第24話・響き渡る叫び
積み重ねというのは人生を生きて行く上で大切な事だろうけど、中には何で積み重ねて来たのか、自分ですら分からないものも多々ある。
「くそっ……こんな重い物を運ばせやがって」
修学旅行二日目の夜。
俺を含めた数名の男子は、ホテルのすぐ近くにある広場に持って来た重い
そして広場へと重い枕木を運んでいる男子達の表情は、さながら冥界の亡者の如き苦悶の表情を浮かべている。きっと俺も、枕木を運んでいる最中はあんな表情をしているんだろう。
俺は持って来た枕木を広場の指定された位置へと置き重ね、大きく息を吐く。
何で俺達がこんな事をしているのかと言うと、美月さんの落としたハンカチを拾ってからホテルへと戻った時に、この作業をさせる為の生徒を探していた先生達に捕まったからだ。やらされている作業内容を考えれば、キャンプファイヤーの準備ってところだろうけど、こんな面倒な作業に駆り出されてしまったのは不運としか言い様が無い。
「はあっ、疲れた…………」
作業開始から約三十分くらいで枕木積みは終わり、俺を含めて駆り出された男子達が、疲れた表情を浮かべながらホテルへと戻って行く。
これは作業中に一人の先生から聞いた話だが、この唐突なキャンプファイヤー計画は、保健の宮下先生が立案して引率の先生達に持ちかけたものらしい。別にこういった計画を立てる事に反対はしないけど、それならせめて、先生達だけで準備出来るイベントにしてほしいと思う。
そして俺達が枕木を積み終えてから二十分くらいが経った十九時頃。
「よし、全員揃ったな。それでは、各クラスのクラス委員は前に出てくれ!」
先生の言葉を聞いた各クラス委員達が、整列したクラスの先頭に出てから枕木の前まで進んで行くと、枕木の傍らで
そして松明を受け取ったクラス委員達は近くに居る先生達に促され、一斉に持っていた松明を組まれた枕木へと近付ける。
するとクラス委員達が持っている松明から枕木へと火は徐々に燃え移り、最後には大きな炎となって明るく周囲を照らし始めた。
「おおー! 結構な迫力だな!」
俺の後ろに居る渡が、燃え上がる炎を見てテンション高く声を上げる。
結構苦労をして重い枕木を積み上げたんだから、みんなこれくらいテンションを上げてくれないと作業をした俺達が報われない。
「よし! それでは今回のメインイベントに移るぞ!」
キャンプファイヤーの炎が盛大に燃え盛り始めると、先生は楽しそうにメインイベントの開始を宣言した。
確かにキャンプファイヤーをしただけで終わりでは味気無いけど、いったい何をやるつもりだろうか。
「――納得いかねーっ!!」
先生がメインイベントの開始を宣言してから二十分後。
暗い森の中に、渡の何度目かになる叫び声が響き渡っていた。
「ちょっと渡君! 大きな声を出さないでって言ってるでしょ!」
「そうですよ~」
暗い森の中に入ってから、何かある度に『納得いかねー!』と前方で大きな声を上げて叫ぶ渡を、右隣で俺の腕を掴んでいる真柴が鋭い目で睨み、左隣で同じく俺の腕を掴んでいる美月さんが涙目で見据えている。
まひろは俺の後ろでジャージを掴んでいて状況が分からないけど、なんとなく震えている様な感じは伝わって来るし、度々小さな悲鳴も聞こえていた。
そしてこんな夜の暗い森の中で俺達が何をしているのかと言えば、こんな時の定番イベントとも言える肝試しをしているわけだが、お化け役の先生達は、いつの間にあんな衣装や装飾品を揃えたんだろうか。
「みんなさあー、俺にくっ付いてもいいんだよー?」
「鳴沢君でいいよ」
「龍之介さんがいいです」
「やっぱり納得いかね――――っ!! くそっ! 龍之介! 少しでいいからそこを代われよっ!」
「無茶言ってんじゃねえよ……」
端から見れば、この状況は羨ましく見えるかもしれない。だけど、左右に居るお嬢さん方は全力で俺の腕をロックしていて、右手に持つ懐中電灯の明かりを満足に向けたい場所に向ける事すら叶わない状況だ。
しかも、俺の後ろにはどんな状態で歩いているのか分からないまひろも居るんだから、それなりにゆっくり歩いてやらないと危ない。
どうにか足元を照らし、自分を含めた左右と後ろに居る人物の安全まで確保しながら神経を使って歩いているんだから、俺に舞い上がる余裕なんて微塵も無いわけだ。
「ちっ! 龍之介はいいよなーっ!」
左右に居るお嬢さん方の意志もあるからどうしようも無い事だとは思いつつも、このまま渡にギャーギャーと騒がれ続けるのもウザイ。
「たくっ……まひろ、本当に悪いけど、渡と一緒に行ってくれないか?」
「ご、ごめん、龍之介……こ、怖くて手が離せない…………」
美月さんと真柴はさっき断っていたから、本当に不本意ながらも、まひろに渡の相手を頼もうとしたけど、これも失敗に終わった。
それにしても、まひろは怖がってる声も超絶可愛い。今の怖がっているまひろの姿を拝めないのが、唯一残念なところだ。
「龍之介は裏切り者だよなーっ!」
「言っておくが、俺は入学してから一度もお前と仲間の
「それって酷くない!?」
こんな感じで暗い森の中を進み、所々で現れるお化け役の先生達を前に美月さんと真柴は大きな悲鳴を上げ、まひろは背中にしがみ付き、渡はその状況が訪れる度に俺に対して恨みの声を上げていた。
「――はあっ、やっと終わったな……」
恐怖による絶叫と、俺への恨みの叫びが木霊する肝試しがようやく終わり、花嵐恋学園の生徒は全員ホテルへと戻り始めた。
突発イベントも終わり、あとは就寝するだけと言いたいところだけど、その前に風呂へ行くのは絶対だ。ただでさえまだ蒸し暑いのに、三人にしがみ付かれた影響と、神経を擦り減らした事で俺の身体は相当に汗ばんでいるから。
疲れた身体をせっせと動かしながら前へと進み、ジャージのポケットに両手を突っ込んだ時、右ポケットの中に何かが入っている事に気付いてそれを取り出した。
「あっ、忘れてた! 美月さんに返しとかないと」
美月さんに渡す為に持って来ていたハンカチの事をすっかり忘れていた俺は、急いで美月さんを追いかけた。
「美月さーん!」
「どうかしたんですか? そんなに慌てて」
「はいこれ。ベンチで話したあとに落としてたよ」
「あっ、ありがとうございます。部屋に帰ってから無い事に気付いて、ずっと探してたんですよ」
「そっか。それなら良かったよ」
「…………」
ハンカチを受け取った美月さんは、そのまま黙ってなぜか俺の顔をまじまじと見つめ始めた。
「あの、どうかした?」
「あっ、いえ、何でもないです。ハンカチ、拾ってもらってありがとうございました」
美月さんはお礼を言ってからペコリと頭を下げると、また足早にホテルへと戻って行った。
さっきの美月さんは、まるで俺からの反応を
ちょっと考え過ぎかなと思いつつ、俺は汗ばんだ身体と擦れた精神のリフレッシュの為に、急いで大浴場へと向かった。
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