第140話・気になる事
俺達はホテルからほど近い場所にあるビーチへと来ていた。
「眩しいな……」
渡と一緒に立てた三つのビーチパラソル。その一つの下で両膝を抱えながら俺は見ていた。美しい海で遊ぶ水着姿の女性達を。
十月になると水着姿の女性達を拝める機会などほぼ無い。だからこうしてこの素晴らしい光景を目に焼き付けているわけだ。怪しく思われない程度に。
「よっし! 準備完了!」
俺の隣では一眼レフデジタルカメラの準備を終えた渡が、ファインダーを覗き込みながらあちこちを見ていた。
「……渡。一応言っておくけど、盗撮は犯罪だからな?」
「知ってるよ」
「知っててやろうとしてるのか!?」
「俺が盗撮しようとしてるって前提で話を進めるのは止めてもらえませんかね!?」
「わりいわりい。ついな」
「たくっ……」
俺の謝りの言葉を聞くと、渡はブツブツと文句を言いながらどこかへと向かい始めた。いったいどこに何を撮りに行くのかは分からないけど、問題だけは起こさないでほしいもんだ。
そんな事を思いつつ、俺は水着美女ウォッチングを再開する。
「――お待たせしました」
パラソルの下で水着美女ウォッチングを再開してから十分くらいが経った頃。
膝を抱えて座っていた俺の背後から柔らかい声が聞こえ、俺は声がした方へと顔を向けた。
――おおっ!
声がした先に居たのは、沖縄の澄んだ青空を思わせるスカイブルーのホルターネックビキニを着た美月さんだった。
モデルみたいなスタイルの良さを持つ美月さんにビキニはとても似合っていて、思わずその豊満な胸に視線が吸い寄せられてしまう。
「鳴沢君。パラソルありがとう」
美月さんに続いて現れたのは、鮮やかなイエローのビキニに花柄のパレオを身に着けたるーちゃんだった。
ファンタジー世界から抜け出して来た妖精の様に可愛らしい顔立ちのるーちゃんにその装いはとても似合っていて、その姿はまるで南国のお姫様を思わせる。
「あ、いや、別に大した事じゃないよ」
にこっと微笑むるーちゃんを見て、俺は思わず視線を
昔から可愛かった子が成長し、こうして可愛さと共に色気を身に纏うというのは素晴らしい事ではある。だけど、健全な男子であるところの俺にその姿は眩し過ぎる。
「あれ? まひろ君と渡君はどうしたの?」
そして一番最後に現れたのは、ホワイトの水着を着た幼馴染の茜だった。
他の二人と同じくビキニタイプの水着ではあるものの、茜はショートパンツタイプの水着を着用している。スポーツが得意な元気印の茜にはピッタリなチョイスだ。
「まひろは宮下先生に用事があるとかでそっちに行ってるよ。渡はカメラを持ってどこかに行っちまった」
「そうだったんだ」
俺が質問に答えると、茜はさっさと海の方へ向けて歩き始めた。
昨日から少し様子がおかしいとは思っていたけど、それは今日も変わらずみたいだ。まあ、その原因は間違い無く、昨日の水族館でまひろが遂行した作戦によるものだろう。
まだその作戦内容についてのネタばらしを聞いていない俺にとっては、そこで何があったのか想像もできない。だから今の茜に対してどう接していいのか、俺にもよく分からないでいた。
「茜さーん! 待って下さーい!」
美月さんはさっさと海へ向かった茜を追って走って行く。
「隣に座ってもいいかな?」
「えっ? うん、どうぞ」
てっきりるーちゃんも海へ向かうと思っていたけど、予想外な事にそう言って俺の隣に座った。
「るーちゃんは海で遊ばないの?」
「あとでちゃんと海には行くよ? たっくんこそ海に入らないの?」
「沖縄の強い陽射しは虚弱な俺には厳しくてね。浴び続けると灰になりそうなんだ」
「ふふっ。まるで吸血鬼みたいだね」
「ははっ。確かに」
俺の冗談にくすくすと楽しそうに微笑むるーちゃん。
その笑顔は幼い頃に初めて見せてくれた笑顔を思い出させる。
「――ねえ、たっくん。水沢さん、どうかしたのかな?」
海を見ながら少し雑談に興じたあと、るーちゃんは突然そんな事を聞いてきた。
「茜がどうかした?」
「うん……なんだかいつもより元気が無いみたいだし、昨日の水族館から私の事を見てる感じがしたから……」
昔からるーちゃんは人の視線には敏感だったから、茜のそんな視線にも気付いていたんだろう。
そしてるーちゃんの言うとおり昨日の作戦決行後から茜の様子はおかしいし、茜がるーちゃんの事をチラチラと見ていたのも知っている。
「そっか。でも、俺にはよく分からないかな」
茜の様子が変な事には気付いていたけど、その理由を知らない俺にはそんな返答しかできなかった。
「そっか……でも、私は水沢さんに嫌われてるから、どんな風に思われてても仕方ないもんね。あんな事をしたんだし……」
るーちゃんはそう言うと、伏目がちに顔を俯かせてしまった。
「……多分だけど、それは違うと思うよ?」
「えっ?」
「その……あの時の事を茜が気にしているのは確かだと思うけど、だからってその事だけを元にして、いつまでもるーちゃんを敵視する様な奴じゃないよ。茜は」
「……そっか。たっくんは水沢さんの事をよく分かってるんだね」
「まあ、これでも一応幼馴染だし、長い付き合いだからね」
「だよね……」
俺がそう言うと、なぜかるーちゃんは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。
「それじゃあ……たっくんはあの時の事をどう思ってるの?」
そして俺にそんな質問をしたるーちゃんは答えを待ちわびる様にしながら、それでいてその答えを聞くのを怖がっているかの様にしながら俺を見据えている。
いくらまひろからあの時の真相を聞いているとはいえ、俺はまだ、るーちゃん本人からあの時の事を聞いたわけじゃない。だからどう答えればいいのか凄く迷っていた。
だけどあれは、俺が一人の女の子に恋をして至った一つの結果であって、それがたまたまあんな事になってしまっただけに過ぎない。だから俺は、今の俺に言える正直な気持ちを話そうと思った。
「……確かにあの時は、どうしてこんな事になったんだろう――って思ったり、後悔の気持ちもあったよ。今でもまったく気にしてないって言えば嘘になるけど、それでも俺は、あの時るーちゃんに告白できて良かったと思ってるよ」
「どうして? あんな酷い目に遭ったのに……」
「んー、どうしてかな? 自分でもよく分からないけど、るーちゃんがそんな酷い事をする人じゃない――って、心のどこかでそう思ってたからかもしれない。それとやっぱり、るーちゃんの事が好きだったからってのが、一番大きな理由だったのかも」
「そうなんだ……」
「あっ、ごめんね、変な事を言ってさ」
「ううん。聞いたのは私なんだから気にしないで」
つい口走ってしまった言葉を思い返し、俺は急速に顔が熱くなっていくのを感じていた。我ながら当時好きだった女の子を前にして、なんて事を言ってしまったんだろうかと思う。
自分の言った事を恥ずかしく思いながらるーちゃんの事が気になって横をチラリと見ると、るーちゃんは顔を紅くして俯いていた。そしてその様子を見た俺は、なんてアホな事を言ってしまったんだろう――という後悔と共に同じく顔を俯かせた。
「――あ、あのね……たっくん。あの時の事だけど――」
「朝陽さーん! こっちで一緒に遊びませんかー?」
お互いに黙り込んでしまった状況の中、るーちゃんが何かを言おうとしたその時、茜と一緒に遊んでいた美月さんがそう言いながらこちらに向かって走って来ていた。
「あっ……」
「行っておいでよ」
「う、うん……」
るーちゃんは戸惑い気味に返事をするとゆっくりと立ち上がり、美月さんの方へと歩き始めた。そして一度こちらへ振り返ったあと、目の前まで来た美月さんに手を引かれながら海の方へと向かって行った。
俺はそんな二人の姿を見送ったあとでその場に寝そべり、さっきるーちゃんが言おうとしていた事が何だったのかをぼんやりと考え始めた。
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