第20話・学園の謎

 二学期開始から数日が経った放課後。

 俺は文化部棟のとある一室を目指して廊下を歩いていた。何で帰宅部の俺が、放課後に文化部棟へ来ているのか。それは、突然取材部からの呼び出しを受けたからだ。

 我らが花嵐恋からんこえ学園の取材部と言えば、全ての部活動の中で唯一、メンバーの全てが非公開にされている事で有名だ。取材部の入部に関しても、どの様に行っているのかは誰も知らない。

 普通ならありえない事だろうけど、この取材部は仕事の正確性から学園側の信頼も厚く、学園内で最も特別優遇措置を受けている部活と言ってもいいだろう。

 以上の事から、部員以外の者は取材部の許可無しに部室がある一定エリア内に入る事すら許されていない。


「たくっ。渡の奴、余計な事を言いやがって……」


 本来ならこんな訳も分からない呼び出しなんて無視するんだけど、その事を渡に話した時にこんな話を聞かされた。

 それは、取材部の呼び出しを無視すると消される――だの、呼び出しを無視した先輩が、翌日急に転校になった――だの、どれもこちらの不安をあおる様な内容ばかりだ。まあ、いくらなんでも消されるってのは冗談だろうけど。

 そんな話を聞いてくだらないとは思いつつも、渡が必死に行けと言うので、仕方なく呼び出しに応じようとしているわけだ。決して聞かされた噂話が怖くて来たわけではない。

 しーんと静まり返った取材部専用エリアを歩き、その最奥部さいおうぶへ辿り着くと、そこにある『取材部』と書かれた長方形の木製プレートが掛けられた扉の前へと立つ。


「ここか……」

鳴沢龍之介なるさわりゅうのすけ君ね? どうぞ入って下さい」


 意を決して目の前にある引き戸に手を伸ばそうとしたその瞬間、中から凛とした知的な感じの声が聞こえてきた。

 その声に少し戸惑いつつも、引き戸をゆっくりと開けて中へと足を踏み入れる。


「失礼します」


 部屋の中はかなり暗く、間取りがどんな感じかなのかもよく分からなかった。分かる事と言えば、奥に見えるデスクの上に置かれた卓上灯が、ぽつんと薄暗い灯りを放っている事と、テレビドラマの社長室とかでよく見かける、背もたれの大きな椅子がある事くらいだ。おそらくそこに、声を発した人物が座っているんだろう。


「ようこそ取材部へ。歓迎するわ。私は取材部のリーダーで、四季しきと言います」


 見えていた椅子の背もたれがくるりと半回転し、座っていた人物の顔が卓上灯の光に照らされる。

 奇妙な事に四季と名乗ったその人物は、仮面舞踏会などで使われている様な仮面を付けていた。その話し方や声質、顔の輪郭や髪の長さを考えると、女性である事は間違い無いだろう。


「あ、はい。あの、さっそくですけど、色々と聞いてもいいですか?」

「本来、私達は聞く側の立場なのだけど……まあいいわ、何かしら?」

「まず、その仮面は何ですか?」

「取材部特注の仮面だけど?」

「いや、そういう事が聞きたいんじゃなくてですね」

「何で仮面を付けてるのか――って事かしら?」

「はい」


 俺はそのとおりだと力強く頷いた。

 今の四季さんはどこからどう見ても、漫画やアニメで見かける悪の秘密結社の様にしか見えない。


「鳴沢龍之介君。あなたも取材部についての話を聞いた事があるとは思うけど、簡単に言えば個人を特定されない為よ」

「それだけの為にそこまでやるんですか?」

「私達の取材は幅広いから、時には危ない事もあるの。だから、その危険を少なくする為に必要な事なのよ」


 ――危ないって……この人達は普段何をしてるんだ?


 そんな事を思っていると、卓上にある今は懐かしき黒電話が、けたたましい音を鳴らし始めた。


「ちょっと失礼。もしもし? ――そう、分かったわ。サマーユニットはそのまま調査を続けて、場合によっては目標の消去を――」


 黒電話で誰かと話をする四季さんは、なにやら物騒なワードを次々と口にしていく。

 そんな四季さんの物騒な会話を聞いていると、ここへ来る前に渡が言っていた噂話を嫌でも思い出してしまう。


「――待たせてしまってごめんなさいね、鳴沢龍之介君」


 ごちゃごちゃと考え事をしている間に電話が終わった様で、四季さんは受話器をそっと戻してからこちらの方へと向き直る。


「いえ。とりあえず、俺に何の用があるんですかね?」


 先の会話を聞いてビビリながらも、俺はそれを表情や態度に出すまいとポーカーフェイスを作る。


「そうだったわね。それじゃあ早速だけど、如月美月きさらぎみつきと付き合っているという噂があるのだけど、それは本当?」

「はいっ? どうしてそんな事を?」

「その理由を詳しく言う訳にはいかないけど、とある人からの依頼で――とだけ言っておくわ。で? どうなの?」

「デマですよ、そんなの」


 何でそんなくだらない事に答えなきゃいかんのだと思いつつ、大きく息を吐き出したあと、俺は四季さんの質問に対して呆れ気味にそう答えた。


「本当に? 一応こちらでは、彼女が引っ越して来た日に、あなたが近所のスーパーで接触をしたところから調べさせているんだけど」


 仮面越しに鋭い視線を向ける四季さん。

 あの出来事は杏子以外には話していないのに、この人はそれを知っている。これは取材部が噂になるだけはあるのかもしれない。


「本当ですよ。俺の言葉が信用できないなら、美月さんに直接聞いてみればいいじゃないですか」


 ついついそう言ってしまったものの、美月さんは誤解を招く発言が多々あるから、逆に危険かもしれない――と、一瞬だがそう思ってしまった。


「如月美月の事を名前で呼んでるのね」

「そ、それは美月さんにそう頼まれたからですよ」

「なるほど……うん、分かったわ。今日はこれで終わりにします」

「今日は?」

「ええ。でも、一つだけ言わせて。如月美月を好きになっちゃ駄目よ?」

「は? どういう事です?」

「その理由は言えない。けれど、これは忠告でもあり、警告でもあるの。さあ、話はここまでよ。気を付けて帰りなさい」


 こちらの質問には一切答えてもらえず、俺はそのまま部屋を出された。

 こうして俺は、なんとも煮え切らない気持ちのままで家へと帰る事になった。


「――あっ、お兄ちゃーん!」


 モヤモヤとした気分のままで帰路を歩き、ようやく家が見える位置まで来ると、家の前で大きく手を振りながら俺を呼ぶ杏子の姿があった。


「何やってんだ? こんな所で」

「お兄ちゃんを待ってたんだよ」

「あっ、龍之介さん、やっと帰って来たんですね」


 杏子の居る自宅前まで行くと、ちょうど隣の家から、可愛らしいシャム猫のイラストが描かれた黄色のエプロンを身に着けた美月さんが出て来て、いそいそとこちらへ駆け寄って来た。

 その様はまるで、新婚の新妻を感じさせる。なんと愛らしく素晴らしい姿だろうか。


「実は美月お姉ちゃんと一緒に、夕飯を作ってたの」

「そうだったの?」

「今日はとっても上手に出来たんですよ。だから、是非食べて下さい」


 そう言って俺の手を握り、自宅へと引っ張って行こうとする美月さん。今日はいつもと違い、とてもテンションが高い。


「ちょ、ちょっと待って! 鞄を置いて来ないと」

「あっ、ごめんなさい。私ったらついはしゃいでしまって……」

「鞄を置いたらすぐに行くから、杏子と待っててよ」

「分かりました。早く来て下さいね、待ってますから」


 満面の笑みでそう言うと、美月さんは足取りも軽く自宅へと戻って行った。


「いたっ! 何すんだよ? 杏子」

「お兄ちゃん、デレデレしてた」


 鋭い肘打ちを背中に入れ、ムスッとした表情で美月さんを追って行く杏子。

 そんなにデレデレしてただろうか――と思いつつ、なぜか不機嫌な妹様のご機嫌取りを考えながら、俺は鞄を置きに自室へと向かった。

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