣装を身に纏っているクラスメイトも居て、衣装の統一感などまったく無い。しかしそんな中でも強いて統一感を挙げるとしたら、どの衣装にも必ず男女一名ずつのペアが居る事だろうか。

 でもこれでは、訳の分からないただのコスプレ喫茶としか言えない。俺としてはみんな揃って衣装を統一した方が良かったんじゃないかと思うけど、渡には渡なりの考えがあったんだと思う。いや、あったと思いたい。


「龍之介っ! 何ぼーっとしてんだ? さっさと注文を取りに行ってくれよ!」

「えっ? あ、ああ。スマン」


 渡にそう言われて我に返り、俺は急いで注文票を持ってから注文待ちをしているお客さんのもとへと向かった。


「いらっしゃいませ!」


 店内にあるテーブルの一角から、涼やかで明るく可愛らしい声が聞こえてきた。

 そしてその声にチラッと視線を向けると、はかま姿のまひるちゃんが女性だけのお客さんが居るテーブルの前に居て、そこでにこにこと笑顔を見せながら注文を受けようとしていた。

 今回の喫茶店だが、男女関係なしに自由に座れる場所とは別に、女性専用の席をいくつか用意してある。

 本来はこういった席をもうける予定ではなかったんだけど、異性と話すのが苦手なまひるちゃんの為に俺と渡が二人で話し合って考え、女性専用サービスは今の時代には必須だよな――みたいな感じで表向きの説明をし、それでクラスメイト達には納得してもらって女性専用席を用意させてもらった。


「――ご注文を賜りました。しばらくお待ち下さいませ」


 向かった先のお客さんから注文を聞いた俺は、急いで厨房へ戻ってそれを伝えた。

 今のところお客さんの入りは上々。今日も忙しい一日になりそうだけど、最終日はやる事が沢山あるから、てきぱきと仕事をこなさないといけない。


× × × ×


 お店が開店してから二時間ほどが経ち、そろそろお昼時を迎えようかという頃。店内は更に忙しさを増してきていて、俺を含めた店員は休む暇もなく店内を動き回って仕事をこなしていた。

 そしてそんな忙しい店内で、まひるちゃんはにこやかな笑顔を絶やさずに一生懸命に働いている。それはとても良い事なんだけど、ちょっと心配なのは、まひるちゃんが男性客に注文を取りに行く時だ。

 当初の予定では女性専用席だけに注文を取りに行かせるはずだったんだけど、さすがにこの忙しさでそうさせるのは難しくなってきていた。そしてそんな忙しさを増す店内でどうしようかと渡と一緒になって思案していた時、まひるちゃん自らが『別の席への接客もします』と言って来てくれた。

 その申し出はとても嬉しかったんだけど、正直その時は不安の方が大きかった。なにせまひるちゃんは、異性を相手にするのがとても苦手だから。

 しかし俺と渡はその提案を受け入れた。この状況でこれ以上まひるちゃんの為に特別な措置を続けるのは、見た目にも不自然に映るだろうし、この際だから仕方がないと言ったところだ。

 それでもまひるちゃんへのフォローをおこたるわけにはいかないので、俺と渡は出来る限り男性客だけの場所には行かせない様にはしていた。


「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文をどうぞ……」


 しかし、俺と渡がどれだけフォローに奔走ほんそうしても、やはりおぎなえない部分はある。現に俺が注文を取りに来た席のちょうど隣の席に居る男性客の所へと注文を取りに来ていたまひるちゃんは、明らかな緊張をうかがわせる表情を見せながら、一生懸命に声を出して注文を取ろうとしていた。

 そして俺は自分が注文を取りに来た席のお客さんの注文を聞きつつ、チラチラと横目でまひるちゃんの様子を窺っている。


「――サ、サンドイッチセット四つに、ホットコーヒーのブラック三つ、ホットコココア一つですね? しょ、少々お待ち下さいませ」


 しっかりと注文を聞いたまひるちゃんは、たどたどしくも注文された品を復唱してしっかりと確認をし、ペコリとお辞儀をしてから厨房の方へと向かって行った。

 それを見た俺は安堵の息を小さく出し、そのあとでしっかりと注文を受けてから同じく厨房の方へと戻った。


「まひろ。大丈夫か?」


 厨房に入って指定の場所に注文票を置いたあと、俺は疲れた表情を見せていたまひるちゃんに声を掛けた。


「あっ、うん。大丈夫だよ」


 俺の問い掛けに対し、まひるちゃんは一瞬で笑顔を作って見せた。

 店内では笑顔を絶やさない様に頑張っているみたいだけど、兄のまひろを演じながらの接客は、やはり相当な負担になっているんだろう。


「そっか。あんまり無理するなよ?」

「うん。ありがとね」


 俺へのお礼を言いながら、まひるちゃんは素早く用意されたサンドイッチセットを銀色のトレーへと乗せて厨房を出て行く。


「渡、ちょっといいか?」

「どうした?」


 渡に近付いた俺は素早く周囲を見回し、そのあとで渡に向かって小さく口を開いた。


「まひるちゃんと俺の休憩時間なんだが、少しだけ早めにしてもらってもいいか?」

「どうかしたのか?」

「まひるちゃん、結構疲れてきてるみたいなんだよ。だからちょっと早めに休憩させてやりたいんだ」

「ああ。確かに演技をしながらの接客だから、俺達が考えている以上に疲れるだろうな」

「そういう事だ。大丈夫か?」

「ああ。別にいいぜ。外へ宣伝に出てる何人かを呼び戻せば、店内も大丈夫だろうからな」

「すまんな」

「いいって事よ。その代わり、お前と涼風さんで呼び戻す宣伝班の分も目立って、沢山お客さんを連れて来いよ?」

「おう。思いっきり目立って来てやるから心配すんな」


 こうして俺とまひるちゃんは本来の予定より少し早く休憩に入り、学園の中を見て回る事になった。


「――龍之介! あっちも見て回ろうよ!」


 休憩に入った俺とまひるちゃんは、校舎の外にある屋台が立ち並ぶ一角へと訪れていた。

 沢山の人波を抜けて校舎外へと出たまひるちゃんのテンションは高く、外へと出てからすぐに買った綿菓子を左手に持ったまま、空いている右手で俺の手を握って引っ張って行く。

 こんな積極的な行動は、兄であるまひろには見られない。まひろはテンションが上がっても、静かに内側で盛り上がっているタイプだから。だからまひるちゃんの今の行動は、まひろを知っている人にとってはとても奇異に映るだろう。

 本当ならその辺りも気を付ける様に言うべきなんだろうけど、こうして純粋に文化祭を楽しんでいるまひるちゃんを見ていると、そんな事を言うのは気が引ける。

 まあ、もしも誰かにその点について何かを言われたら、祭りだから思わず開放的になっちゃったんだろう――とでも言っておけばいいだろう。誰にでも気分的に盛り上がってしまう事はあるだろうから。


「ねえ、龍之介。面白そうだから次はあそこに行ってみない?」

「いいよ。まひろが行きたい場所に付き合うよ」

「ありがとう♪」


 そして俺は本当に楽しそうにはしゃぐまひるちゃんを前に、迂闊うかつにも行きたい店の確認すらおこたってしまっていた。

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