第122話・気になるお隣
夏休みに入ってから
それはお隣に住んでいる美月さんの部屋のカーテンが、二日くらい前からまったく開いていない事だ。これだけを聞くと、まるで俺が度々美月さんの部屋を覗いている様な印象を受けるかもしれないけど、決してそんな事はしていない。
だいたい美月さんの部屋は俺の部屋のすぐ目の前にあるんだから、朝だろうと昼だろうと、目覚めてカーテンを開ければ絶対に美月さんの部屋が目に映る。だから決して覗きをしていたわけではない。これだけは断言しておく。
まあ、それはともかくとして、俺が気にしているのは、お隣の美月さんがちゃんと自宅に居るのだろうか――という事だ。
お隣なんだから訪ねてみればいいだけの話ではあるけど、単純に遠出をしているだけかもしれないし、カーテンを開けるのを忘れているだけかもしれない。だいたい女の子が一人住まいをしている家に、そんな理由で訪ねて行くのもどうかと思う。
それに美月さんは遠出をする際には俺か杏子に一言必ず言って行くし、普段も規則正しく過ごしているみたいだから、さっき考えていた様な理由の内容には当てはまらないだろう。だからこそ、こうして変に思っているわけだ。
そしてそんな心配をしていたその時、俺はふと思った。それなら携帯に連絡を入れてみればいいじゃないか――と。
何でこんな単純な事に気付かなかったのかと、今更ながら自分に呆れてしまう。そしてそんな自分に対して恥ずかしさを感じつつも、俺はおもむろにベッドの上にある携帯電話を手に取って美月さんへメッセージを送った。
「さて。とりあえず返事を待ってみるか」
それからお昼を迎えるまでの間。俺は携帯を近くに置いて美月さんから返事が来るのを待った。
「――返信も無ければ見た気配も無しか……」
お昼を過ぎて少し遅めの昼食を摂ったあと、俺はリビングのテーブルに置いていた携帯を手に取り、美月さんからの返信が来ていないかを確認した。
しかし朝にメッセージを送ってからもう四時間くらいが経つけど、美月さんからの返信はおろか既読すら付いていなかった。まあ、何かをしていて手が放せない――という可能性はあるけど、やっぱりちょっと変に思ってしまう。
いつもとは違う状況に少し悩んだあと、俺は意を決して美月さんへ電話をかけてみた。
耳に当てた携帯からは、プップップッ――と、美月さんの携帯へと回線を繋いでいる音が聞こえる。そしてそろそろこの音がプルルルルッという呼び出し音に変わろうかという頃、俺の予想に反してそれは鳴らず、代わりに留守番電話へと繋がってしまった。
俺は美月さん側の電波の受信状態でも悪いのかと思いながら電話を切り、もう一度だけ電話をかけなおした。
「うーん……やっぱり繋がらないか……」
かけなおした二度目の電話も、一度目と同じで留守番電話へと繋がってしまった。俺はその時点で電話が繋がらないと判断し、通話を切った。
別にここまでして美月さんを気にかける必要は無いんだろうけど、単純に隣の家に住んでいる友達の安否は気になる。
そしていつまでもこうして悩んでいても仕方がないと思った俺は、とりあえず在宅しているのかどうかだけでも確かめてみようと、美月さんの家へ向かう事にした。
こうして部屋をあとにして家の外へと出た俺は、美月さんの家の正面へと向かった。するとそこから確認できる窓全てにカーテンがされているのが見えた。
やっぱりどこかに出掛けているだけかと思いながらも、とりあえず玄関前に来た俺は、チャイムへと手を伸ばしてボタンを押した。
「……うーん……やっぱり居ないのかな?」
そうは思いながらも、もう一度チャイムを押してしまう。人ってのは中に誰も居ないだろうなと思っていても、こういう行動をとってしまうものだ。
俺の手によって再びチャイム音が鳴り響いたが、やはり中からの反応は無い。その事にやはり美月さんは不在なんだなと思った俺は、そのまま
「はい……どちら様でしょうか?」
美月さんの家の外門を出ようとしたその時、
そしてそんな声を聞いた俺は、急いで玄関の方へと戻った。
「美月さん? 龍之介だけど」
「あっ、龍之介さんだったんですね。今開けます」
ガチャッ――とインターホンを切る音が聞こえたあと、しばらくしてガチャリと鍵の開く音がしてからゆっくりと扉が開き、そこからチラッと覗き込む様にしながら美月さんが顔を見せた。
「ど、どうしたの!?」
美月さんを見た俺は急いで近くへと寄った。
姿を見せた美月さんは大きなマスクをつけていて、開けた扉にきつそうにしながら寄りかかっていたからだ。
そして俺が近くに寄ると、美月さんはまるで身体の力が抜けたかの様にしてよろめいた。
「おっと!? 大丈夫?」
「す、すみません。龍之介さん……」
よろめいた美月さんの身体を支えると、その手に異常な熱さを感じた。
「風邪ひいてたの?」
「はい……三日くらい前から体調が悪くて……」
「三日前って……ともかくベッドまで行こう。ちゃんと寝てなきゃダメだからさ」
「はい……」
熱くなった身体をしっかりと支えつつ、俺は美月さんのペースに合わせて部屋へと進んだ。
「ありがとうございます。龍之介さん」
「お礼なんていいけど、病院には行ったの?」
「いいえ。具合が悪くてまともに歩けなかったので……」
「それなら俺に連絡してくれたら良かったのに」
美月さんの部屋に着いた俺は、支えていた美月さんをゆっくりとベッドに寝かせながら話をした。
「でも、それでは龍之介さんに迷惑をかけますから……」
「そんな事は気にしなくていいんだって。むしろ黙ってられる方が嫌だよ」
「そうでしたか。ごめんなさい……」
美月さんはベッドに寝たまま、少しだけしゅんとしてしまった。
――とりあえずお説教はあとだ。今は早く病院に連れて行かないと。
「美月さん。俺も一緒に付き合うから、とりあえず病院に行こう」
「そんな。悪いですよ」
「いいんだって。それにこのまま放っておいたら、俺が心配でどうにかなりそうだ。とりあえず俺は準備をして来るから、ちょっと待っててね」
俺は部屋を出てから自宅へと戻り、タクシーを呼んでから二枚のマスクと綺麗なタオル、冷蔵庫にあったスポーツドリンクと体温計を持ってから美月さんの家へと戻った。
「美月さん、大丈夫? これ飲める?」
ベッドで横になっている美月さんに声を掛け、俺はコップに注いだスポーツドリンクを見せる。
「は、はい。大丈夫です……」
美月さんはそう言いながらゆっくりと上半身を起こそうとする。
俺はそれを支えて起きるのを手伝いながら、持っていたコップを手渡した。
「はあっ……冷たくて美味しいです」
美月さんはにっこりと微笑みながらそう答えた。
こんなキツイ時くらいは気を遣わなくていいんだけど、それがいかにも美月さんらしいと思ってしまう。
「もうすぐタクシーが来るから、それに乗って病院へ行こう。独りで着替える事はできる?」
「はい。頑張ります」
「ごめんね。さすがに着替えは手伝ってあげられないからさ」
俺がそう言うと、美月さんは手に持っていたコップの中のスポーツドリンクを再び口にしてから上目遣いでこちらを見てきた。
「私は龍之介さんに手伝ってもらっても大丈夫ですよ?」
「なっ、何言ってんの!?」
弱った身体に火照った顔。この様に弱々しい姿でそんな事を言われ、俺は思わずドキッと心臓が跳ねてしまった。
「手伝ってくれないんですか?」
美月さんは瞳を潤ませながらそんな事を言う。
思わずそんな美月さんの姿にやられてしまいそうになるけど、ここは俺の中の全理性を総動員して乗り切らねばならない。
「い、いや、そういう事じゃなくてね。俺は男で、美月さんは女の子で、つまりその……着替えを手伝うってのは色々と問題があると言うか何と言うか……」
俺の言動はしどろもどろになり、まったく要領を得ない。
本当ならこんなにきつそうなんだし、目を瞑ってでも手伝ってあげたいとは思う。でも、そんな事をしてたら変なハプニングが起こらないとも限らない。
そして仮にそんな事が起こったとしたら、俺はどう対処すればいいのか分からない。一応言っておくが、決してエッチな妄想をしているわけではないのだ。
そんな風に俺がテンパっていた時、外で車のクラクションが鳴るのが聞こえてきた。
「あっ、呼んでたタクシーが来たみたいだ! 美月さん、ちゃんと着替えておいてねっ!」
俺は脱兎の如く部屋から逃げ出し、下に来ていたタクシーの運転手さんに事情を話して美月さんの準備が終わるまでの間を待ってもらった。
それから俺は着替えを済ませた美月さんの身体を支えつつ一階へと下り、タクシーで二十分くらいの位置にある病院へと向かった。
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