どこかの森
鐘辺完
どこかの森
頭がぼんやりしていた。
私は森の中でぽつねんと立っていることに気づく。
いわゆる森林浴な空気の中。マイナスイオンだかなんだかの微妙に湿った森の香りの中、私はパジャマを着たまま突っ立っていた。
森の木の葉は、つくりもののように鮮やかな緑色でつるつるした感じがあって、レゴブロックのような樹脂でできているような印象を感じた。
玩具の森のようだ。でも皮膚感覚と嗅覚はリアルな森を感じていた。
パジャマを着ているぐらいだから当然裸足だが、別に足は痛くない。というか、足の裏が痛くないということに意識が向いたのはずいぶんあとのことだ。
地面は割合ごつごつしていたように思うので、現実だったら痛かったんだろうと思う。
そうだ。ここは現実ではない。
よくある、夢の中の風景だ。
パジャマで森の中にいるわけがない。なんで自分が森の中にいるのか覚えてもないんだから、これが現実なわけがない。
でも、夢ってのは不思議なもので、そのへんの整合性を冷静に理解しない。
話がそれるが、いつぞや、近くの道路にF-1マシンが置いてあった夢を見た。
F-1マシンは巨大で、全長12メートルはあり、横幅は道路幅の半分以上を占めた。
「うわー。F-1だぁ。カッコイイなぁ。意外とでっかいんだなぁ」
とか思って見ていた。
が、目が覚めて冷静に考えると、そんなにF-1マシンが巨大なわけがないし、だいたいどうやってそこに運んできたのかと。公道走れる大きさじゃないってのに。
というような具合で、夢の中では冷静な判断ができないのだ。なぜなら、寝てるからだ。
寝ぼけてるからだ。
だから、今会話してる相手が突然別人に変わってても違和感なく会話続けたりするのだ。寝てるからしょうがない。脳が正常に活動していないのだ。
脳が現実と違う世界に――。
そうか、今、私がいるところは、別世界なんだ。
納得した。
かなり問題はあるが、この瞬間の私は、啓示を受けたかのように瞬時に合点した。
なぜなら寝てるからだ。
真理に到達した(と思い込んだ)私は、この異世界に召喚された理由を求めて、城を目指した。
なぜ城だと思うか。寝てるからだ。
私は森の中をさまよい歩いた。
夢の中というのはなぜこんなに歩くのがだるいのか。空気が濃いというのか、まとわりつくようで、まるで布団の中にいるかのようだ。いやきっと布団の中なんだろうけどね。
がんばって森を抜けようとするが、なかなか進まない。
夢なんだから、このまま終わるのかと思ったら、そこに馬と、その馬上の人がいた。
くすんだ銀色の鎧をまとった騎士は、そのバイザーをあげた。
美少女だった。16歳くらいだろうか? 色白で碧眼、唇がややぽってりしている。髪は兜に隠れてよくわからないけど金髪だ。見えないけど金髪だと思い込んだらそういう設定になったっぽい。
「ここはどこですか?」
「幻覚の森です。ここに入り込むのは危険です。さあこちらへ」
ってすでに森は終わりだった。
そういや、彼女も森の深くに入ったら幻覚にやられるんだろうからなぁ。彼女も私の幻覚でない保証もないけど。いや、彼女も含めて私の夢だ。
彼女に案内されて城に入った。
いきなり王との謁見である。
なんか全部レンガみたいな大きさにした灰色の石を組み合わせただけの城に見えた。床はまばらな大きさの石でできた石畳だ。
王との謁見の間は、そんな石畳に直接座らされた。
王は教壇みたいに一段高いところに、高価そうで、でも座り心地は悪そうな椅子に座っていた。
「投獄しろ」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
というわけで、説明もされずに私は投獄された。
うーん。困った。
私がこの世界にやってきた理由がわからないではないか。
私は王に召喚されてこの世界を救う救世主なんじゃないのか。メシアじゃないのか。
メシ? そういえば食ってないなぁ。どうせ夢なのに腹減ったなぁ。
ちゃんと食べ物出るかなぁ。
「食事だ」
さっきの美少女騎士が、軽装な服装で、食べ物を持ってきてくれた。革の胸当てをしている。一応最低限の防護はしてるのか。
トレイに乗ったコッペパンとスープ。
スープはぬるくて、パンはぱさぱさ。しょうがないか。囚われの身だ。
「不満そうだな」
「まあ、いきなり牢屋にぶちこまれては」
「ははは。大丈夫だよ。心配ない」
「なんで?」
「今のきみには説明しても意味がない」
「なんで?」
「寝てるから」
「あっ、そうかぁ」
なるほどね。一本取られた。
食事が終わると、しょうがないので、横になった。
床に何かを敷きつめてシーツをかぶせたような寝床だ。固すぎるが、でこぼこした石畳に寝るよりは遥かにましだ。
横になるとすぐ意識がなくなった。
はっ、と目覚めた。
変な夢を見た……、と思ったらまだ牢屋の中だった。
ぼやーっとした頭が晴れてくる。
ああそうか。
「おーい。すいませーん」
呼びかける。
夢の中では美少女騎士だったはずの、大柄で金髪碧眼の地味な顔の女の子がやってきた。
「正気になったか」
「はいすっかり」
私の服装は、この世界に普通の貫頭衣だった。パジャマなんてこじゃれた服装じゃなかったのだ。
「あんな森の中に入るからだ」
女の子に言われた私は、
「ちょっと寄(酔)ってみたかったんです」
「ラリる目的で森に入って出てこれなくなったやつもいるのに」
「いや、ちょっとだけならいいかなぁって。森の中にいた私は、異世界からこっちにやって来たんですよ」
「他人の夢の話は支離滅裂で退屈だ」
「いや、あなたがすごい美少女騎士に見えてたんですよ」
「その話も聞き飽きてる」
彼女は渾身のしかめっ面をして見せた。
どこかの森 鐘辺完 @belphe506
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