第19話・簡単には解けないもの

 二学期が始まって二日目。

 今日からいよいよ授業が開始となり、久々と言う事で最初こそ懐かしく思いながら真面目に授業を受けていたけど、それも十分と経てば退屈に感じてくる。

 しかし、いくら退屈に感じようとも、昨日の様な騒動に巻き込まれるよりはマシだ。昨日は美月さんによる爆弾発言により、俺は色々とややこしい詮索を受ける羽目になったから。

 昨日の騒動で当の本人が至って涼しい表情だったのはビックリだったけど、おそらくそういった発言に何の疑問もいだいていないのだろう。

 まあ、それはともかくとして、昨日あれほどちゃんと説明をしたというのに、俺と美月さんの関係を疑っている奴は未だ多い。激しく面倒臭い状況ではあるけど、それでも今日の午前中は特に何事も無く過ぎ去った。


「ちょっと龍ちゃん!」


 お昼休みに突入して間も無く、別のクラスに居る茜が慌てた様子で教室へと入って来た。

 クラスメイトのほとんどは、学食か日陰のある涼しい場所でお弁当を食べているみたいだから、夏を迎えてからの教室内はかなり閑散としている。そんな訳で現在は、まひろ、美月さん、俺と他数名の女生徒しか教室内には居ない。


「何だよ茜? どうした?」

「彼女ができたって本当なのっ!?」

「ぶっ!?」


 おそらく――いや、間違い無く、茜の言っている彼女とは美月さんの事だろう。どうやら昨日の出来事は他のクラスにまで蔓延まんえんしている様だが、どうして人間てのは、他人の色恋沙汰や噂話に飛びつくのやら。


「あー、えっと、それはだな……」

「やっぱり本当なの?」

「違うって。彼女なんて居ないっての。どこでそんなデマ情報を聞いたのかは知らんが、そんな噂をいちいち鵜呑うのみにするなっての」

「本当に?」

「こんな事で嘘ついてどうすんだよ? 仮に嘘だったとしても、そんなのすぐに分かっちゃうだろ?」

「そ、そっか。そうだよね。良かった……」

「おいおい。良かったって何だよ?」

「えっ!? だ、だって、龍ちゃんに彼女ができたら困るし……」

「はっ? どうして俺に彼女ができると茜が困るんだ?」

「そ、それはその……ほらっ! 龍ちゃんに彼女ができたら、こうやって気軽に話しかけられないじゃない?」


 俺の質問に慌てた様子を見せながら、奇妙なゼスチャーを見せる茜。

 そんな茜の発言や態度から、言いたい事はなんとなくだが分かった。


「まあ、分からん話ではないけど、仮に彼女が居たとしても、話しくらいは普通にできるだろ?」

「そんなの無理だよ……」

「何でさ?」

「女の子はね、ずっと自分だけを見ていてほしいものだから……」


 そう言ってからしゅんと俯く茜。

 そんな態度を取られると、俺も反応に困ってしまう。


「そうですね。確かに女の子はそういう感じかもしれません」

「あの、あなたは?」

「私は如月美月きさらぎみつきと申します。よろしくお願いします」


 茜の前に立って丁寧に頭を下げ、挨拶をする美月さん。彼女の礼儀正しい姿勢は、誰に対しても変わらない。


「如月さんはね、龍之介の家の隣に引っ越して来たんだよ」


 美月さんが話に割って入って来たのを切っ掛けに、近くに来ていたまひろも話に参加してきた。


「お隣に?」

「はい。こちらに引っ越して来た初日から、龍之介さんにはとてもお世話になっているんです。一緒に買い物をしたり、一緒に料理をしたり、一緒に遊んだり、一緒に寝たり」

「い、一緒に寝るぅ!?」

「ちょ、ちょっと美月さん!? 何言ってんの!?」

「えっ? 何って、龍之介さんと一緒にした事ですよ?」

「りゅ、龍ちゃんと一緒にした事ぉ!? 龍ちゃん! いったい如月さんと何をしたのよっ!?」


 瞬間沸騰――という言葉があるけど、ちょうどそんな感じで茜の顔が一気に赤く染まっていく。もしも今が真冬だったら、茜の顔から湯気が立ち上るのが見えたかもしれない。

 それにしても、前々から思っていた事ではあるけど、茜は結構感情の沸点が低い。変なところで怒るし、そうかと思ったら唐突にナーバスになったりするしで、正直、わけの分からないところも未だに多い。この急な感情変化の切っ掛けは、きっと俺には永遠に分からないのだと思う。

 そんな茜は凄まじい勢いでこちらへと詰め寄って来ると、俺の両肩をグッと掴んでから激しく身体を揺する。


「ちょ、ちょっと落ち着けって!」

「落ち着ける訳無いでしょ!? 龍ちゃんのスケベ! 変態! 色情狂しきじょうきょうっ!」


 茜は掴んだ両肩を大きく揺らしながら、全力で俺をののしってくる。スケベや変態ってのは、こんな時によく聞く罵り言葉かもしれないけど、そこに色情狂という単語を混ぜてくるあたりが、耳年増みみどしまの茜らしいと思う。

 そんな茜が美月さんの言い方を聞いて、そういう方面に思考が行くのは至極当然かもしれないけど、それにしたって落ち着きが無さ過ぎる。


「あ、茜ちゃん。ちょっと落ち着いて……」


 おろおろしながらもまひろが止めに入ってくれたおかげで、茜はなんとか落ち着きを取り戻し、その後ようやく茜に美月さんが言った内容を説明する事ができた。


「そ、そういう事なら早く言ってよねっ!」


 美月さんの発言や俺に対する噂に対しての説明終了後、茜はそう言って大きく頬を膨らませた。

 そんな茜の言葉や態度に対し、『言おうとしたのに聞かなかったのはアナタですよ?』と言ってやりたかったけど、それを口にすれば元の木阿弥もくあみになるのは目に見えているので我慢だ。


「へいへい、俺が悪かったよ」

「でも、私は龍之介さんの事が好きですよ?」

「「「えっ!?」」」

「龍之介さんはとっても優しいですし、共通の趣味も多いですから」

「あ、ああ。お友達としてって事ね」


 呟く様にそう言った茜の言葉に、俺はなるほどと納得してしまった。

 美月さんの言っている好きは、ラブではなくライクの方だという事だ。そしてそれが分かった途端、俺は少しだけ残念な気持ちを感じた。


「それよりも龍ちゃん、さっきは顔がにやけてたよ?」

「そ、そんな事は無いだろ!?」


 もしかしたらそうだったかも――と思いつつも、とりあえず茜の発言を否定する。

 だって、自分の事を好きだと言われ、それがラブだと勘違いしてました――なんて言えるはずがないから。


「うん。確かに龍之介はにやけてたよ」


 茜の言葉を否定した俺に対し、まひろは茜の言葉を肯定して不機嫌そうな表情でこちらを見る。それにしても、茜もまひろも、どうしてあんなに俺を睨むんだろうか。


「龍之介さんは本当に楽しい方ですね。これから一緒に学園生活を送るのが楽しみです」

「えっ? あ、ああ。そうだね」


 茜とまひろの突き刺さる様な視線を浴びながら、俺は苦笑いを浮かべて美月さんに返答をする。

 それにしても、美月さんにはもう少し言動を選んで発言してほしいもんだ。そうじゃないと俺が勘違いしてしまいそうだし、何よりそこに居る二人の視線が痛いので。

 俺はこの天然系美少女に今日も振り回され、やれやれと溜息を吐いた。

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