5.ボス、許可する

「もう一度聞く。誰だテメェは」


 タスケテー。ダークブラウンのスーツを着た暗めの茶髪でピエロの化粧した渋めの声だが荒い口調のおじさんが僕に銃を突きつけてくるよー。それも、かなり大きめなハンドガンを。銃身からはチューブのようなモノが伸びていて、その先は手の中、それも、皮膚の下へと繋がっている。なんだあれ。サイバネティクス的ななんかか?

 

「早く答えないとヘルメットを外しちゃうわよー? 貴方の首が残ったまま」

 

 こっちは声からして女性のようだが、顔はよく分からない。大きな銅色のモノクルを両目に付けているせいだ。デザインは二つとも違うが、共通して言えるのは『なんかスイッチ押したらジーコジーコという音をさせながら動きそう』という点だ。歯車とミニ銅パイプの組み合わせで出来たモノクル。ちょっとカッコいいデザインだな。両目に付けてるのはアレだけど。

 髪は赤のウェーブで、身長は高め。胸は豊満である。服は白いワンピースだが……ところどころ赤いな。ま、血だろうな。それと手には刀を持っているけれど、ピンク色の鞘、緑色の刀身、青色の鍔、となんだかサイケデリックな刀である。ちなみに既に抜かれていて、俺の首に押し当てられている。引いたら切れる状態だ。


『返答不要。我、汝殺害望。不審者消去。我々、情報遮断必要』

「お前さっき普通に話してたろ」

『!? ……黙秘!』

「なんでソイツにだけ反応してんだテメェ」


 ロボボイスで顔までの全身黒タイツの女にツッコミに律儀にツッコミを入れたところ、ピエロ男に咎められた。ちなみに女と分かったのは身体付きからだ。顔わからんし。シーメールの可能性ももちろんあるが。

 彼女の腕と足の周り、正確に言うなら前腕と下腿は、肉よりもニ回りか三回りほど大きい金属の塊が巻き付いており、俺を認識した瞬間、右腕のそれがパカリと開いて銃身が現れていた。機械腕ってヤツだ。こうなると、黒タイツもただの変態衣装ではなく意味があるのだろうな。アレもディスプレイになったりするのかもしれない。

 ゴスを入れて女三人と男一人のチームか。いわゆるハーレム……っぽいが、なんだろう。特に羨ましくはないな。顔わからんし。

 というか、俺の性欲が著しく落ちている気がしてならない。クソ、健全な男子高校生のドロドロな性欲がなぜこんなに減少してんだ。顔が見えなくとも、ピッチリタイツに包まれた身体なんて今すぐ出してしまってもおかしくないのに。あ、ブリキ化のせいか。チ○コとかあんのかなこの身体。

 

「で、なんなんだお前?」

「ガー、ピピー。私は子供向けブリキロボットのマサトゥー。この少女に買われました。怪しみは一切ない」


 ヘルメットの表示文字を『自我がないので安心』に変更しつつ、ピエロ男に向かってそう言ってみた。我ながらなかなかの機転だと思う。


「いやテメェさっき普通に話してたろ」

「チッ。黙秘するッス」

『あの、間接的に私をディスってませんか……あ。汝、我侮辱! 我、不赦!』


 無理しなくていいよタイツウーマン。


「私が連れてきた! この人はブリ兄さん! 情報とお金を手に入れて、私からスチームを買ってくれる!」

「つまりそういうことッス。よろしくお願いします。金と情報をくれれば全てを忘れるんで命だけは勘弁してくださいッス」

「サラッと金も情報も命も全部確保しようとしてるわねこのガラクタ」

 

 だって俺がいますぐ殺されない理由がどこにもないし。そりゃあ恐怖が一周回ってやけっぱちになるというものだ。

 ここに来るまでに、何人か死体と化している警備員らしきものたちを見た。間違いなく彼らの仕業。障害を消すのに何の躊躇もない類の人間に違いない。未だに頭を撃ち抜かれないのが、むしろ疑問なぐらいだ。


「チッ。ブリ兄さんって名称にその身体。さてはブリテン人だな? 今の装備じゃ殺せねぇぞ」


 あ、硬いんだ俺の身体。殺さないのではなく殺せないだけらしい。

 ところでブリテン人って名称は大変よろしくないのではないかと思うが、ひょっとしたらあの孤立大好き二枚舌国家はこの世界には存在しないのかもしれない。そもそも同じ国自体があるかすら怪しい。というかここどこだよ。この星なんだよ。地球って名称じゃねーだろ。


『我、彼殺害可能。最大火力使用』

「MPもSPも大量に消費して、かしら? まだこれから逃げなきゃいけないのよ。あんまりトンチンカンなこと言ってると、実は普通に話せることをボスにバラすわよ?」

『勘弁してください』

 

 スチパン両目モノクルに叱られて黒タイツがしゅん、となった。ちょっと可愛い。

 それにしてもMPとSPか。気になる単語だ。RPG的に普通に考えるなら、前者はマジックポイントだろう。後者はスキルポイント? スペシャルポイント? 思いつくモノが多いな。実にゲーム的だ。この世界の嘘臭さが更に高まった。

 フーム。彼らがいますぐ俺を殺せないのは分かった。となると、いっそ俺が彼らを? いやいや。こっちの攻撃能力すら分からんのに、それは愚策だ。……よし。ならばこの手だ。


「あ、あの。提案なんですが。俺を貴方たちの仲間にしてくれないッスか? よく知らないけど俺、硬いんスよね? 盾ぐらいにはなると思うんで」

 

 会心の一手だぜ。これで勝てるぜ。へへっ。明らかにこの世界でも犯罪であろう銀行強盗に加担するのはやや抵抗があるが、死ぬよりはマシだ。

 ……やや、か。やや程度か。元の世界の俺だったら絶対にやらないと思う。この身体になったせいか、それともまだ現実感がないのか。銀行強盗なんてやったら人を殺すことになるかもしれないというのに、思ったよりも俺の心は冷静なようだ。


「今日会ったばかりの人間を信用できるかクソボケ。ただでさえゴスが連れてきたヤツだってのに」


 うーん。超正論。何も反論できねえ。なんだったら俺もそう思っていたレベルの正論た。しかもゴスへの信頼度低いな。

 このまま攫われてアジトとかでじっくり殺されてしまうのだろうか。

 そう思ってやや絶望し始めたところで、ピエロ男が腕を組んだ。何かを悩んでいるようだ。


「んー……いや。俺の一存じゃ決められねぇか。来るもの拒まずがウチの基本だしな。ゴスが連れてきたヤツだし」


 お? 正直駄目元な提案だったが、まさか通るのか? 希望の光が見えてきた。あとゴスは信頼されてんのかされてないのかどっちなんだ。

 ピエロ男が懐から無線機らしきものを取り出し、それを耳に当てた。どこかに連絡を取っているみたいだ。


「もしもし? 俺だ。いまちっと面倒なことになっててな。ゴスのアホがブリテンを連れてきた。仲間になりたがってる。……あ? いいのか? 信用できなくねぇか。まさかとは思うが、いつもの勘か? ……考えた末の結論? じゃあダメだ。勘のほうがよく当たるんだよテメェは。あぁ。あぁ。勘からオッケーが出たか。なら連れて行く。いや、待て。勘からオッケーが出るってどういう感覚だ?」


 どんな会話してんだよ、などと思いつつも終わるのを待つ。数分して、ピエロ男が電話を切った。


「ボスからオーケーが出た。コトが終わったら連れて帰る」

「はぁ……」


 つい生返事になってしまった。正直、通るとは思わなんだ。適当に会話を引き伸ばして、他の案を考えようと思ってたんだが。


「ボスというのは? 何者なんスか?」


 さっきのピエロ男の会話を聞く限り、あんまり敬われてなさそうだなボスとやら。


「そのまんまの意味だ。アジトで俺たちに指令を出しているクソ野郎で、ウチのトップ。コネを除いて無能だから尊敬はしなくていい」


 そげなこと言われても。犯罪組織のトップに舐めた口を利く度胸なんざ俺には無い。


「呼び方はなんでいいぞ。別世界から来る前は『テイトク』だの『プロフェッサー』だの色々呼ばれてたらしいが、誰もそうは呼ばん」

  

 へー、別世界から……別世界から!? 俺と同じじゃないか。こりゃあどうしても会わなければならない。帰り方を知っているかもしれない。ボスと呼ばれるまでこの世界にいたと考えるのなら、知らないのかもしれないけれど。


「それじゃ、話も纏まったことだしお仕事しましょ。あ、私の名前はクライン。よろしくね、新人ちゃん」

「は、はい」


 スチパン両目モノクル……クラインが刀を収めつつそう言った。キュッとへの字にしていた口元は、既にニコリとさせている。仲間には優しいタイプの人らしい。


『有栖。近接戦闘、機械工学担当。宜』

「うるせえ、普通に喋れ」

『!?』


 こいつはこういう扱いでいいや。ロボ声で聞き取りづらい上に内容も理解するまで時間掛かるし。止めるまで適当な扱いしよう。

 

「俺はダリーだ。『今日は』リーダーをやっている」


 リーダー……あぁ、ゴスが言ってた賢い人ってのはこのダリーさんを指してたのか。たしかに口は悪いが頭は良さそうだし、強盗中だから銀行の誰よりも偉いな。生殺与奪を握ってるわけだから。


「なるべく俺の指示を従え。分からないことがあったら聞け。俺が手が離せないときはクラインに指示を仰げ。ゴスの指示は話半分でいい。アリスとボスの言うことは聞くな。アリスは真面目ぶってるし硬そうな印象を出す変な口調で話してるが、専門分野に関して以外は頭が悪い。聞くな」

『!?』

  

 ピエロ男がダリー、スチパン両目モノクルがクライン、黒タイツが有栖……アリス、ゴスはゴスか。本名ではなくコードネーム的なモノだろうな、おそらく。


「ところで新人ちゃん、あなた、人を殺したことはあるのかしら? もう少ししたらドンパチが始まっちゃうわよ?」

「無いです。無いですけど、まぁ多分大丈夫です」

 

 殺さなくていいなら誰も殺したくないが、俺とて死にたいわけではない。ここで下手に『俺は、誰も殺さない!』なんて口が裂けてもいえない。『役に立たねぇから見捨てよう』の精神が遺憾なく発揮されてしまう確率は、なるべく下げたいところだ。

 殺人への嫌悪感だの罪悪感だのは、まぁ、大丈夫だろう。なんか妙に心が冷めている気がするし。これも多分、ブリキ化のせいだ。元の世界の俺は、クソヌーブに対して『野良でPVEやるならwikiぐらい読んでこいやぁ!』とすぐに顔を真っ赤にする熱い男だったのだ。『虐殺はノー先生』のような、思春期特有の無敵感(怖いもの知らず)から来る上辺だけの冷静さも無くは無かったが、ここまで自己分析が出来るほどではなかったと思う。おそらくブリキ化せずにここに来ていたら、当の昔に発狂し街中で銃の乱射でもしていたに違いない。赤い水を飲んだ者たちのところに置いて行かれたヤツみたいに。


『えー? 不安。我、汝信用不可』

「お前の口調ほど不安定じゃねぇよ。統一しろクソ野郎」

『!? 汝、何故、冷!』


 自覚ねぇのかよ。分かりづらい口調だからだよ。多分、他の二人も同じ気持ちだろう。この口調を止めさせたくて冷たく当たってるんだと思う。

 つまりは……アリス。お前が冷たくされんのは、自業自得だ。





【TIPS】

・ボス

無能。


・スチームパンクとは

蒸気、歯車、銅(かブリキ)。これでもうスチームパンク。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る